魔王なんで死んでないんだよ

第47話 エギール・レーン

「ふむ……貴様か?召喚士と言うのは」


夜、子供の泣き声に目を覚ます。

また夜泣きかと思ってベッドから身を起こし、其方を見ると――


「――っ!?まさか……魔王……」


そこには異形の姿をした大男。

魔王が立っていた。


会った事はないが、一目でわかる。

それは魔王を記した書物に描かれた姿そのものだったからだ。


「――はっ!?その子になにをしたの!!」


魔王の出現に一瞬唖然としてしまったが、直ぐにその手に我が子が摘ままれている事に気付いた。

先程まで泣いていた娘がぐったりとしている姿に、私は血の気が引く。


まさか……


「安心しろ。話の邪魔だから眠らせただけだ」


魔王が此方へと無遠慮に近づき、此方に向かって娘を付き出す。

私はそれ奪う様に、娘を素早く抱き寄せる。


「良かった……」


手にした我が子は、ゆっくりと寝息を立てていた。

思わず泣きそうになるが、込み上げる感情を押さえ、私は魔王を睨みつけた。


「良い目だ」


「何故ここに……」


どうやって、とは聞かなかった。

聞いても意味がないからだ。

桁違いの力を持つ化け物ならば、この場に忍び込むのは容易い事だろう。


「お前に頼みごとがあってな」


「ふざけないで!人類の敵の頼み事など!」


――私は召喚士だ。


ならば魔王の狙いは、私の一族に代々伝わる召喚の能力に違いない。

どういった目的で利用する気かは分からないが、協力するなどありえない事だ。


「そう怒鳴るな。腹が立つと……つい、その小さな生き物をお前の前で八つ裂きにするイタズラがしたくなってしまうだろう?」


「く……」


魔王がニヤリと笑う。

その邪悪な笑顔に背筋が寒くなり、私は娘を強く抱きしめた。


奴は知っているのだ。

この子が私にとって、かけがえのない宝だという事を。


「くくく……まあ、そう怯えるな。これからする話は、お前達この世界の人間にとっても有益な話だ。何せ、この私を倒せる絶好のチャンスなのだからな」


「……」


言っている意味が分からなかった。

自分を倒させる機会を他者に与えるなど、一体何のメリットがあるというのか?

そもそも私の力を利用する事と、魔王を倒せるという話にまるで関連を見いだせない。


「何……簡単な事だ。私の要求は一つ、異世界から私を倒しうる者をお前には召喚して貰う」


異世界からの召喚。

魔王のその言葉に、私は眼を見開く。


「異世界召喚……」


基本的に、召喚はこの世界にいる精霊や魔獣を呼び出し使役する為の力だ。

だが50年前。

私の曽祖父が新たな秘術の開発に成功し、異世界から人間を召喚した事がある。

どうやら魔王は、それを私に求めている様だ。


だが……異世界から召喚された人間は、只の人間だった。


それも何の力も持たない非力な。

仮に異世界から人間を呼び出したとしても、魔王を倒せるとは到底思えない。


「無意味だと考えている様だな。これを見ろ」


魔王が掌を上に向けると、そこに拳ほどの赤黒いクリスタルが突然姿を現す。

その宝玉からは、とてつもない強烈な力の波動を感じる。


「それは……」


「これは私が生み出した物。名づけるなら、スキルマスターの秘伝といった所だな。これを触媒にして召喚された物は、ありとあらゆるスキルと魔法を習得できる様になるだろう」


「そんな物が……」


魔王の言う言葉が真実なら、それは神世時代にあったとされる神器レベルの力に匹敵――いや、それ以上かもしれない。


「お前には、全てのスキルを手にするに相応しい潜在能力の持ち主を召喚して貰う」


圧倒的な潜在能力を持ち、しかもありとあらゆる魔法とスキルを扱える者。

確かにそれならば、魔王を倒せるのではないか?

そんな考えが脳裏を過る。


「良い話だろう?ああ、そうそう。もう一つ――」


魔王はニヤリと笑い、その顔を私に近づける。


「お前の召喚に合わせ、私の半身を異世界へと送る」


「なっ!?」


その言葉に私は絶句する。

魔王は召喚を利用し、異世界をも侵略するつもりだ。


「そんな真似をっ――」


魔王が人差し指を口の前に立て、私の言葉を遮る。


「これはお前達にも大きなメリットのある話だ。半身を送るという事は、私の力が大幅に減少する事を意味している」


「弱体化……する」


「そうだ。異世界を犠牲にすれば、この世界を救えるかもしれないぞ。どうだ?」


それは悪魔の取引だった。

この世界と、異世界とを天秤にかけるという。


関係ない世界の人達に、魔王の脅威を押し付ける。

そんな事は許される事ではない。


「……」


分ってはいる。

分ってはいるが。


――このままでは、この世界の人類はもう持たない。


大陸の8割は、魔王の配下によって支配されていた。

そして大陸の外は神世の時代の神々の戦いで、崩壊してしまっている。

逃げ場のない私達に、滅びを避ける術はなかった。


――だから私は決断する。


――人類を救うために。


「いいでしょう。召喚を行いましょう」


私は魔王からクリスタルを受け取り、更にそこに宿った強力な力を利用し、異世界で一際優れた潜在能力を持つ人間を召喚する。

異世界を犠牲にし、この世界を救うために。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「勇者様……貴方には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」


この世界をギリギリの所で救ってくれた感謝に、私は涙を流す。

同時に、自分の犯した罪が私の胸を締め付ける。


「礼はいいから、さっさと元の世界へ戻してくれ」


勇気蓮人の表情は優れない。

当然だ。

彼はこの戦いで傷つき、多くの仲間を失っていた。

魔王を倒せたからといって、笑顔でいられる訳がない。


……勇気蓮人は、これから元居た世界でも過酷な戦いを強いられる事になる。


だが、その事を彼に伝える事は出来ない。

私は契約により、縛られているのだ。


――魔王との契約


それは魔王が許可した以外の情報を、発信する事を禁じる物だった。

だから伝えられない。


「どうかこれをお持ちください」


私は彼の装備を収納した指輪を手渡す。


「これは?」


「それはいずれ必ずや、貴方様の役に立つはずです」


私に出来る事と言えば、せめて彼と共に装備と、魔法で私と魔王に関する情報をロックした精霊を送る事だけだ。

本当はもっと色々と持たせるべきなのだろうが、私の残りの命ではそれが限界だった。


異世界召喚の秘儀は、命を消費する。

曽祖父はこの秘儀を使い。短命で亡くなっていた。

私も勇気蓮人の召喚で、寿命の半分近くを消費してしまっている。


――そして送還にも、同じぐらいの生命力が必要だ。


彼を送り返せば、私の命は尽きるだろう。

余裕がないため、プラスαは最小限でなければならない。

もし欲をかけば、送還自体失敗しかねないからだ。


「ご武運を、お祈りしております」


送還魔法を発動させる。

体の中から命がごっそり抜けていく感触。

彼の姿が消えると同時に、私はその場に崩れ落ちた。


「神……よ……」


どうかこの世界に未来を齎してくれた勇者――勇気蓮人に祝福を。

そう強く願う。


「シェミー……」


最後に思うのは、1人残される小さな娘の事だった。

異世界を犠牲にする事を選んだ自分勝手な私に、そんな事を願う資格はないのかもしれない。

だがそれでも、願わずにいられなかった。


――娘の幸福を。


「どうか……しあ……わ……せに……」


私は人生の最後に、自分勝手な天への願いを呟いた。

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