第52話 レベル3

笹島霧矢ささじまきりや

ファミレスで声をかけて来たのは、中学時代の同級生だった男だ。


「やっぱ蓮人か!なんだよ!お前生きてたのか!絶対死んでると思ってたぜ!!」


郷間とはそこそこ仲が良かった様だが、俺とはそれ程ではない。

むしろ嫌いな奴の部類だ。

なにせデリカシーがマイナスに振り切れてやがるからな。


「勝手に殺すなよ」


「ははは。いきなり行方不明になって、何年も姿を見せなかったら誰だってそう思うっての。それより……その子、お前の彼女か?」


「違う」


「だよなぁ。お前ゲームばっかだったし」


ゲームばっかりというのは否定しない。

実際そうだからな。


だが奴の発言には、此方を馬鹿にした様な意図が含まれているのは明らかだ。

正直、ちょっとイラっとする。


「俺、笹島ってんだ。君可愛いね。でかい子好きだし、この後どっかいかない?」


何を考えているのか知らないが、笹島がいきなり食事中のクレイスを口説き出す。

正気を疑う行動だ。

仮に彼女じゃなかったとしても、それはありえんだろ。


「蓮人さん以外にぃ、興味はありませんのでぇ」


クレイスがバッサリと切り捨てる。

まあ相手は精霊だしな。

口説いてどうにかなる訳もない。


人間だったら上手く行くかと言えば、そういう訳でもないが……


「ちっ……なんだよ、結局お前の女なんじゃねーか」


「……」


一々訂正するのも面倒くさいので、黙っておいた。

序に、視線でさっさと何処か行けよと送ってみたが――


「そうそう、実はよ……俺は能力者プレイヤーなんだぜ。それもレベル3のな」


――残念ながら効果はなさそうだ。


笹島は自分が能力者だと、聞いてもいないのに唐突にドヤ顔で告げて来る。

チラチラとクレイスの方を見てるので、どうやら強い男アピールで気を引くつもりらしい。


まあ当の彼女は無反応であるが。

ぶっちゃけ、クレイスの力なら、レベル7の台場を力で捻じ伏せる事だって容易い事だ。

そんな彼女からすれば、レベル3とかむしろ雑魚アピールにしかならない。


「で、お前は何やってんだ?引きこもりか?」


自分のアピールが無視されたので、どうやら俺をくさす方向にシフトチェンジした様だ。

まあほんの少し前まで、本当に引きこもりをしてたので、中々の慧眼けいがんと言えなくもない。


「今は郷間の所で働いてるよ。まあちょっとした雑用だけどな」


実際はダンジョン攻略をしている訳だが、表向きは役員兼雑用係という事になっている。

意味不明な肩書だが、まあ細かい事は別にいいだろう。


「はぁ?郷間って、フルコンプリートか?」


「ああ、そうだ」


「おいおい、そりゃ何の冗談だ。どう考えても、あそこはもう潰れてるだろうが」


「いや、潰れてないぞ」


確かに倒産寸前まではいったが、俺が手伝う事で会社は持ち直している。

まあ笹島は詳しくはその事を知らないのだろう。


「マジか!?俺達が抜けて絶対潰れたと思ってたのに!?」


ん?

今、聞き捨てならない言葉が笹島の口から出た。


「俺達が抜けて?まさかとは思うけど……笹島、お前――」


「ああ、俺は優秀だからな。他所からの引き抜きがあって、全員引き連れて移籍してやったのさ。特に罰則とかはなかったしな」


フルコンプリートは、所属していた社員が引き抜かれた事で窮地に立たされている。

その事で、どれ程郷間の家族が苦しんだ事か。


「お前、郷間とは仲が良かったよな?そんな事したらどうなるか、分かっててやったのか?」


「ん?ああ、借金まみれになるのは分かってたぜ」


「お前……」


別に、引き抜く事が悪だなんて思わないさ。

好条件の仕事に飛びつくのは当たり前の事だし、しっかりした契約書を用意しなかった郷間達も悪い。

だからその事で、抜けた社員を悪く思う事自体ナンセンスだ。


――けど、こいつと郷間は友達だった。


友人なら不利な条件でも働き続けろなんて、そんな馬鹿な事を言うつもりは毛頭ない。

だが少なくとも、不良債権となったダンジョンの処理を手伝う事ぐらいは出来たはずだ。


でもこいつはそうしなかった。

友達だったのにも関わらず。


「おいおい、そう睨むなよ」


俺が睨んでいる事に気付いたのか、笹島が肩を竦める。

その表情には罪悪感の欠片も浮かんではいない。

ニヤケ面のままだ。


「俺はダチには優しいんだぜ。ちゃんと郷間にはチャンスをやったさ。それを蹴って出てけっつたのはあいつなんだから、俺に文句を言うのは筋違いだろ?」


状況的に考えて、郷間が出て行けなんて言葉をかけるはずが無い。

こいつが嘘をついているか。

それとも、郷間が怒る様な条件を出したかだ。


「チャンスってのは、どういう条件を出した?」


「ああ、何。難しい事じゃねぇさ――」


笹島が俺に顔を近づけ、クレイスに聞こえない様耳元で囁く。


「凛音と一発やらせたら、手伝ってやるって言ったのさ」


瞬間的に奴の喉元を掴み、そのままへし折ってやりたい気持ちになったがぐっと堪えた。

どうしようもないムカつく糞野郎だが、流石にご近所で騒ぎを起こすのは不味い。


「最低だな」


「おいおい、俺はレベル3の能力者なんだぜ?それぐらいはして当たり前だろ」


笹島は得意げに、やたらとレベル3を自慢してくる。

俺から見たらゴミレベルの力だが、どうやら奴にとってはそれが誇りになっている様だ。


出来ればその自信をへし折ってやりたい所だが……


「けどまあ、良く何とかなったな?絶対潰れると思ってたのに」


「エギール・レーンを知らないのか?」


「あん?それぐらい知ってるさ。レベル7の能力者だろ?それが何だってんだ」


どうやら笹島はエギール・レーンの名前は知っていても、所属する会社の名前までは知らない様だ。

まあゲームを買っても、ライトユーザー層なんかは販売元を知らなかったりするからな。

そう言う事もあるだろう。


「フルコンプリート所属だ」


「マジか!?」


「事実だ」


「おいおい!俺に紹介しろよ!すっげー美人なんだろ!!」


笹島が俺の襟元を掴んで興奮気に唾を飛ばす。

どうやらこいつは、美人説派の様だ。


「ああ、いいぜ」


「ははは!こいつは付いてるぜ!今噂のエギールとお近づきになれるんだからな!絶対羨ましがられるぞ!」


「ただし、条件がある」


「あん?まさか俺にフルコンプリートに戻れって言うつもりか?」


「いいや」


今のフルコンプリートに、ムカつく雑魚など必要ない。

寝言は寝てから言え。


「お前が郷間と戦って勝てたら、その時は俺が責任を持ってエギール・レーンを紹介してやるよ」

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