第22話 同室

「リーナ様、部屋は二部屋取ってあります。我々は隣の部屋におりますので、この者がリーナ様方と同室になります」


 チェックインを済ませた私達にラーズが改めて紹介したのは、丸眼鏡をかけた黒髪の女性だった。


「あ、あの。よろしくお願いします」

「よろしくー! 確かゼニーヌだっけ?」

「は、はい。普段はマラート様の侍女兼護衛をしております」


 マラート第二王妃。私の義理の母にあたり、呪術によって先王である父が魔帝国に謀殺され、第一王妃だった母が眠らされてからは剣王国の実質的な指導者。


 アメシストを思わせる紫の瞳がゼニーヌに興味の色を向ける。


「その若さで大したものね」

「い、いえ。そんな。私なんて全然ダメダメで。えっと、その、す、すみません」


 ゼニーヌは大袈裟なくらい何度も頭を下げる。その度に身に付けているメガネがズレて、彼女は慌ててそれを直した。


「なんかさ、落ち着きのなさそうな人だね」

「彼女も貴方に言われたくはないと思いますよ」

「何をー?」


 ポコスカと肩を叩いてくるピピナの額に手を当てると、私はやんちゃな彼女を引き離した。


「それに侍女と護衛を兼任しているということは、マラート王妃の信頼が厚い優秀な方ということです。そんな人を派遣してくださった王妃には感謝しなくてはいけませんね」

「ふーん。……僕、あの人なんか苦手なんだよね」


 面白いことにピピナは綺麗でお淑やか、そしてどんな時でも優しいマラート王妃よりも、悪戯をするたびに尻を叩いて叱った私の母の方に懐いていた。


 私達の視線に気づいて、ゼニーヌがオドオドと体を丸める。


「あ、あの。な、何でしょうか?」

「ああ、すみません。優秀そうな方だなと話していただけです。よろしくお願いします、ゼニーヌ。それでは早速部屋にーー」

「あら、駄目よ。部屋は私達三人で使うわ。悪いけど、貴方は別室で休んでもらえるかしら」

「フローナ? 急にどうしたのですか?」


 問う私に、フローナは不自然なほど体を密着させてきた。


「もう、リーナったら分かってるでしょう? ここまで長旅だったのだから、私もう我慢できないのよ」

「は? 本当にどうしたというのですか?」

「照れなくてもいいじゃない」


 ロンググローブに包まれた手が私の体を弄った。蛇のように怪しく私の下腹部を這うそれは、まるでそこに何かあると言わんばかりだ。


 ……あっ、そうでした。魔術紋を見られると都合が悪いんでした。


「あの、リーナ様、デビルキラーを扱えるようになった貴方のお力を疑うわけではないのですが、護衛は多い方がいいと思います。一晩だけですので彼女の同室を許していただけませんか?」

「ダメよ。私達は一晩だって待てやしないのだから、ねぇリーナ」


 チュッ! とフローナの唇が私の唇に触れた。


 ラーズが目を見開き、ゼニーヌが口元を手で隠す。確かに魔術紋を見られて不名誉な噂が広がるのを防ぐには丁度良い方法ではあるけれど、これはこれでまた別の噂を作るだけな気がした。


 たっぷりと時間をかけた後、フローナの唇が私から離れた。


「分かったかしら? 宿に泊まるなら部屋は三人で使うのが条件よ。そうでないなら泊まる意味を感じないから、先を急ぎましょう」


 ラーズがジッと私を見てくる。


 本気か? と言わんばかりのその視線に頷くには少しばかりの勇気が必要だった。


「……分かったよ。それじゃあゼニーヌは僕達と同じ部屋で。悪いね」

「あっ、い、いえ。そういう事情でしたら。部屋も隣ですし、その、大丈夫です。はい」

「あっ、ようやく決まった? いや~、それにしても二人はどこに行っても熱々で、羨ましいな~」


 事情を知っているピピナがそう言って笑った。

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