第11話 教え子達

 目立つかしら? 最初は驚いたけれど、こうしてみればそんなに不自然では……不自然では……


「凄く目立ちますね」


 鏡の中で一糸纏わぬ金髪紅目の女が深い吐息をこぼした。


「リーナいる?」

「ピピナ!? ノックくらいしてください」


 私は下腹部に刻まれた紋を咄嗟に手で隠した。


(いや、裸を見られたくらいで隙を作るなよ)


 グロウさんの言葉が蘇る。


 貴方のせいで困っているんですよ。


 そう言ってやりたい。彼は今、何処にいるのだろうか。


 頭の後ろで手を組んだピピナが呆れたような顔をする。


「なんだよ。僕達の仲じゃんか」

「親しき仲にも礼儀ありです」

「え~? 今更じゃないかな。だって僕達あんなことまでしたんだよ?」


 大きくパッチリとした黒目が見ているのは、私の体に刻まれた魔術紋。いくら褥を共にした間柄とはいえ、見れられて楽しいものではないので、急いで下着を身につけ、衣服を身に纏った。


「やはりピピナの刻印も消えていませんか?」

「うん。フローナが調べたけど、この刻印信じられなくらい強力な力で描かれてるみたい。魔術で隠蔽するのは難しいってさ」

「……そうですか。万が一見れたら変な誤解をされますね」


 隷属紋。魔帝国では高値の奴隷や娼婦を快楽や痛みで支配する、人道に外れた忌まわしき魔術紋がある。グロウさんが私たちにつけたのは幸い普通の魔術紋ではあったけれど、その位置が問題だ。隷属紋を知る人が私達の体を見たら、まず間違いなく誤解するだろう。


「何? リーナは誰かに見せる予定があるの?」

「そういうわけではありません。ですが立場というものが……分かるでしょう?」

「ん~。分かんないこともないけどさ。リーナは魔帝国を倒した後もローズマリーでいるつもり? もうただのリーナには戻らないの?」

「それは……私一人では決められません。あの子と相談しないと」


 幼い頃に離れ離れになった双子の妹。もう会えないことも覚悟していたから、再開できることが素直に嬉しい。たとえそれが魔帝国との本格的な闘争に身を投じることを意味しても。


「ローズマリー、特に体を壊してるって噂も聞かないし、本当によかったよね」

「ええ。きっと守護剣の皆さんが頑張ってくれたのでしょう」

「王様を呪った魔女。倒せたのかな?」

「その可能性は高いですね」


 魔女。それは魔界に住まう悪魔と契約した忌むべき者達。人間の使う魔術とは異なる呪術なる力を操る彼らの攻撃を防ぐのは容易ではなく、剣王国の王であった父も呪術によって暗殺されてしまった。


 部屋のドアがノックされた。


「リーナ。入ってもいいかしら?」

「フローナ。ええ。構いませんよ」


 ドアが開き、肩と胸の谷間を大胆に露出した美女が入ってくる。


「やけに準備に時間が掛かっているのね。ラーズ君が待ってるわよ」

「ラーズが来ているのですか?」


 昔私達とよく一緒に遊んだ男の子。護衛が来るとは聞いていたけれど、それがまさか彼だなんて。騎士を目指していた男の子は見事に夢を叶えたようだ。


「あっ、いけない。そのことを伝えに来たんだった」

「ピピナ。貴方、まさかお酒でも飲んでいるのかしら?」

「違うよ。リーナがすっ裸で魔術刻印眺めていたから、つい話し込んじゃったんだよ」

「き、着替えのついでに確認していただけです。裸なのは関係ないでしょう」


 胸当てを装着し、剣を腰に下げる。鏡の中にいた、ただの女は、今やどっからどう見ても立派な冒険者だ。


「それでラーズはどこに?」

「私の部屋よ。あの部屋には防音の魔術を施してあるから盗み聞きされる心配はないわ」


 普段は襲撃に備えてなるべく三人で寝るようにはしているけれど、魔術の研究に部屋を使いたいフローナは金銭に余裕があるときは三人部屋とは別にもう一室借りる。


「分かりました。では行きましょうか」

「ラーズ、結構成長してたよ」

「それは会うのが楽しみですね」


 私達の後ろをおっかなびっくりとついてきていた弱気な男の子。彼はどんなふうに成長したのだろうか。


「ん~。でも正直僕は昔のラーズの方が可愛くて好きだったな。今のラーズはどことなく女たらし臭がするんだよね」


 それはどんな匂いなのでしょうか?


「あら、誠実そうな好青年に見えたけど?」

「え? フローナ、ああいうのがタイプなの?」

「勿論違うわ」

「だよね。フローナのタイプは師匠だもんね」


 ピピナはフローナの背中にぴょんと飛び乗って嬉しそうに頬擦りする。


「二人とも来ないならおいていきますよ」

「リーナがああ言ってるから降りてくれるかしら、おチビちゃん」


 ロンググローブに包まれたフローナの掌が自分の背中にくっついているピピナの頬を優しく叩いた。


「む~。僕がチビなわけじゃなくてフローナがデカすぎるだけでしょ。特にこことか」

「あっ!? こ、こら、やめさない」


 ピピナの両手がフローナの女性の膨らみを鷲掴み、勢いよく揉みしだいた。


「何々? 痛がるどころか感じちゃってる? 感じちゃってるの?」

「い、いい加減に。あっ!? し、しないと怒るわよ?」

「なら僕はその怒りを上回る速度で揉みしだーーくぅうううう!?」


 全身を激しく震わせたピピナがドサッ、と床に落ちる。魔術師は着衣の乱れを確認すると紫の髪をかき上げた。


「存分に感じてくれたかしら?」


 そう言って微笑むフローナを称えるように、紫電がバチリと音を立てた。

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