第15話 毅然とした態度
「クリスタルが!?」
「まさか!?」
兄が協会の人と話をていると、急にクリスタルが輝き出した。
以前一度だけ外から見た事のある輝き。
この輝きは間違いなく――
「Cランクを1時間かからず!?しかも単独で!?こいつは我が社始まって以来の凄い特ダネだぞ!!」
少し離れた場所にいたダンレポの記者達が駆け寄って来て、興奮気味にその様子をファインダーに収める。
逆光状態でも気にせずシャッターを押している所を見ると、クリアの瞬間を収める為、何らかの特殊処理が施されているのだろう。
そして光が収まり、全身を黒鎧で包まれた蓮人さんが姿を姿を現す。
「レン――エギール!無事だったか!」
兄が嬉しそうに駆け寄る。
何だかんだ言って二人は親友なので、きっと心配だったのだろう。
尤も、そんな心配など必要ない程蓮人さんは強かったみたいだけど。
兄は記者さん達に2時間なんて大口叩いていたけど、Cランクのダンジョンはそんな簡単なものじゃない。
普通の攻略なら、複数人で1日がかりだし、広いダンジョンならそれこそ数日かかるのが普通だ。
だがそれを、蓮人さんは1時間とかからず終わらせてしまった。
異世界を救った勇者の肩書は、伊達じゃないみたい。
まあそんな事を口にしたら、本人は凄く嫌がりそうだけど。
蓮人さんは、異世界での話をしたがらない。
戦争による悲惨な経験をしたのだから、それは当然の事だろう。
「ま、詮索はしないのが正解よね」
少し――というか、かなり気にはなる。
が、相手が嫌がる事をあれこれ聞き出そうとするほど私も悪趣味ではない。
「こんな馬鹿な!」
その時、協会の人間――高瀬と言う男性が金切り声を上げる。
「単独でクリアできる筈がない!これはBら――っぐぅ!?」
だが途中で言葉を途切らせ、その場でしゃがみ込んだ。
それを見て私は眉根を顰める。
一体この人は何をやっているのだろうか?
「おー、わりぃわりぃ。つい足を踏んじまったよ」
「い、いや。構わない」
どうやらよく見えなかったが、一緒にやって来た赤毛の人が足を踏んだ様だ。
「彼らは?」
状況を知らない蓮人さんが兄に尋ねた。
まあそりゃ外に出た瞬間、知らない相手がわらわら寄ってきたら疑問に思うわよね。
「ああ、ちょっとな。ダンジョン販売に手違いがあったそうだが、もうクリアした後だから気にしなくていいさ」
「ぐ……まあクリアしたものは仕方がないですね。では、クリスタルは私が預かるとしましょう」
高瀬が地面に落ちているクリスタルを、勝手に拾おうとする。
あり得ない行動だった。
Cランクのクリスタルは、数千万円もの価値がある。
そんな高価な物を勝手に手に取るなど、どんな育ちをしたらこんな行動が出来るのか。
「はぁ?勝手に拾うな!」
「私は協会の人間なのでご安心ください」
兄が止めるが、高瀬は言葉を無視して拾おうとする。
が――
「これは私達の成果だ。勝手に手を出すのは止めて貰おう」
それよりも早く蓮人さんがクリスタルを拾う。
正に電光石火。
しかも無駄のない流れる様な綺麗な動き。
それが格好良くて、思わず見とれてしまった。
見た目も悪くはない訳だし、これで重度のオタクじゃなかったらほぼ完璧だったのにと、本当に惜しまれる。
「それは協会が引き取る物だ。私に渡したまえ!」
「これは成果に対する報酬を得る為の物だ。寄越せというなら、まずは報酬を渡すのが筋だろう。郷間、相場はいくらだ?」
「え?ああ、少なく見積もっても8千万はするはず」
蓮人さんがお金の話をしている事に、違和感を感じる。
こういう面倒くさい事は、兄に任せると言っていたのに。
「そうか。なら8千万だ。さっさと寄越せ」
ひょっとしたら彼は、相手の横暴な態度から揉めている事に気付き、自分が矢面に立とうとしているのかもしれない。
「な!今そんな金を持ち合わせている訳ないだろう!」
高瀬は蓮人さんの態度に明らかに焦っていた。
正直、何故ここまで急いでクリスタルを確保しようとしているのか、私には分からない。
思い当たるとしたら、さっき兄が口にしていた偽装って言葉ね。
言葉からして、何かやらかしてて、それを隠ぺいしようとしているって所かしら?
