第10話 ド忘れ
「全部で八千ゴールドじゃな」
換金所。ギルドに隣接する形で立っているこの建物は冒険者が持ち込んだ魔物を解体する解体所としても機能している。なので当然建物としての大きさはギルドよりも上だ。そんな建造物の四階にEランク専用の換金カウンターがあった。ちなみにこの建物は五階建てだ。初め、ランクが低い冒険者の換金カウンターが何故上の階にあるのかと思ったのだが、高ランクの冒険者が持ち込む魔物の大きさや金額を考慮してのことらしい(何でも換金所には必ず地下があるとのこと)。なので四階で得られる報酬に期待はしていなかった。いなかったのだが、それでもーー
「安いな」
リストにある草を袋一杯に詰めたというのに、まさかの数千ゴールド。高額買取とは一体何だったのだ。
「ふん。ヨモギ草なんて含有魔力が低すぎて最近じゃあ魔力種認定から外そうって動きもあるくらいだ。何なら危険地帯に入らなくても取れるしな。これでもかなり色がついておる。嫌なら持って帰るんだな」
ならば何故そんなものをリストの最初にオススメとデカデカと書くんだろうか。人間のやることはたまに理解不能だ。
「その金額でいい」
「ほらよ。採取で稼ぐつもりならツキノ草あたりが一番割が良い。まっ、当然他の冒険者も狙ってるから簡単じゃないが、少なくともこの量のヨモギを毎回取るよりはマシだ。……兄ちゃん初めて見る顔だが、住む所は大丈夫なのか?」
「ああ。今メイドに宿を手配させてる」
「はん。メイドだ? 何だ、アンタどこぞのお貴族様か何かかい? ったく、心配して損したぜ。ほら、そこにいると邪魔だ。帰った。帰った」
白髭を生やした人間はそう言って犬でも払うように手を振った。リーナ達もそうだが、人間とは本当にコロコロと機嫌が変わる生き物だ。
俺は肩をすくめると、換金所を後にした。
外に出ると丁度箱を引く馬が眼前を通り過ぎた。馬車。この大陸はあまり液体や魔力で動く車の類が普及していない。これは人間という種がその大陸のヒエラルキーの頂点に立っていない場合によく現れる現象だ。まだ出会ったことはないが、それなりに強い種が生息しているのだろうか? それとも悪魔なり天使なりが幅を利かせているのか
あいつらは大丈夫だろうか。
地上の生物が相手なら龍種などの最強格を除けば、三人固まって行動している限りやられる可能性は低いだろうが、天界や魔界の連中が出張ってきていたら話は別だ。天界や魔界の住民は基本的に地上を資源としてしか見ておらず、そしてそう見れるだけの力関係が存在する。七人の真相と十二体の龍王、そして三十二体の巨人王がいなければとっくに地上は植民地化していただろう。まぁ、その内の何人かは昔俺が喰べたので、今どれくらい地上に戦力が残っているかは知らないし、人間は数百年という短いサイクルで国が滅んだり、種の代表が変わったりするから、その手の争いをそもそも知らない場合もある。
もしもあの三人が天使や悪魔に遭遇したら?
考えるとちょっと心配になってきた。
「……近いうちに一度、様子を見に行くべきか?」
いや、流石にそれは過保護すぎないだろうか。せめて十年くらいは時間を空けた方が……でもその間に死なれる可能性もあるんだよな。
どうするか悩んでいるとーー
(ご主人様。聞こえるでありますか。ご主人様)
メイドの声が脳内に響いた。
「ああ。宿は確保できたか?」
(できたであります。宿の場所は口頭で説明いたしましょうか? それともお迎えにあがりましょうか)
「俺が与えた魔法具を持ったまま、今いる場所を思い浮かべろ。それで通じる」
(なんと? それは凄いでありますな。では少々お待ちくださいであります)
魔法具を通してラーミアの現在地が把握できた。
「分かった。今から向かう」
「お待ちしているであります」
通信終了。他に用事もないことだし、寄り道せずに向かうか。
ラーミアの思念を読んだので、初めての街でも特に迷いなく宿にたどり着けた。
「おかえりなさいませであります、ご主人様」
俺を見るなり敬礼してくるサーシャ。格好はメイドなのだが、中身は完全に軍人だ。
「高そうな宿だな」
冒険者向けの宿なんて酷いところになればただの古屋でしかない場合もあるが、ここは見た限りではきちんと掃除が行き届いている。その上部屋の広さもリーナ達と旅していた時に泊まった宿の中では一番だ。
「貴族が宿泊する施設の中でも街で一、二を争う宿であります。一般的な宿に比べれば不満点は少ないかと」
「そんな宿に予約もなく泊まれるものなのか?」
「剣王国で将軍をやっていたツテを使ったであります」
ということはリーナ達は剣王国の出身だったのか。別れた後に教え子のことを知るというのも何だか奇妙な感じだ。
「それと書物はこちらに」
机の上に本がいくつか置かれている。頼んでおいた物だろう。俺は適当に手に取るとページをめくってみた。
「……ん? これは」
「そのエロスな本がどうかしたでありますか?」
俺が手に取った本の中では人間が様々な形で交尾していた。それはいい。それはいいのだがーー
「いや、これなんだが。ほら、これ」
「隷属紋のことでありますか?」
「隷属紋? 魔術紋じゃないのか?」
魔術紋は肉体に直接術式を書き込むことで詠唱の短縮や魔力の増強など、様々な効果を付加させることができる。肉体にかかる負担を無視すれば中々に便利な術だ。
「隷属紋は魔術紋とは違い、刻印を刻まれた者を強化するのではなくて、術者が対象に快楽や痛みなどといったものを与えて、対象を支配する為のものなのであります」
「魔術紋を性的な用途に使っているのか。面白いことをするな。……いや、待てよ? そういえばどこかで見たことあるような」
ああ。そうだ。今の今までド忘れしていたが、淫魔がこういう魔術紋を使ってた気がする。
「恐らくは魔帝国で見たのではと推測されるであります。剣王国とその同盟国の間では奴隷制度は禁じられておりますので、隷属紋の存在を知らない者も少なくありません。この本は恐らく、魔帝国側から流れてきたのでしょう」
「なるほど」
ラーミアの話を聞きながら、本をめくって内容を確認する。
「ちなみに隷属紋とやらは子宮の辺りに描く決まりでもあるのか?」
「そこが一番効果が高いようなのであります」
「それじゃあこの辺に魔術紋を入れたりすると、ひょっとして誤解されたりするのか? 奴隷とか、誰かの所有物だったとか、そんな感じで」
「魔術紋をでありますか? ご主人様ならご存知とは存じますが、魔術紋は基本的に魔術の出入りする手足に入れる場合がほとんどであります。わざわざそのような場所に入れる必要はないかと」
「つまり?」
「誤解されるでありますな」
「……だよな」
俺は別れる前、ひっそりと三人に送ったプレゼントの内容を思い出す。
うん。やはり三人に会いに行くのは十年くらい時間を空けよう。
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