第49話 海外?行けないよ?

「ったく……初戦はともかく、格下相手にまた逃げ戦法とるとか」


円柱状の結界。

その周りをグルグルと追いかけっこする様に逃げつつ、郷間がゴブリンを槍で突く。


時間制限を与えてあるので、最初よりも安全マージンを減らして時間短縮に努めてはいるが、それでも無駄に時間のかかる戦い方に変わりはなかった


「ま、まあ兄もその内戦いに慣れてきますよ。あ!そういえば衛宮さん達のダンジョン攻略、今日からですよね」


凛音が急に話題を変え様として来る。

まあ郷間のヘタレっぷりを眺め続けてると、ストレスが溜まるからな。

俺のイラつきを、別の事に意識を逸らす事で緩和するつもりなのだろう。


ほんと、凛音はよくできた子だ。

俺や郷間とは大違いだぜ。


「そうだっけか?」


ダンジョン攻略からは既に4日経っている。

レベル7の連中は全員、次のSランクダンジョン攻略に参加していた。


――エギール・レーン以外は。


俺が海外の攻略に参加していない理由は二つある。


一つは戸籍がない事だ。

当然パスポートもない。


まあその気になれば偽造できなくもないんだが、もし詳しく調べられたらアウトだ。

データベース的な物までは、偽造する事は出来ないからな。


そしてもう一つの理由が、魔王の干渉だ。


イフリートは対俺用に力を渡されたと言っていた。

つまり俺が参加すれば、また同じ事が起きる可能性が高い。

まあぶちのめせばいいだけとも言えるが、一応今回は様子見という形で流している。


因みに、俺が参加しなければ魔王が干渉してこない事については、既に裏が取れていた。


実は日本以外にも、既にSランクダンジョンは中国とアメリカによってクリアされている。

2国ともレベル7が2人しかいない状況でクリアしているので、その攻略に魔王の干渉は無かったと思って間違いないだろう。


もし強化されたイフリートクラスの魔人に当たっていたなら、レベル7程度じゃどうしようもないからな。


「はい。オーストラリアとイギリスは今日から開始です」


残るSランクダンジョンは――


ロシア

ブラジル

イギリス

オーストラリア


この4つだ。


姫宮と衛宮姉妹はオーストラリアに。

台場はグエンと同じイギリスのダンジョン攻略に参加している。

中国とアメリカよりレベル7の数が多い事を考えると、失敗する可能性は低いだろう。


まあ同じレベルでも、強さには結構ムラがあるので絶対ではないが……


「はぁ……はぁ……どうだ!」


ゴブリンを倒し終えた郷間が、ドヤ顔で此方へとやって来る。


「限りなく不可に近い可、だな」


正確に計ってはいないが――機械類は使えないので――タイムは体感的にギリ3分行ってないぐらいだ。

俺の出した課題を一応クリアしているとはいえ、今の郷間の能力ならその3分の1もかからず倒せてもおかしくはない。


要は、まだまだビビッて実力が出せていないという事だ。


わが友ながら情けない話である。


「次からは結界なしな」


消極的な行動で済ませられる最大の原因は結界だ。

なので、次からは使用禁止を命じる。


ハムスターみたいにグルグル回ってんじゃねーよ。

全く。


「能力禁止って酷くね!?」


「生物ってのは、より過酷な環境で進化していく物だ」


俺がまさにそれだった。

ゆるゆるしてて強くなれるなら、誰も苦労はしない。


――一秒でも早く、郷間には俺の元から巣立って貰わないと。


ゲームと。

俺の訓練時間確保のためにも。


そう、俺も訓練しなきゃならないのだ。


どうやってかは知らないが、魔王はこの世界に干渉してきている。

そのため、以前の様にグダグダと無為に時間を使うだけという訳にはいかなくなっていた。


あまり考えたくはないが、最悪魔王がこの世界に姿を現す可能性もありえるからな。


そうなった場合、間違いなく俺が一人で対処する事になるだろう。

ハッキリ言って、今のこの世界の能力者じゃ話にならないからな。


そして今のまま俺と魔王が戦えば、とんでもない被害が出るのは目に見えていた。

出来ればそれは避けたい。


……何とか、あの力なしで奴に勝てる様にならないと。


そのためにも、有効な特殊能力を覚えていくというのは勿論の事、俺自身の力も底上げしなければならないのだ。


≪マイロード。提案があるのですが、宜しいですか?≫


アクアスが語り掛けてくる。

彼女は基本、俺の体の中に入りっぱなしだ。


≪提案?≫


≪精霊の複数召喚を行われてはどうでしょうか?≫


どうでしょうかと言われても、正直困るんだが?


俺が契約している精霊は4体。

火のイグニス、水のアクアス、土のクレイス、そして風のエアースだ。

これら4精霊は、元々はエギール・レーンが契約していた存在で、彼女に勧められて俺も契約している。


そのエギール・レーンは4匹同時に召喚出来ていたが、残念ながら俺は1体づつしか呼び出せない。


エギール曰く。

精霊――要は自然との親和が俺は恐ろしく低いそうだ。

まあ現代っ子なので、その辺りは仕方がない事だろう。


≪その事なのですが――≫


「じゃ、次は凛音な」


「はい!」


俺はアクアスとのやり取りをしながら、郷間達の訓練を進める。

彼女が言うには、俺と精霊との親和性を劇的に上げる術がある様だ。


――と言うか、既に実践されていた。


常時アクアスを憑依させているのは彼女の希望だったのだが、それは常に一体化する事で、俺との親和性を高める為だったそうだ。

異世界にいた際にそれが出来なかったのは、力が足りなかったかららしい。


ひょっとして、イフリートの時にも呼び出せてたんじゃ?


≪あの状況下での失敗は致命的と判断しましたので、敢えてお伝えしませんでした≫


成程、変に力を使って消耗したら事だからな。

ほかに手段がなかったのならともかく、手立てがあった以上、あの時点で伝える必要は確かにない。


取り敢えず、このダンジョンをクリアしたら早速試してみるとしようか。


「じゃ、次郷間な」


「ちょ……俺にまわって来るの早くね?」


「しょうがないだろ、凛音は一撃で倒してるんだから。兄貴ならお前も妹にカッコいいとこ見せてやれ」


「く……言ってくれるぜ」


「兄さん、ガンバ!」


「さっきも言ったけど、怪我しようがなんだろうが結界は使うなよ」


「分かってる!男郷間の底力、見せてやるぜ!」


能力的に格下であるゴブリン相手に、男を見せるも糞もない。

だがまあ、本人がやる気を出しているのだから野暮な突っ込みは止めておこう。


こうして郷間兄妹の特訓は、ダンジョンを狩りつくすまで続いた。

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