第12話 疑い

 複雑な術式が描かれた紙が壁中にこれでもかと貼り付けられた部屋、果たしてそこに彼はいた。


「リーナ様」


 男性にしてはやや長い金髪を後ろで一括りにした美貌の騎士。可愛らしかった顔立ちは年月とともに異性を魅了する男のものへと変貌していた。


 ああいうのを甘いマスクと言うのでしょうか? そういえばやる気のなさそうな雰囲気のせいであまり目立ちませんが、グロウさんも顔は恐ろしいほどに整っていましたね。


 ともすれば、人を真似た人形のような彼の顔を思い出す。……って、いけない。ラーズに挨拶しなくては。


「久しぶりですね、ラーズ。見違えましたよ」

「リーナ様こそ、美しくなられた」


 あのラーズから歯の浮くような台詞がこんなにも自然に出てくるなんて、年月というのは本当に魔法のようだ。


「ありがとう。でも驚くことではないでしょう? ローズマリーをそばで見ているのだから」


 きっと今もあの子は私と瓜二つ。そんな確信があった。なのにーー


「あっ……それは……その……」


 思いもよらぬラーズの反応に酷く嫌な予感がした。ピピナが沈鬱な表情の騎士へと詰め寄る。


「ちょっと何だよその反応? まさかローズマリーに何かあったの?」

「申し訳ありません。我々の力不足でローズマリー様は呪術にその身を蝕まれ……もう長くは」


 一瞬、地面が消失したのだと錯覚した。咄嗟にフローナが支えてくれなければ倒れていただろう。


「は? 何それ? まさか王様呪った奴をまだ特定できてないの?」

「いえ、城内に潜んでいた魔女はすでに退治いたしました。ですがそれ以降もローズマリー様の体を蝕む呪術は消えるどころか悪化の一途をたどり、もはや手の施しようがないのです」

「それは……お父様とおなじ呪いなのですか?」

「……はい」

「そんな!? 何とかならないの? そ、そうだ。師匠。師匠を探そうよ。師匠ならきっとなんとかしてくれるよ」


(マインドハッキングなど精神を対象とする魔術は心の隙をつくものが多い。どんな情報を聞いても常に頭をクリアにできるよう訓練しておけよ)


 グロウさんの教えが蘇る。


 そうだ。私はこれからローズマリーに戻る。なのに国に戻る前からこんな体たらくでどうするのだ。


「ピピナ。彼は私たちの戦いに巻き込まないと決めたでしょう」

「そんなこと言ってる場合? ローズマリーが心配じゃないの?」

「心配です。ですがお父様の時だって国中の魔術師、そして聖女様にも依頼したのに解呪できませんでした。グロウさんを呼んでどうこうできる問題ではありません」


 魔女の力は契約している悪魔に依存している。お父様を呪った魔女は特に巨大で、それ故に私達は城を出ることになったのだ。


「そんなことないもん。師匠は最強だし。師匠にできないことなんてないんだから」

「以前、ポイズンスライムの毒で死にかけたでしょ」


 スライムの毒で心停止しかけた彼が悪魔の呪いに勝てるとは思えない。


「ち、違うもん。あれはきっと、えっと、そう、僕たちに解毒の練習をさせようと師匠なりに体を張ったんだよ」

「何処にそんな無茶な修行をする人がいますか」

「師匠がどこにいるのか、知りたいのは僕の方だよ」

「そういう意味ではありません」

「じゃあ何なんだよ!」

「ちゃんと聞こえているので、キャンキャン吠えないでください」

「そっちこそキーキー小言言うの止めてよね」

「「う~~!!」」

「はいはい。二人とも少し落ち着きなさい。ラーズが呆れてるわよ」


 ピピナと額を突き合わせていると、フローナが間に入ってきた。


「……そうですね。見苦しいところをお見せしました」

「あ、いえ、そんなことは。それよりも……師匠とは? それにグリバラ様とミラナナ様はどちらに?」

「グム街の龍災害。私たちはあそこに居合わせたのです。二人はその時に……」


 本来であれば城から出た私を鍛えるのはグロウさんではなく彼らの役目だった。


「そんな!? あの事件が起きたのはリーナ様が城を出てそれほど経ってませんよね? 今日までよくご無事で」

「師匠が助けてくれたからね。師匠はすごいんだよ、すっごく強いし、龍だって倒したんだから」

「倒した!? 龍をですか?」

「あ、いえ。私達が助けられたのは事実ですが、倒したかどうかは」

「え~? 師匠倒したって言ってたじゃん」


 確かに彼はそう言っていたが、デビルキラーを使わない私と同じくらいの実力の彼では龍を倒すのは難しいと思う。


「そうですか。なんにせよ。姫様の恩人とあれば折を見てお礼をしなければなりませんね。お名前と住所を教えていただけますか?」

「師匠は僕たち三人の旦那さんになるんだから。その内会えるよ」

「は? だ、旦那?」

「ピピナ、貴方は少し黙っててください。フローナ。お願いします」

「はいはい。ほら、ピピナ。向こうに行きましょうね」


 フローナが身につけているロンググローブに口元を覆われたピピナが憤慨したように「ムガー」と叫ぶ。


「えっと……リーナ様、今のピピナの発言はどういう意味でしょうか。まさかとは思いますが、リーナ様はそいつ、いえ、その方と……」

「そんなことよりも妹のことです。正直に教えてください。時間はどれくらい残されていますか?」

「宮廷魔術師達の見解では一年ほどと」

「そう……ですか」


 ローズマリーが体を壊したという話を聞かなかったから安心していたけれど、浅はかだった。おそらくは魔術を使って体の異常を隠し、無理をしていたのだろう。そしてそれが限界に達したからこそ、唯一の連絡手段である共鳴石を使ったのだ。


「分かりました。すぐに剣王国に帰還します」

「畏まりました。それと、あの……」

「? まだ何か?」

「こんな時にお伝えして良い内容か悩むのですが、現在ローズマリー様と自分は血筋を残すために非公式の婚約者となっておりまして、リーナ様がローズマリー様に戻られた場合、それがそのまま、その、適応される流れというか、す、すみません。そのような形になります」

「……はい? 今なんと?」


 想像だにしていなかったラーズの言葉に、私は自分の耳を疑った。

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