第16話 6人目

――SDC本社高層ビル・会長室――


「Cランク単独攻略者、エギール・レーンか」


背面がガラス張りの会長室。

美しい夜景に背を向け、執務机に座った大柄な黒スーツの男――SDC最高責任者遠間雷電とおまらいでんが端末を見つめ呟く。

その画面には、謎の能力者エギール・レーンによるCランク単独攻略と書かれた記事が大きく映し出されていた。


「会長。それなのですが……諜報部の調べによると、実際はBランクダンジョンだった様です」


その呟きを、直ぐ傍に立つ紺スーツの女性が訂正する。

それを聞いて雷電が顔を顰めた。


「それは間違いないのか?」


「確実かと」


「ふむ……つまり、エギール・レーンと言う女はレベル6という事になるな」


ダンジョンには適正レベルがある。

Bランクの適正は4から5だ。

この適正レベルは複数人でパーティーを組むこと前提で設定されており、そこを単独でクリアする場合、更に高いレベルが必要になってくる。


当然、Bランクの適正であるレベル5では単独クリアは不可能に近い。

その事から、事情を知る少数の者達は、エギール・レーンをレベル6の能力者と断定していた。


「名前からして日本人ではない様だが……いまこの国に、海外の高レベル能力者は入って来ていないはず」


能力者はその強力な力故、国を跨いでの移動が制限されている。

もし海外からの渡航者がいれば、記録に残る為一目瞭然だった。


「目立った行動から、密入国者とも思えんし……」


非正規ルートを使い、日本に密入国する事は可能だ。

だがそんな人間が、記事になる様な目立つ行動をするなどありえない事だった。


「現在、その辺りを含め鋭意調査中です」


「もし日本国籍を持つ6人目のレベル6ならば、是非我が社に引き入れたい所だな」


現在、日本人でレベル6に到達している能力者は5人。


雷帝・遠間紫電とおましでん

剣姫・姫宮零ひめみやれい

狂犬・台場豪気だいばごうき

双星・衛宮玲奈えみやれな衛宮聖奈えみやせいな


そしてその中で現在SDCに所属している能力者は、遠間雷電の弟、遠間紫電のみだ。


「詳細が判明次第、問題が無ければ勧誘を始めます」


「ああ、姫宮グループには負けてくれるなよ」


日本におけるダンジョン攻略の最大手はSDC社、グリードコーポレーション、姫宮グループの3社だ。

その中でも、現在既に3名のレベル6を抱える姫宮グループが頭一つ抜きんでている状態となっていた。

当然SDC社の会長である遠間雷電は、そこを強く意識している。


「ご期待に沿える様、努力いたします」


「頼んだぞ。いつまでもあそこに、でかい顔をさせておくわけにはいかないからな」


配下の返事に満足げに頷き、彼は会話を切り上げ自分の仕事に戻る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「てめぇ山田!なんで引きってでも連れて来なかった!!」


広いマンションの一室。

野太い怒号と同時に赤毛の大男――壊し屋クラッシャーの二つ名を持つ山田が吹き飛ぶ。


吹き飛ばしたのは、顏に大きな傷のある大男だ。

その体格は日本人にしては大柄な山田よりも、更に一回り以上大きかった。

筋肉達磨。

そんな言葉がピッタリ合う姿をしている。


山の様な体躯の男の名は、台場豪気だいばごうき

狂犬と呼ばれるレベル6の能力者だ。


「無茶言わない下さいよ。台場さん。相手はレベル6だったんですよ」


「ちっ!儲けは持っていかれるわ。女はスルーするわ。全く、使えねー奴だ」


「レベル6って事は、お兄ちゃんぐらい強いって事でしょ?それじゃ仕方ないんじゃない?そんな人を、レベル5の山田君達に連れて来いってのは酷よ。それにダンジョンの件だって、やらかしたのは協会なんだし。それで怒ったら流石に可哀そうでしょ」


憤慨する狂犬を、ソファーに座っている茶髪の女性が宥める。

彼女の名はらん

台場豪気の妹だ。


「仕方ないじゃ済まねーんだよ。それでなくともグリードコーポレーションは、SDCや姫宮グループに後れを取ってるんだぞ?そいつまで奴らに持っていかれたら、ますます差がでちまうじゃねーか」


「それはお兄ちゃんのせいでしょ」


台場蘭は大きく溜息を吐く。

グリードコーポレーションは、新人獲得率が他2社に比べて明らかに劣っていた。

そのため3番手ではあっても、所属している能力者の数は他2社の半数以下である。


そしてその最大の要因は、エースである台場豪気にあった。


暴君気質の彼は乱暴で、全てを暴力で解決しようとする傾向が強い。

そのため、評判がすこぶる悪いのだ。


「ちっ。まあいい。蘭、爺に言って直ぐにその女を探させろ。俺が一発かましてやる。そうすりゃイチコロだ」


「はいはい」


蘭は豪気の言葉を適当に流す。

調査自体は既に始めてはいるが、結果が出ても、彼女はそれを兄に伝えるつもりはなかった。


レベル6に達している相手が、暴力に屈するなどありえないからだ。

台場豪気に任せては、確実に失敗するのが目に見えていた。


「よし、飯にするぞ。山田も付き合え」


「分かりました」


台場豪気が舎弟の山田を連れてマンションから出て行く。

その姿を見送り、妹の蘭は大きく溜息を吐いた。

力はあっても、脳みそが空っぽな兄を持つ気苦労だ。


「あんなんでも……山田君みたいに慕ってくれる人間がいるんだから、やっぱ力って偉大よねぇ。とは言え、いつまでも暴君として暴れられ続けても困るし。お兄ちゃんに対する抑止力的な意味でも、エギール・レーンは絶対うちで押さえておきたいわね」


エギール・レーンによるBランク単独攻略は、業界に大きな動きを齎す。

ダンジョン攻略に係わる者達は所在を血眼になって探し周り、その獲得を狙う。


そん中、渦中となる人物は――


「ピリン。今日から俺がお前のお兄ちゃんだぞ」


ゲーム画面に向かって、デレデレと崩れた笑顔で語りかけていた。

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