第4話 生首 2

 私はこの番組は初めてだ。私がスタッフ全員を知っているわけではない。生首の女の舌が巻きついたのは私の知らない女の子だった。


 そのときだ。生首の女の舌がスタッフの女の子を大きく持ち上げた。生首の女の口が大きく開いた。次の瞬間、スタッフの女の子は足から女の口に吸い込まれてしまった。


 私は声を失った。スタッフの女の子の身体が生首の女の口の中に入ってしまったのだ。信じられなかった。


 あれは、いったい? こんなことって、本当にあるの? だって、女の子の身体があんな小さな生首の中に入る訳がないじゃない? 女の子はどこに消えたの?


 すると、生首が廊下に飛び出した。廊下をゴロゴロと転がる音が聞こえて・・・やがて音が小さくなって・・・消えた。


 何なの、あれは?


 誰も何も言わなかった。みんな、あまりの出来事に言葉を失っていた。ディレクターの元山さんが私に向かって指を突き出している。場を持たせるために、至急何かしゃべれという合図だ。


 仕方がない。私は急いでカメラの前に立った。口を開いた。


 「いやあ、すごかったですねえ。皆さん、いまの生首をご覧になりましたか? スタッフの女の子が生首に飲み込まれてしまいましたねえ。紗季ちゃ~ん。生首をご覧になっていかがでした?」


 紗季が頭の上から声を出した。足を内股にして両手を身体の前に組んで、モジモジしたポーズをとっている。


 「いや~ん。紗季、びっくりしちゃった。こわかったで~す。あれは、何かのマジックですか?」


 私は石頭教授に話を振った。困ったときは教授だ。


 「石頭教授、いまの生首はなんだったんでしょうか? 紗季ちゃんの言うようにマジックだったんでしょうか?」


 石頭教授がチラリと私を睨む。


 「わしゃ、生首のことなんか、何も知らんがな」


 小声で私に言うとカメラに向き直った。途端にテレビ向けの笑顔になっている。


 「今のは実に単純なトリックです。簡単な仕掛けですよ」


 私がすかさず声を掛ける。


 「教授、女の子が生首に飲み込まれたように見えましたが、あれもトリックだったんですか? すると、教授。さっきの女の子はどこに行ったんでしょうか?」


 「さあ、それは今は言えません。トリックの種は簡単には明かせませんので ね。。。しかし、一般の視聴者の皆さんには不思議な出来事に見えたと思います。でも、私のような権威者が見ると、さっきのは一目でトリックだと見抜けるんですよ」


 教授がそう話していたときだ。教授の後ろに黒い影が浮き上がった。その黒い影がみるみる大きくなり、教授の後ろに丸い形を作った。影は大きかった。教授の背丈ぐらいはある。みんなは口を開けて教授の後ろの丸い黒い影を見つめていた。教授は気づかずに話し続けている。


 教授はみんなが自分の方を注目しているので、自分の話が注目されていると勘違いしたようだ。話に熱が入ってきた。


 「だいたいですねえ。マジックなんてものは、人間の錯覚を利用しているだけなんです。だから、科学的な眼で見ると、そのトリックはすぐに見破ることができるわけなんですよ。特に私のような科学者にかかると、マジックなんか簡単なもんで・・・」


 教授がそこまで言ったときだ。教授の後ろの黒い丸いものがクルリと回転して、こちらを向いた。さっきの女の生首だ。今度は教授の背丈はある大きさだ。


 生首が戻ってきた! 私は息をのんだ。


 ディレクターの元山さんがカメラの伊藤さんに生首を撮るように指で指示を出した。伊藤さんがカメラを構えて、教授の前に進んだ。伊藤さんの足が震えているのが、私の眼に映った。


 気の毒に! 伊藤さん、かわいそう。


 カメラが自分の前に進んできたので、教授はさらに力を入れて話しだした。


 「さっきの生首も実はあれは人間の錯覚なんですな。考えてみてください。あんな生首が実際にいるはずがないじゃないですか」


 そのときだ。生首の女の眼がきらりと光った。大きく口を開ける。その口の中から、さっきと同じ真っ赤な舌が出てきた。舌が軟体動物のように空中をのたうった。


 恐らく恐怖にかられたのだろう。音声の山崎さんが音楽プレーヤーのスイッチをうっかり押してしまったようだ。和室の中に紗季の『私はパープリン』の音楽が大音量で響き渡った。


 紗季の声がした。


 「えっ、なに? 私、ここで歌うの?」


 紗季が教授の前、すなわち生首の前に歩み出た。音楽に合わせてダンスを始めた。ミニスカートのフリルが揺れた。


 石頭教授はいきなり眼の前で紗季がダンスを始めたので驚いたようだった。しかし、何かの演出だと思ったのだろう。紗季に合わせてダンスを始めた。


 生首の女は眼を白黒させて、二人のダンスを眺めている。


 仕方がない。私はカメラの前に立って笑顔で言った。


 「それでは皆さん、今度は生首の前で紗季ちゃんに歌っていただきましょう。歌はおなじみの『私はパープリン』です」


 紗季と教授が生首の前でダンスしながら歌い出した。


 ♫ パープリン。パープリン。私はホントにパープリン。どうにもならないパープリン。ホントにアホなパープリン ♫


               (第4話 了)

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人を食らう家 永嶋良一 @azuki-takuan

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