第6話 初クリア

ゴブリン。

それは緑色の肌をした人型の魔物だ。


ゲーム等だと小人の様に描かれるそれだが、異世界で遭遇した物は人間と遜色ない体格をしていた。

さらにその体は筋肉質で、一般人と比べるとかなり大柄である。


因みに、異世界でもゴブリンは最弱の魔物だ。

但し、魔物の中で最弱と言うだけで、普通の人間では手も足も出ない程度の能力は持っている。


「くそっ……」


魔物を目にした瞬間、胸の内に苦い物が込み上げて来た。


――俺は魔王を倒し、異世界を救っている。


だがその犠牲は甚大な物だった。

多くの異世界人と協力し、魔王軍と戦い続けた結果、俺は全ての仲間を失ってしまっている。


――最後に魔王を倒した時、周りには俺以外立っている者は居なかった。


「世界に希望を――」


「ユンヌをお前に託す。どうか彼女を――」


「頼む。村の皆の仇を――」


願いや無念を俺に託し、散っていった仲間達。

そんな仲間達の屍を踏み越えて得た勝利。

そこに喜びや、歓喜などという物はない。


唯々虚しく。

誰も救えなかったという思いだけが、俺の心を締め付ける。


「な……何でこんな所に!?」


郷間の悲鳴に近い叫び、それによって俺は自分の殻から引き戻される。

そうだ、過去の嫌な記憶に浸っている場合じゃない。

今戦えるのは俺だけなんだ。


大きく深呼吸し――そして俺は魔物に突っ込む。


この世界のゴブリンが、異世界のゴブリンと同程度とは限らない。

姿形が同じだからと、全く同一と考えるのは無理がある。


だがここは最低難易度のダンジョンだ。

いくら何でもそこまで強くはないはず。


――この程度の単体雑魚を正面から打ち倒せない様なら、ダンジョンのボスにはきっと敵わないだろう。


俺は自分の力を試す意味も含め、ゴブリンに真正面から殴りかかる。

身体能力強化と、凛音には言ってあるのもあるしな。


もしそれで仕留められない様なら、最悪、魔法や他のスキル類を使う必要が出て来るだろうが……


「はぁ!」


ゴブリンの動きは緩慢だ。

手にした斧を迎撃のために振り上げるが、振り下ろすよりも早くその腹部に俺の拳が突き刺さり――


水風船の様に破裂した。


血と、肉と、臓物がバラバラになって周囲に飛び散る。


「よし。この程度ならいける」


手応えから、自分の勇者としての力が低難易度ダンジョンなら通用すると確信する。

仮に雑魚とボスの強さに大きな差があったとしても、これ位ならどうとでもなる範囲だ。


「ポーションと……これが魔力結晶か」


倒した魔物の死骸が消え、代わりに赤色の液体の入った小瓶と、紫に仄かに輝く結晶が出現した。


――ダンジョン内の魔物は、倒すとゲームの様にアイテムをドロップする。


なぜそうなるのか、その理由は不明だ。

そう言う風にできているとしか言いようがない。


さて、手に入ったアイテムだが――


ポーションは回復アイテムである。

名前の由来は、ゲーム辺りからだろうと思う。

骨折レベルを瞬く間に回復させる効果があり、ネットオークションで以前チラリと見た時の価格は100万程だった。


異世界に行く前の感覚から考えると、瞬時に骨折が治るという強力な効果にしては値段がかなり控えめに感じる。

恐らく、ダンジョンから大量に産出されているのがその原因だろう。


そして魔力結晶の方だが、これは世界一クリーンなエネルギーと言われている。

エネルギーとして消費しても、石油などの化石燃料の様に二酸化炭素が発生したりしないそうだ。

原子力の様な、放射性の廃棄物もでない。


そのため結晶は次世代のエネルギーとして持て囃され、その内世界中のエネルギーがこれに置き換わるのではと言われている。


「一発とかまじか……」


「まあ、最弱の相手だしな」


振り返ると、郷間と凛音の二人が唖然あぜんとした表情で俺を見ていた。

どうも、二人は俺がもう少し弱いと思っていた様だ。


「は?いや最弱じゃないぞ?そいつ、このダンジョンのボスだし」


「え!?冗談だろ?」


「間違いなく、ボスのゴブリングレートウォーリアですよ」


マジか!?

あの雑魚がダンジョンボス?

いくら何でも弱すぎないか?


それに――


「いやでも……入口だろここ?」


ゲームとかだと、普通ボスはダンジョンの奥の方に居るものだ。

いきなり入り口で遭遇するなどありえない。


ひょっとして、二人して俺を担いでいるのだろうか?


「ん?」


そんな事を考えていると、目の前に青いパネルが現れた。

そこには――


ダンジョンボス討伐――クリア☆


と出ていた。

更に、30秒後に強制的にダンジョンから排出するとも書かれている。


どうやら担がれている訳ではなく、二人の話は本当だったらしい。


「あー、えっと。案外楽勝だったな。ははは」


二人を疑った事が気まずくて、何となく笑って誤魔化す。

まあでもしょうがないよな。

状況的に考えて、疑ってもさ。


「凄い……ひょっとして蓮人さんってレベル4、ううん、5はあるんじゃないですか!?」


凛音が興奮した様に叫ぶ。


――レベル。


プレイヤーの能力にはレベルがあり、ダンジョンで魔物を倒す事で上がっていく。

そしてレベルが上がればその分、能力者の能力も上がる。

そのため、レベル=強さとして表示される事がネットでは多い。


「ああ、いや……」


日本の最大レベルは、確か6ぐらいだったはず。

5だとトップ層のレベルになるから――


「レベルは4だよ。流石に5もないさ」


3と言おうかとも一瞬思ったが、相手の想定より低過ぎると嘘だとバレてしまう可能性が出て来る。

だから、凛音が口にした小さいほうの数字にしておいた。


「ああ、蓮人はレベル4だ」


チラリと郷間の方を見ると、奴も口裏を合わせてくれる。


やればできるじゃないか。

ま、アホな事を口にしようとしたらぶん殴るつもりだったから、それを本能的に察知しただけかもしれないが。


「レベル4でも凄いですよ!お兄ちゃんが自信満々に電話してくる訳だわ!」


「へへ、だから言っただろ?どうにかなるって」


パネルに点滅していた、消滅までのカウントダウンが0になる。

入って来た時とは逆の転移が起こり、俺達は外に放り出された。

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