第51話 ファミレス

「えりゃぁ~」


「とりゃぁ~」


「ええ~い」


気の抜けたクレイスの掛け声が響く。

だが掛け声に反し、その攻撃は鋭く激しい。


「やるな!」


魔法で作った亜空間。

その中で俺はクレイスと手合わせしていた。

鈍ってしまった今の自分を、少しでも鍛えなおす為に。


「あううぅ……ばたんきゅうですぅ」


俺の拳を受け、クレイスの体が尻もちをついた。


「ふぅ……想像以上だな」


言っておくが、一発で倒した分けではない。

倒しきるまでに、俺は全力の拳を軽く数十発は叩き込んでいる。

とんでもないタフネスさだ。


装備無し。

アクアスの憑依を解除。

身体強化もストップ。


この条件下だと、クレイスの身体能力は俺に勝る。

訓練相手としては申し分ない強さだ。


「はぁ……疲れた」


亜空間を維持している上にアクアスの憑依を解いているため、体力だけでなく魔力の消耗も激しい。

今日の訓練はここまでにする。


……さあ、癒しエンジェルハニーの時間だ。


俺はアクアスを憑依させ、魔法を解除する。


≪お疲れ様です。マイロード≫


「お腹がすきましたぁ」


さあゲームをやるぞと携帯端末を手に取った所で、クレイスが意味不明な事を口にする。


「お腹が空いたぁ?」


彼女の依り代は、俺が魔法で生み出した分身だ。

実際の生物ではないので、普通はお腹がすいたりはしないはずなんだが……


「はいぃ。ペコペコなんですよぉ」


とは言え、クレイスが俺に嘘を吐く理由はない。

まあ多分、お腹が空いたってのは憑依している精霊自体のエネルギーが不足しているって事なのだろう。


「わかった。でも、何を食わせりゃいいんだ?」


精霊のエネルギー源など俺は知らないからな。


≪分身とは言え、クレイスは今人間に近い状態になっております。ですので、人間と同じ食事をお願いして宜しいでしょうか≫


「普通の食い物でいいのか。わかったよ。そういや、アクアスは大丈夫なのか?」


≪私はマイロードの肉体より、常にエネルギーの供給を受けておりますので≫


「成程」


どうやら気づかないうちに、アクアスとはエネルギーの共有をしていた様だ。

最近食欲がわくと思ってたんだが、それが原因か。


「じゃあ外に食いに行こうか」


母は今出かけて家に居ないからな。

恐らく、他所の主婦仲間と井戸端会議でもしてるのだろう。

料理自体できない訳ではないが、勝手に冷蔵庫内を弄るとお冠になるので、外に食いに行く事にする。


ふ……何せ俺の口座には、億の金が振り込まれているからな

外食も余裕だぜ。


とは言え、高級店とか絶対居心地が悪いだろうから、行くのは近所のファミレスだが。

移動もめんどいし。


「わぁい!クレイスはぁ、ケーキが食べたいですぅ」


「おう、置いてあるから安心しろ」


魔法で俺とクレイスの体を清潔にし、ファミレスへと向かう。


「ふんふんふーん。ケーキ。ケーキ」


途中、周囲の好奇の視線が突き刺ささる。


彼女は女性にしてはかなり大柄だ。

しかも本人は周りの視線など気にせず、鼻歌を歌いながらスキップしている始末。

見るなと言う方が無理な話である。


≪クレイス。マイロードが困ってらっしゃるわ。歌は控えなさい≫


「ぇー」


「別に構わないさ」


折角楽しそうにしているのだ。

水を差す必要は無いだろう。


異世界での勇者時代は、常に周囲から注目されていた。

期待の籠った物から、嫉妬の様な物まで。

そういった視線に晒され続けた俺にとって、御近所からの好奇の視線如き屁でもない。


「蓮人様、ありがとぉございますぅ。るんるん、るーん」


≪お心遣い、ありがとうございます≫


目的のファミレスは家から5分ほどの距離にある。

店員さんに禁煙席に案内され、俺はメニューを開いた。


「遠慮せず、好きなだけ食べて良いぞ」


「やったぁ。じゃぁ――」


俺は店員さんを呼び出し、注文を通した。

デザート全種。


――計10個づつ。


「あの……」


「テーブルに乗り切らないかもしれないから、出来たら何回かに分けて持ってきて貰っていいですか?」


「はい。畏まりました」


店員さんは戸惑っていたが、アクアスが大丈夫と太鼓判を押したので問題ないだろう。

精霊はどうやら大食いの様だ。


まあ、クレイスだけと言う可能性もあるが。


「美味しいですぅ」


デザートが次々と運ばれてくる。

それをクレイスは凄まじい勢いで吸い込んで行った。

食べるではなく、文字通り口の中に消えていく感じだ。


「あれ!?お前蓮人じゃねぇか!?」


クレイスの食べっぷりを眺めていると、不意に声をかけられた。

声の主は、性格の悪そうな茶髪の男だ。


「笹島か……」


――それは俺の知っている顔だった。

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