第70話 お出かけ

人里離れた断崖に立つ古びた巨大な洋館。

その館の最奥に主の部屋があり、その中心には骨を組み合わせた様な悪趣味なデザインの玉座が置かれていた。


そこに座るその館の主――人ならざる姿をした、異世界で魔王と呼ばれていた存在が呆れた様に呟く。


「ふむ……理解できんな?それとも、これは幻覚か?勇者は訓練もせず、ずっとゲームに興じている様に見えるのだが?」


「私にもその様に見えております」


黒い影の様な姿をした異形――グヴェインが魔王の前で跪き、彼は頭上に浮かぶ映像を見つめ主の問いに淡々と答えた。


「恐らくですが……マスターがこの世界に存在していないと、そう奴は思っているのかもしれません」


「成程。外に影響の出ないダンジョン内でのみの干渉で、奴を勘違いさせてしまった訳か」


魔王は無慈悲に異世界を蹂躙してきた。

その魔王が地球に来ていたのなら、同じ様に侵略的な行動がある筈。

そう蓮人が考えても仕方がない事だろう。


「アプローチの仕方を変えたのが、裏目に出てしまった様だな」


自らと比肩しうるほどの力を持つ者を取り込み。

そして生物としての限界を超え。

神へと至る。


それが魔王の目的だった。


だから魔王は異世界を侵略したのだ。

極限まで異世界の人間を追い込む事で、生物としての限界を超えた存在を生み出すために。


だがその目論見は失敗に終わっていた。

それは性急に追い詰め過ぎたためだ。


確かに当初は目論見通り、追い詰める事で一定の成果は出ていた。

だがその事で魔王は調子に乗り、やり過ぎてしまったのだ。


――余りにも強すぎる抑圧と絶望は、種を委縮させる。


人々は絶望し、現実逃避から宗教に縋り、権力者達は先の事など考えず刹那的な快楽を求める様になってしまう。

当然そんな汚泥が広がった種に、それ以上の進化は期待できない。


その事から魔王は学習したのだ、物事を確実に進めるには、忍耐こそが肝要であると。


地球人に対しダンジョンを発生させるだけという緩い手段を用いているのは、そのためだ。


「ふむ……やり方を変えるつもりはない。が、折角のお宝を腐らせるのは論外だ」


魔王が玉座から腰を浮かす。


「如何なされるおつもりでしょうか?」


「なに、勇者の尻に火を灯してやろうと思ってな」


勘違いしている様なら正せばいい。

魔王は口の端を歪め、ニヤリと笑う。


「だが、ただ顔見せしに行くだけでは芸がないな。折角だ、贈り物でもくれてやるとしようか」


「贈り物……ですか?」


グヴェインの靄の様な黒い、顔の部分が僅かに歪む。

人間でいうなら、困惑の表情と言った所だろうか。


「ああ、そうだ。水の精霊の持つ癒しの力。それに特殊能力による強化がある今なら……耐えられる。そうは思わんか?」


「成程。ですが、最悪勇者が命を落とす危険性も……」


グヴェインは魔王の言葉から、彼が何をしようとしているのかを察した様だ。

そしてその言葉から、それが勇気蓮人の命を危険に晒す事だと分かる。


「私の一部を倒した男だ。この位の試練、乗り越えてみせるだろう」


失敗から学び、可能な限り干渉を減らして緩やかに変化を促す。

そう決めた魔王だったが、元々はそれ程気の長いタイプではない。

目の前に用意された最高の食材に、ついつい食指が動いてしまった様だ。


死ねば折角の食材が駄目になると分かっていても。


「さて、では我が宿敵に会いに行くとしよう」


「お供いたします」


「不要だ。なに、直ぐに戻って来る」


魔王は楽し気に太い犬歯を見せて笑う。

その顔はまるで、これからちょっとした悪戯を仕掛ける子供の様に見えた。

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