第71話 お客

「じゃあそろそろ、沙也加ちゃんの家に向かいますねぇ」


クレイスは今日、沙也加の家で魔法少女の夜会という名の御泊り会を行うそうだ。

きっと徹夜で魔法少女のアニメでも鑑賞するのだろう。


「おう。あんま迷惑かけんなよ」


俺はベッドに身を投げ出したまま、視線を向けずに適当に返事を返した。

ゲーム中故、致し方なしだ。


「はぁい!」


クレイスは周囲に気配が無いのを確認してから、部屋の窓から音もなく飛び降りた。

両親や周囲の人間に見られない様にするため、基本的に彼女の出入りはこの方法となっている。


「しっかし……テンションたけぇな」


クレイスの気配が、驚異的な速さで遠ざかって行く。

その無駄に高速な動ききから、彼女のテンションの高さが伺えた。


「友達のうちにお泊り……か。そういや、そんなのもう何年もやってねぇな」


魔物の闊歩する異世界では、戦友と呼べる仲間達は確かにいた。

だがお泊りなんて、そんな生ぬるい事をやっている余裕なんて当然ない。


喰う、寝る、訓練、移動、戦う。

この5つが、異世界での俺の行動の99%だ。


そしてなんとかこっちの世界に戻っては来た訳だが、5年も誰とも連絡してなかったので、当然友人連中とは疎遠状態になっている。

ま、その気になれば連絡を取る事も出来た訳だが、帰ってきた当初はとてもそんな気になれなかったからな。


で、今に至る。


「ま、どうでもいいか」


楽し気に神木沙也加の家に向かうクレイスが少し羨ましく思えはするが、自分がそれをしたいかと言えば話は別だった。


現状、泊りに行けるのは郷間あほの家ぐらいだ。

そんな事するぐらいなら、ゲームで義妹達と‟きゃっきゃうふふ”してた方が100万倍有意義である。


「ん?誰か来たな」


家の前に人の気配を感じ、インターホンの音が響く。


今は夕食時。

母は今頃、晩御飯の用意でキッチンと格闘している事だろう。

ここは息子として、客人の対応をするのが優しさなのかもしれない。


「だが動かん!」


母にも、家を守る守護者ガーディアンとしての誇りがある筈。

余計な手出しはその誇りを傷つける事になりかねない。

ここは温かくその奮闘ぶりを見守らせて貰おう。


決して面倒臭いからでは無い。


「蓮人、友達が来てるわよ!」


母が来客にインターホンで対応し、階下から俺に聞こえる様に大声を上げる。


「友達?」


俺はその言葉に首を捻る。

何故なら、玄関前から感じる気配は知らない人物の物だったからだ。

母に丸投げしたのもそのためである。


「つか……誰だ?」


まあ恐らく、中学時代までの友人連中の誰かだろうとは思う。

郷間あほ笹島おかま辺りから俺の生存を知って、尋ねて来たって所か。

古い友人の気配なんてわからんしな。


「しょうがねぇ……」


流石に放置する訳にもいかないので、嫌々ベッドから起き上がる。

そして手にした携帯ゲーム機を枕元に起き、俺は画面の中の義妹に少しだけ待っててくれと優しく声をかけ電源を切った。


「ん?」


「よう、元気にしてたか」


玄関のドアを開けると、見た事のある顔立ちの、スーツ姿の大柄な男性が立っていた。

そいつは笑顔で、フレンドリーに片手を上げる。


「お前……柔道か?」


男の名は柔道……ではなく、山下大樹。

柔道呼びなのは、中学時代奴が柔道部だったからだ。

死ぬ程安直で浅い渾名あだなではあるが、まあ中学生の付ける渾名なんてそんな物である。


「6年ぶりだな。まあ立ち話も何だし、お前の部屋で茶でも飲みながら話そうぜ」


「厚かましいのは相変わらずだな」


昔から厚かましい感じの奴だったが、成人してもその辺りは変わっていない様だ。


「まあな」


「はぁ……まあ上がれ」


これが郷間なら迷わず蹴り飛ばす所だが、折角数年ぶりに再会した友人を即追い返すのもあれなので、俺は部屋に上がる様に促す。


「お邪魔しまーす」


俺は部屋にある小型の冷蔵庫から炭酸飲料を取って、柔道にくれてやる。

そして奴の前で胡坐をかいた。


「お、悪いな」


奴はキャップを外すと、それをそのまま一気に飲み干してしまう。


折角出してやったんだから、もうちょっと味わって飲めよな。

そういやこいつ、中学時代よくこれしてたっけか。


「ゲップ……」


「汚ねぇな」


「ははは、すまんすまん」


本当に成長しない奴だ。

まあ未だにゲームばっかりしてる俺が言うのもなんだが。


「それでさ、蓮人。お前6年間も何してたんだ」


「ん?ああ、まあ……自分探しの旅って奴をしてただけさ」


異世界行って魔王を倒してきました。

とは言えないので、適当な理由で誤魔化しておく。


「中学卒業して親にも知らせず自分探しの旅って……蓮人、お前そんなに頭悪かったっけ?」


流石にちょっといい加減過ぎた様だ。

冷静に突っ込まれてしまう。


「うっせぇ。まあ細かい事は気にするな……俺にも色々とあるんだよ」


「ふーん。まあいいけどな」


「そう言うお前は、今何してるんだ?」


「俺か?俺は能力者だから、ダンジョン攻略やってるぜ」


「え?そうなのか?」


俺は鑑定能力を発動させ、柔道を見てみた。

表示の中に、確かに身体強化レベル3が含まれている。


「ん?」


俺は鑑定結果が示すある項目の違和感に気付き、眉を顰めた。

それは年齢の部分だ。


柔道の年齢は――19歳と表示されている。


俺は21だ。

当然、俺の同級生も同じ年齢でなければならない。

仮に早生まれだったとしても、その差異は1歳までのはず。


――つまり、この男は偽物だ。


俺は相手に気付かれない様、僅かに腰を浮かし、いつでも動ける様にする。


「ふむ。もうバレてしまったか」


俺が密かに身構えた瞬間、男の視線が鋭くなる。

どうやら、此方が警戒した事を気取られてしまった様だ。


こうなるともう隠す必要はない。

俺は勢いよく立ち上って構えた。


「我ながら完璧だと思っていたのだが……鑑定に問題が出たと言った所かな?」


男が俺からどうどうと視線を外し、自分の手を見つめる。


「ふっ、ははは。私とした事が、2年前に取り込んだ情報をそのまま反映してしまっていたか。同級生である男が2歳も若ければ、流石に気づかれても仕方がないか」


取り込んだ。

その言葉に、俺の中で嫌な予感が急速に膨らむ。


俺の知る限り、他者を取り込み、その力や姿を模倣できる能力を持つ者は一人だけだ。


「お前は……」


「まあこれはちょっとした余興だ。そう睨むなよ。


指輪に魔力を込めた。

俺の全身を黒のフルプレートが包み、手には魔剣を握る。


間違いない。


こいつは――


俺の目の前で、男の姿が膨らんで行く。

元々ごつかった柔道の姿が更に筋肉質になり、その皮膚の色が紫に変わる。


こめかみと頭部からは4本の角が。

そしてその額には、黒い宝玉の様な物が生えて来た。


それは俺の知る、最悪の相手――


「魔王……」


「くくく……良い顔だ。こういう時、この世界では……確かNDKと言うんだったかな?」


奴は口の端を歪め、さも愉快そうに笑う。

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