第48話 訓練

「ただいま戻りました。シェンさま」


りゅう鉄針てっしんが、まるで玉座を思わせる豪奢な椅子に座る巨漢に、こうべを垂れて跪く。


そこは広い空間。

周囲に人影はなく、咽返しそうな濃密な甘いこうの香りが充満していた。


「お前の弟が死んだのは、聞いているな?」


「はい。毒を仕込むのがばれ、遠間紫電に殺されたと……」


「毒指が死んだと聞いたが?」


「エギール・レーンと言う女に見抜かれ、殺されました。我ら3兄弟。使命を果たせなかった事、シェン様に申し開き様がありません」


「謝る必要は無い。この国の為、命を賭けたお前達を誰が責められようか」


「……」


「で……お前の目から見て、そのエギールと言う女はどうだった?私が知りたいのはそこだ」


シェンと言う男のその質問に対し、鉄針は少し押し黙ってから口を開く。


「……化け物です。シェン様より力を頂いていた兄が、成す術もなくやられました。万一の事態に備え、毒を飲んでいなければ私も殺されていたかと」


蓮人は鉄針も操られていたと考えていた。

だが実際は違う。

エギール・レーンから底知れぬものを感じていた彼は、万一失敗した際に備え、態と兄の毒を飲んでいたのだ。


被害者を装う事で、最悪自分だけでも生き残り、情報を確実に持ち帰る為に。


「エギール・レーンは秘毒が一切効かず。他の者達の解毒すら容易く行っておりました」


「あの毒が効かぬか」


「恐らく、我ら3兄弟と同じ毒の能力を持っているか。もしくは……」


「もしくは?」


「シェン様と同じなのではないかと。奴は全身を黒い鎧で覆いつくし、その肌を見せておりませんでしたので」


鉄針が視線を上げる。

彼のその瞳に、大男の座る姿が目に映った。


――異形の姿。


「ほう……」


大男の顔や衣類の隙間から見えるその皮膚には、醜い化け物の顏の様な物が無数に浮かび上がっていた。

明らかに尋常ではないその姿は、まるで何かに呪われているかの様だ。


「私以外にも、同じ資質を持つ者がいる……か。ふふ、面白い。一度、私が直々に会いに行ってみるとしようか」


大男が立ち上がる。

その動きに、皮膚に浮かんだ無数の顔が苦悶に歪む。

そしてその口元からは、「ぉぉぉぉぉ」と不気味な呻き声が漏れ出る。


「エギール・レーンに見張りを付けよ。力が安定次第、私は日本へと向かう」


「はっ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!俺の……勝ちだ!!!」


郷間が片手を突き上げ、ガッツポーズする。

その表情は清々しく。

まるで激闘を制した戦士の様だ。


「ゴブリン一匹程度で喜びすぎだろ。後、時間かかりすぎ」


Fランクダンジョンで出現する最弱モンスター、ゴブリン。

郷間はそれを、1匹を倒すのに5分もかかっていた。

このペースだと、攻略に何時間かかるか分かった物ではない。


「おいおい、初勝利に位浸らせろよ。それに能力が能力なんだから、時間がかかるのも仕方がないだろ」


「全然仕方なくねーよ」


郷間の戦闘スタイルは結界でひたすら相手の動きを阻害し遠ざけ、距離を開けて槍でチマチマつつくという物だった。

安全マージンを出鱈目に取った、消極的戦法と言わざる得ない。


「今のお前なら、結界なんぞ使わなくても正面からもっと短時間で倒せるだろうが。ビビってんじゃねーよ」


「う、うるせーな。俺は社会人として、石橋を叩く堅実さを重視してるんだよ」


「あほか。死なない限り回復してやるから、もっと積極的に戦え。俺は貴重なゲームの時間を費やしてやってるんだぞ」


『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』をプレイしたいのを堪え、郷間に付き合ってやっているのだ。

無駄に時間をかけられるのは不快でしかない。


「くっ……蓮人。お前はゲームと親友、どっちが大事なんだ!」


「……それ、答えいる?」


「ぬぅ……愚問だったか」


郷間がどうなろうと俺が死ぬ事はないが、ゲームが出来なければ俺は死ぬ。

本当に愚問だ。


「じゃあ次は凛音だ」


ダンジョンへは、郷間達のレベルアップの為にやって来ていた。

2人には同時に戦わせず、敢えて別々に戦わせいる。

そうじゃないと、所持能力的に凛音だけがレベルアップしてしまうからな。


「はい!蓮人さん見てて下さい。情けない兄と違って、私は一発で仕留めて見せますから!」


凛音の獲物は弓だ。


水の能力で矢を生み出し、それを弓で打ち出す。

そうする事によって、普通に水で攻撃するよりも遥かに威力が出る攻撃が出来た。

限界突破と訓練で身体能力を上げたからこその賜物だ。


因みに凛音は元弓道部だったそうなので、弓の扱いには手慣れている。


「ぬう……もっと兄を敬え!」


「次格好よく戦えたら考えてあげるわ。じゃあ蓮人さん、よろしくお願いします」


「分かった。でも油断するなよ」


俺は魔法の結界の一部を開放した。

魔物は事前に集めて捕らえており、それを順次開放して1対1で戦える様にしてある。


「ぎぃぃぃ」


結界の隙間から、一匹のゴブリンが恐る恐る出て来た。


「すぅぅぅぅ……」


凛音は深呼吸し、目を瞑る。

目を閉じたら敵が見えないと思うかもしれないが、その心配は無用だ。

彼女には探索の能力もあるからな。


相手の動きはちゃんと捉えている。


「ぎゃぎゃぎゃ!」


周囲の状況を確認し、此方に気付いたゴブリンが奇声を上げて凛音に突っ込んだ。

だが彼女は慌てる事無く、水で作った矢を手に、弓を強く引き絞る。


「必殺必中!ウォーターアロー!!」


水の矢が放たれ、それは突っ込んで来るゴブリンの頭部を正確に貫く。


「お見事」


彼女は予告通り、1撃で仕留めて見せた。

討伐までの所要時間は約2秒。

5分もかかった郷間へたれとは大違いだ。


因みに必殺必中と凛音は叫んでいたが、別に必殺でも必中でもないのは言うまでもないだろう。


「くぅぅ……攻撃スキル、羨ましいぜ」


「ない物ねだりすんな。ある物をどう生かすか考えろ」


「わぁってるよ」


「取り敢えず、次は3分以内に勝負を付けろよ」


俺は時間制限を課して、結界に隙間を空ける。

いくらレベルが上がっても、本人がへっぴり腰のままでは真面に戦えない。

ガンガン鍛えてやらんとな。

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