第3話:絶対不敗のスカーレット

「ちっ、雑魚いな! あたしはこんなことの為に生きてきたわけじゃねえぞ!」


 寝間着のままスカーレットはその長い足を振り払い、賊二人をまとめて壁へと叩き付けた。たった一撃で、その二人は戦闘不能になり床へと落ちた。


「てめえええ!!」


 賊が突っ込んできた勢いのまま剣をスカーレットへと突き出した。手練れなのか、その突きは正確無比に彼女の心臓を狙う。


「良い動きだが、零点だな」


 しかし、スカーレットはそれを避けようとすらもしない。切っ先が彼女の胸に触れた途端、キンッという涼やかな音が鳴り、その刃の先から裂けていく。


「なんだこ――ぎゃあああ」


 剣を持っていた手すらも裂かれてしまい、賊は叫びながら床を転げ回った。


「あたしに物理攻撃は効かねえ」

「ならこれはどうだ!!――【痺電の矢】!」


 属性系魔法スキルを保有する賊が短剣の先から、青白い雷の矢を放った。


「あん?」


 スカーレットが手を前に差し出すと、それに触れた雷矢はあの涼やかな音と共に反転。さらに一回り大きくなって、放った術者とその間にいた賊達を襲う。


「ぎゃあああああ!!」

「なんで跳ね返ってくるんだあああ!?」


 そんな阿鼻叫喚を見て、スカーレットが獰猛な笑みを浮かべた。


「物理も効かねえ。属性スキルも反射される。さて、次はどんな手を使う!? さあ! お前らの限界を見せてみろよ!」


 スカーレットが賊達の生き残りを煽るが――

 

「なんだよ……こんなの聞いてねえよ!!」

「バケモノじゃねえか!」


 残りの賊達が武器を捨てて逃げ出した。


 貴族の家を襲って娘を連れ去るだけの簡単な仕事のはずだった。

 護衛もほとんどいないと聞いていた。


「その娘本人がバケモノだなんて、そんな話は聞いていないぞ!」


 そう叫びながら彼等は逃げていく。


「はん、逃げろ逃げろ。敵意ねえ奴に興味はねえ」


 背を向けて逃げる賊達を見て、スカーレットがシッシッと手を払った。彼女にとって、弱者をいたぶるのは本意ではないし、無駄な殺生は好むところではない。


 勿論、しかるべき状況であればきっちりトドメを刺すつもりだが。


「よろしいのですか? 貴族襲撃は、死罪ですが」


 痺れて倒れている賊を容赦なく踏みながら、レクスがジゼを引き連れて廊下に出てきた。二人とも当然、無傷であり、出番がなさそうなのを察したのか、ジゼは少しだけ残念そうな表情を浮かべ、ダガーを手品のように仕舞った。


「ほっとけ。ここらで寝てる奴はあとでたっぷり締め上げて、ホーンハイム卿との関係性を吐かせるぞ。で、それを元に婚約破棄を叩き付けて、ついでに私がセザキエ家の当主になる。レクス、諸々の手続きを頼んだ」

「かしこまりました。ただいまを持って、セザキエ家当主をスカーレット様と認めます」


 レクスが跪き、それにジゼが続く。


「さて……まあいつかこうなる気はしてたが、予定よりちと早すぎるな」


 スカーレットは腕を組み、今後について思考する。


「レクス、これからどうしようか」

「……残念ながら、セザキエ家は窮地に立たされています」


 顔を上げたレクスがそう断言した。


「だろうな。当主は成人したばかりの若い娘で、ホーンハイム卿との仲は最悪だ。社交界ではもう生きていけないだろう。ま、あたし的にはどうでもいいがな! そんな事よりもだ、レクス。調べてあるのだろ? あたしの行くべき場所を」


 スカーレットが不敵そうにそう言い放った。それを見てレクスとジゼが小さく微笑む。この主人の性格について、二人はよくよく理解していた。そしてそれは、暗愚とも呼ばれた前当主よりもよっぽど好ましいものだった。


「少なくともここ数十年戦争がないこの州は、スカーレット様に相応しくないでしょう。その類い希なる戦闘能力は、やはり戦闘に使うべきかと」

「そうだな、その通りだレクス!」


 その言葉に満足気に頷くスカーレットを見て、レクスが更に言葉を続けた。


もあります。神の恩寵は、戦いの最中にこそ現れるもの。おそらく、日々人が死に、争いの絶えない土地こそが、我らの目指す場所かと」

「かはは、つまりはあれか? の中に突っ込めってか?」


 口角を歪めるスカーレットを見て、レクスが頷いた。


「その通りです、スカーレット様。このロートライム州より東、我が国と〝黄教国〟そして〝竜王国〟、この三国の国境に位置する独立都市――〝ジンド〟、そここそが、闘争と戦闘が渦巻く街」

「――別名、〝戦闘都市〟か。紛争戦争暗殺反乱、なんでもござれの〝大陸の火薬庫〟だ。なるほど、あそこなら確かに面白い奴らに出会えそうだな。じゃあこの家、

「――如何いたしましょう」


 レクスの言葉に、スカーレットが宣言する。


「この邸宅、家財、土地、ついでに貴族位も全て売っ払う。どうせ没落貴族だ、領地もないしな。大した金額にはならねえが、ジンドまでの旅費にはなるだろうさ」

「ジンドではどうされるつもりで?」

「さてな。でも、ボーッと突っ立ってるわけにもいかねえが、兵士や構成員になって誰かに指図されるのも気にくわねえ」

「ならば――傭兵でもなさったらどうです?」

「傭兵か。だがそれだけではつまらん。そうだな……〝戦闘代行屋〟でも始めるか。まあ傭兵みたいなもんだが、って商売だ。レクス、ジゼ、お前らにもやらせてやるよ。戦闘員派遣会社を作るのもいいな」


 スカーレットがまるで子供のような幼い笑みを浮かべると、アレコレ考えはじめた。


 我ながら、妙案じゃないか? こんな平穏で平和な田舎で没落貴族の娘をやるよりよっぽど肌に合う。


「仰せのままに」


 それにレクスもジゼも反対はしない。するわけがない。


 自らの主が絶対であることを、よく分かっているからだ。


「じゃあ、サクッとやっちまおう。かはは……楽しくなってきたな」


 その後、ロートライム州の没落貴族セザキエ家は、ホーンハイム卿とのトラブルによって事実上消滅したと記録には書かれた。


 しかし成人したばかりの娘が家督を受け継いだ途端、邸宅や土地、そして貴族位まで売り払い、その金で戦闘都市ジンドへと移住したことを知る者は、一部を除き誰もいなかった。

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