第2話:仮面を脱ぐ時
スカーレット・セザキエ、十五歳。成人の年である。
彼女は周囲の期待通りに美しく育った。周囲の女性を嫉妬させるような曲線美に、整った顔立ち。聡明で、淑やかであった。
そうあれという両親の気持ちに彼女はその通りに答えた結果だ。だが、その内には闘争という名の激情が渦巻いていた。
「もう良いだろうさ」
彼女は、貴族の娘という仮面を脱ぎ去ろうとしていた。故も知らぬ貴族との婚約なんて絶対に嫌だった。
だが結果として、彼女はその仮面を脱がざるを得ない事態に遭遇した。
「――スカーレット様。賊が侵入しております。おそらくはホーンハイム卿の手の者かと」
老紳士である執事レクスは、緊急事態だというのに汗一つかかず、就寝中のスカーレットを起こした。
当然元AIである彼女は、身体は眠っていても思考は常にフル回転させており、この事態をある程度把握していた。
だが、気になる事があった。
「――レクス、父と母は?」
「私が駆け付けた時には自決していました。夫人はおそらく無理強いされたのかと」
「クソ共が」
スカーレットはいつかこうなることを予期していた。父が、自分を最も
結果、黒い噂の絶えない辺境伯である、ホーンハイム卿の下へと嫁がせようと社交界で画策し、この事態を巻き起こしたのだ。
だがまさか命乞いどころか、自決してしまうとは。我が親ながら情けない。
助けようと一瞬でも考えた自分が馬鹿だった。
「馬鹿親が条件を釣り上げた結果、ホーンハイム卿はあたしを金ではなく武力で手に入れることにしたってところか。馬鹿と馬鹿の乳繰り合いには嫌気が差すな」
「仰る通りかと。私は再三忠告しましたが……あの方は耳を貸そうとしませんでした」
「だろうさ。ジゼは?」
スカーレットが自身に仕えるメイドの名を呼んだ。すると部屋の影からスカーレットと同じ年ごろの少女が音も無く出てきた。メイド服を纏ってはいるが、その目には剣呑な光が宿っている。
彼女こそ、幼い頃からスカーレットに仕えるべく、スカーレット自ら
「こちらに」
「レクスを護ってやれ」
「かしこまりました――お嬢様」
メイドの少女――ジゼが優雅にお辞儀をすると同時に、スカートの中に仕込んでいた二本の大振りのダガーを抜いた。その動きにも構えにも、一分の隙もない。
「おや、この私の心配をなさるとは……老いぼれたものです」
レクスがとぼけたような事を言って肩をすくめた。だがスカーレットは知っている。この執事、今でこそ紳士な振る舞いをしているが、その過去が血塗れであることを。
「あたしは誰かを護るのに向いていないからな。念の為さ」
「それで、スカーレット様はどうなさいますか?」
「あたしか? そりゃあもちろん」
スカーレットはスタスタと寝室のドアまで歩くと、ドアノブへと手を掛けた。
「親の仇を……取らないとなっ!!」
そう叫んだと同時に――スカーレットはドアを思いっきり蹴飛ばした。
「突入す――ぎゃあああ!!」
尋常でない力によって廊下側へと蹴飛ばされたドアが、今まさに部屋に雪崩れ込もうとしていた賊達へと叩き付けられた。
分厚い木製のドアはへしゃげており、彼等の半分が既に戦闘不能になっている。
「さあ、来いよ賊ども……楽しい楽しい闘争を始めようぜ!」
そう言ってスカーレットは、それはそれは楽しそうに口角を歪ませたのだった。
スカーレットの闘争が――再び始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます