第5話 クリスタル

「あはは。蓮人さん、相変わらずオタクのままなんですね」


ワゴンが高速に乗る。

目的の場所まで2時間ぐらいかかると言われたので、暇つぶしにスマホゲームを始めると凛音に笑われてしまった。


まあ昔っから、ゲームばっかしてたからな。

郷間の家に遊びに行った時もほぼゲームしかしていなかったで、凛音にはオタクと認識されていた様だ。


「こいつ、家を訪ねたらエロゲーやってたんだぜ」


「エンジェルハニーはエロゲーじゃねぇよ!」


神ゲーをエロ呼ばわりとは、失礼極まりない話である。

エンジェルハニーは、天使の様な義妹達を育てる純愛物。

そこに不純な動機が入り込む余地はない。


「随分と不穏な名前ですね」


凛音がゲームの名前を聞いて、何故か引き気味だ。

内容を説明して誤解を解きたかったが、リアル妹ポジの彼女にそれをするのは流石に躊躇われた。


「と、とにかく!そんなんじゃねーから!」


余りこの話を続けると藪蛇やぶへびになりそうなので、ツンデレ風のセリフで終わらせておく。


ゲームしつつ、くだらない話にも参加していると、2時間くらいはあっという間である。

やがて高速から降りたワゴンが、細い山道を進んで行く。


「着きました」


「これがクリスタルか……」


細い道の行き止まり。

危険と書かれた看板に仕切られた場所の中にそれはあった。


――濃い黄色の光を発する、地面から突き出た縦に細長い形状のクリスタルの様な物体。


近付くまで全く気づかなかったが、それからは強い魔力が発せられていた。

この世界に戻って来てから魔力を感じたのは、これが初めての事だ。


「荷物は俺達が持つから、お前は戦いに集中してくれ」


郷間と凛音がワゴンからデカいリュックを取り出した。

見るからに糞重そうだが、二人は軽々とそれを背負う。


「どうしました?」


「あ、いや。郷間はともかく、凛音も案外力があるんだなって思ってさ」


「なーに言ってるんですか?戦闘向けじゃないだけで、私も能力者なんですから」


「ん?」


能力者と力持ちに何の関係があるんだ?

と思っていたら、郷間が「能力に覚醒すると、身体能力も強化されるんだよ」と耳打ちで教えてくれた。


そう言った事はネットなんかで目につかなかったのだが、たぶん当たり前の事過ぎて情報として発信されていないのだろう。


「よし、じゃあ入るぞ!」


郷間がクリスタルに手を翳す。

すると奴の目の前に、突如半透明の青いパネルの様な物が現れた。


「なんだこりゃ?」


「情報パネルさ」


郷間が指先でその情報パネルを弄ると、今度は俺と凛音の前にも同じ物が出現した。

そこには白文字で――


『パーティーリーダー』

・郷間武


『メンバー』

・勇気蓮人

・郷間凛音


と表示されており、下の方に離れて――


パーティーとしての同行を認可しますか?


【イエス】・【ノー】


と書かれていた。

スマホと同じ感覚で考えると、タッチして返事しろって事だろう。


取り敢えず【ノー】の部分を指先でタッチしてみた。

するとパネルが消える。


「おいこら!キャンセルするな!」


「ああ、すまん。ゲームみたいにループするのか気になってつい……」


「ついじゃねーよ!」


「くすくすくす」


そのやり取りに、凛音が口元を押さえて可愛らしく笑う。


その可憐な姿を見れば見る程、この子は本当に不細工な郷間の妹か?と思わずにはいられなくなる。

本当に酷いビジュアル格差だ。


頑張れ郷間。

負けるな郷間。


そう心の中で、残念な顔面の悪友にエールを送っておく。

口には出さないのは、友人としての配慮だ。


「次はちゃんとイエスを選べよ!」


郷間が再び目の前のパネルを弄ると、俺の前に消えた青いパネルが戻って来た。

もう一度ノーを押したい誘惑はあったが、郷間と同じやり取りを繰り返す事になるだけなので、次はちゃんとイエスをタッチする。


まあ、ある意味無限ループだよな。

強制な訳だし。


「じゃあ入るぜ!ダンジョン攻略だ!」


「期待してますよ。蓮人さん」


「まあ頑張るよ」


クリスタルが強く光る。

その途端、視界や体の感覚が失われた。


「!?」


だがそれは一瞬の事で、気づけば俺達は岩壁に囲まれた場所に立っていた。

恐らく、これがダンジョンという奴だろう。


――この感覚、まるで転移の様だ。


一応、俺自身も転移魔法は使える。

学習チートで、異世界で習得したからな。


だが転移魔法は詠唱に時間がかかるうえ、大量の魔力を消費しなければならない。

それを何の前兆もなく一瞬で行ったクリスタルには、恐らく相当な力が秘められているはずだ。


モニター越しの情報からでは分からない、接して初めて気づける脅威。

なぜこんなとんでもない物が地球に現れたのか?

そんな疑問が頭を過るが――俺はそれを早々に中断する。


「何か来る!」


何かが真っすぐ此方へ向かって来る気配を、俺は察知する。


部屋にいた時はだらだらしていて郷間の接近にすら気づかなかった俺だが、ダンジョンに入るにあたって、気配察知系のスキルは事前に発動させておいたのだ。

だから見えない敵の接近に、素早く気づく事が出来たのである。


「本当だわ!」


まだ相手の姿は見えていないというのに、何故か凛音が俺の言葉に同意する。

非戦闘系の能力と言っていたし、彼女の能力は察知系の何かだろうか?


「あれは!?」


ドスドスと足音を立てて、凄い勢いで人型のシルエットが走って来るのが見える。

それは俺のよく知っている魔物の姿だった。


「ゴブリン……」


「ぐぅおおおおおおおお!!」


ゴブリンが興奮気に雄叫びを上げながら、此方へと突っ込んで来る。


――その顔は、獲物を見つけた殺戮者のそれだった。

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