「金が無いのに物だけ寄越せ?話にならんな。これは協会で直接換金する」
「い……いいから寄越せ!」
「断る」
高瀬が掴みかかるが、蓮人さんはそれをひらひらと身軽に躱してしまう。
まあ相手は一般人だ。
超人的な能力を持つ彼に、真面に触れられる訳もない。
しかし……見苦しいわね。
必死に追いかけ回す高瀬の無様な姿には、なんなら憐みすら感じる。
「くそ!もういい!お前ら!こいつから無理やり奪い取れ!」
高瀬は息を切らし、一緒に来た人間に奪えと命じた。
恐らく、彼らは能力者だろう。
だが、その言葉に従う者は居ない。
「な……何をしている?早く動け!」
「なーんで、俺らがあんたの命令を聞かなきゃなんねーんだ?」
「そうそう。俺達はただ購入予定だったダンジョンの攻略に来ただけだぜ?」
「命令される謂れはねーな?」
男達の、他人を馬鹿にした様な口ぶり。
相手がアレな人物とは言え、正直癇に障って不快だった。
「お、お前ら!このままじゃ、お前らだってただじゃす……」
「俺達は、お得なダンジョンをただ買いそびれただけだ。あんたには何か事情があるみたいだけど、そんな事は俺達の知った事じゃねぇ」
「う、裏切るつもりか!」
「裏切るも何も、あんたと俺達には何の関係もない。意味の分からない事ほざかないでくれるか?」
「き……貴様ら……」
見た感じ、蜥蜴の尻尾切りの様だ。
気分の悪い行為だし、顔を真っ赤にして震える高瀬の姿は哀れだけど、本人が悪い事をしている以上、それは自業自得でしかなかった。
流石に、私が気にする事でもないだろう。
「それよりあんた、やるじゃないか。ここを一人でクリアするとか、大したもんだ。ひょっとしてだが……レベル6なのか?」
サングラスをしていた赤毛の大男が、それを外して蓮人さんの顔を覗き込む。
何処かで見た事がある様な顔だ。
誰だったかしら?
「ふ……どうかな?」
蓮人さんは当然質問には答えず、さらっと流す。
彼は外したサングラスをかけなおし、特に追及する事無く肩を竦めた。
まあ見知らぬ人間に個人情報を求めたとして、真面な答えが返ってくる訳もない。
質問も最初っから駄目元の物だったのだろう。
「俺は強い女が好きでねぇ。良かったら、うちにこねーか?待遇は約束する。小さな所じゃ考えられないぐらい儲かるぜ?」
「遠慮しておこう。私は単独が好きなのでね。弱小の方が都合がいい」
「そうかい?俺はグリードコーポレーションの能力者、
「やっぱり!グリードコーポレーションの
それまで何が起こってるのか理解できず、あっけに取られていた記者達が男――山田の口にした名前に強く反応する。
それは私も知っている名だった。
グリードコーポレーションは国内3強と言われる、攻略者達を抱えたダンジョン攻略企業だ。
そして
そのパワーは凄まじく、圧倒的な力で魔物を粉砕する姿から壊し屋の異名を得ていた。
「山田さん!是非インタビューを!」
「悪いな。俺もそんなに暇じゃねーんだ。インタビューしたけりゃ、アポを取ってくれ」
山田は記者を軽くあしらい、一緒に来た人達と乗って来た車に向かう。
だがその途中で突然振り返り――
「そういや、名前を聞いてなかったな。あんた、名前は」
「エギール・レーンだ」
「外人か。まあいい名前だ。待ってるぜ、エギール」
そう言うと、山田は片手を上げて去っていく。
その背に向かい、蓮人さんがボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「女の名前勝手に呼び捨てとか……キモ」
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