第15話 そういうのが全く読めない
「先に腕を折るのは、勿体無いと思ってんだ。どうしてかわかるか?」
どこからともなく現れて、若干冷め始めてきた小籠包を食べながら、元カレさんはやけに疲れたような溜め息を吐く。
「先に腕を折った後に、指を一本ずつ折っても、痛くねぇだろ? だから、もったいない。先に指を折ってから、腕は折らねぇとな」
元カレさんはむしゃむしゃと残された料理を口にしながら、当然のように僕の頼んだジンジャーエールを手に取り、ごくりと飲む。
「お前と紀夏の会話はだいたい聞かせてもらった」
僕と岡田さんの会話を元カレさんはすでに聞いていたという。
純粋に僕はそれを不思議に思う。
さっきまで近く、というか店内にすらいなかった気がするが、どうやって僕らの会話を盗み聞きしたんだろう。
「お前の胸ぐらを掴んだ時に、盗聴器をつけたからな。一字一句全部聞かせてもらったよ。お前の指を十本折って、腕を二本折って、最後に首の骨を折る前に、だけど一つだけ確認しておきてぇことがある」
盗聴器?
今、この人、盗聴器って言った?
僕は自分の胸元を少し触ってみる。
すると、たしかに見覚えのない小さなピンマイクのようなものがつけられていた。
まじかよ。
全然気づかなかった。
完全に気配を消す尾行といい、この人、もしかして現役のスパイか何か?
言葉遣いが派手なわりに、やってることの隠密性が高すぎるよ。
「そもそも、お前は最後、どうして紀夏が怒ってたのか、理解してるのか?」
二度と仕事以外で話しかけないでください。
それが岡田さんが僕に向かって最後に言い放った言葉だ。
理由なんてもちろんわかっている。
ただ、これまでの非礼を岡田さんなりのユーモアを交えた言葉で許してくれただけなのに、僕が勝手に嘘告白だと思い込んで、鳥肌バサバサの告白をしてしまったからに決まっている。
正真正銘、どう好意的に解釈しても、セクハラ以外のなにものでない。
致命的に頭が悪い。
どうしてこう僕は会話が下手くそなのだろう。
ノリとか、雰囲気とか、空気とか。
そういうのが全く読めないのだ。
「(……はい。わかってます。僕が調子に乗って告白したからです)当然だ。理解というよりは受胎告知に近い。僕の愛の光が眩しすぎたからだ」
「ふぅぅ……ここまで来ると尊敬してやれるよ。よくもまあ、この状況でまだそんなふざけた態度を取る余裕があるな」
ピキピキと、こめかみの血管を震わせる元カレさんは、今にも握ったグラスを潰してしまいそうだ。
岡田さん、怒ってたな。
この口調なので元カレさんには伝わらないと思うが、さすがの僕も落ち込んでいる。
というか、元々メンタル面は平均的人類に比べて著しく脆弱なので、むしろ足の指も一本ずつ折って欲しいくらいには自らの失策を悔やんでいる。
「……はっきり言って、伝わってねぇぞ」
「(え?)ん?」
元カレは相変わらずガンギマリの視線を僕に向けながら、静かに、一つ一つ、言葉を選ぶようにする。
「おそらく、お前は紀夏に告ったつもりだろうが。あれは、伝わってねぇ。はっきり言って、二股宣言にしかなってなかった」
「(あの、すいません。話が見えないんですけど……)霧が深いな……」
「お前が告白する前に話題にしてた、ハルなんとかっていう女。あいつのこと、お前好きって言ってたよな?」
「(あ、それは、同僚の人で、むしろ好きじゃない人いないっていうか)僕たちのソウルメイトのことか。彼女を好きなるのは人類の義務だ」
「それだよ、それ。そのハルなんとかって子のことが本命で、お前は二番目です、みたいな雰囲気になってたんだよ。そんなこともわかってねぇのか?」
呆れたぜ、殺すしかないな、と言葉を続けると、そこで久しぶりに元カレさんはその強すぎる視線を僕から外した。
待て。
待て待て待て。
もしかしてだけど、この人、すごい勘違いをしているんじゃないか?
僕が岡田さんを怒らせた理由を、ちょっと変わった解釈をしてらっしゃる。
二股宣言をしたから怒った。
そんなわけはない。
僕がハルさんと不釣り合いなのは、誰がどう見てもわかる。
そんなこと、僕より遥かに賢い岡田さんなら当然理解している。
だから僕のハルさんが好きという言葉が、あくまで人としてという意味なのは伝わっているはずだ。
僕如き、古本に湧く赤くて小さな虫より鬱陶しい存在にしかすぎない雑魚が、本気でハルさんとどうにかなろうとしているなんて、誰も思わない。
だから岡田さんは単純に、むしろハルさんの時より本気目に愛の告白をしてきた僕に対してシンプルに怒りを抱いているのだ。
それをこの元カレさんは、なぜか変に勘違いをしているらしい。
「(それは勘違いですよ。ハルさんとか関係なく、僕に告られたことに岡田さんは怒ってるんです)解釈の違い。シュレディンガーの俺、だな。問題があるとしたら、僕の愛の輝かせ方だけだろう」
「……あくまで、お前の本命は、紀夏だって言うのか? 勘違いしたのは、紀夏の方だと?」
なんか、それも微妙に認識がずれている気がする。
残念ながら、ハルさんと同じく、岡田さんにとっても僕は取るに足らない塵芥にしかすぎない。
本質はそこじゃない。
僕という存在のザコさが問題なんだ。
「だとしたら、お前は会話が下手すぎんな。もう少し横に口をさいてやった方がお前のためかもな」
リアル口裂け男をこんなところに出現させないでくれ。
わりと現時点で軽く都市伝説に片足突っ込んでるんだから。
「……ちっ。わかった。お前が、とんでもねぇ馬鹿だってことはわかってたのに、放置してた俺にも責任がある」
なんの責任のことだろう。
たぶんその責任、羽より軽いですよ。
「仕方ねぇ。惚れた女のために、男の一人や二人、叩き直すのも、悪くねぇ」
たぶんだけど、絶対悪いことをこの人はしようとしている。
急に立ち上がって、なぜか恥ずかしそうにそっぽをむき出す元カレさんに、僕はなぜか根源的な恐怖を覚えた。
「俺が、お前のことを、鍛え直してやるよ。今から、俺の家に来い」
え、まさかの、お持ち帰りですか?
これ、死体遺棄確定?
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