第14話 もう二度と仕事以外で話しかけないでください
どうやら、ついに口だけでなく、耳までおかしくなってしまったらしい。
僕の耳の聞き間違いでなければ、今、岡田さんは僕のことを好きと言ったぞ。
これはやばい。非常にやばい。
現実と空想の違いがわからなくなるほど、頭に支障をきたしてきたとは。
いよいよ入院が必要かもしれない。
「海老小籠包と焼売になりまぁす」
そして絶句して完全に思考停止状態に陥る僕の前に店員さんが現れ、香ばしい湯気を立ち上らせる料理が運ばれてくる。
蒸籠にはしっかりと蒸された焼売が入っていて、見るだけで食欲を刺激されるが、どうしても箸を伸ばす気にはなりそうにない。
「じゃあ、焼売と小籠包頂いちゃいますね」
いまだに何も言葉を返せない僕を嘲笑うかのように、岡田さんはひょいと自分の分だけを皿によそう。
さっきまで気のせいか、なぜか涙目になっていた気がしたのに、なぜか今はまるで平気そうな顔をしている。
その雰囲気の変わりように僕は、あの有名なパターンを若干疑う。
まさか、これは巷で噂の、“嘘告”というやつか?
学生時代よく行われるという、有名な拷問の一種。
僕はあまりに陰が強すぎて、もはや闇に溶け込み、誰にも見つからないレベルの存在感だったため経験してこなかったが、今回中途半端に存在感を出すようになったせいで、ついにこの刑に処される日が来たというのか。
となると、あの元カレさんは、グルか?
いや、それはまた別だろうか。
流れ的には元カレさんが共謀している可能性の方が高いが、正直僕から見てもあの二人が元鞘に戻る気はあまりしていない。
だめだ。わからない。
一旦元カレさんのことは忘れて、まずはこの状況をどう打破するかを考えるべきだな。
「食べないんですか? 温かいうちに食べた方がいいと思いますけど?」
数分前に告白したとは思えない気軽さで、岡田さんは僕に焼売と小籠包を勧めてくる。
やっぱり先ほどの告白は僕のバグにバグを重ねた頭が生み出した幻想で、全ては現実とはかけ離れた一種の白昼夢のようなものだったのかもしれない。
「それともうちの告白の返事を考えるので胸いっぱいで、食べる余裕ない感じですか?」
と油断したところに、致命的な追撃。
僕の胸はその言葉に差し抜かれ、もう虫の息。
岡田さんは小籠包に丁寧に息を吹きかけ、冷ましてから小さな口で齧り付く。
小さく、美味しい、と頷く岡田さんは、もう僕に目を合わすことはない。
「これ、美味しいですよ」
いったい僕は、どうすればいいんだ。
もし仮に、というかほとんど百パーセントの確率でこれが嘘告だとしよう。
だからといって、僕の返すべき言葉がすんなり決まるわけではない。
嘘の告白だからといって、断るのも、僕としてはあまり避けたい。
なぜなら、僕という羽アリのような存在に嘘でも振られたとしたら、岡田さんのプライドを傷つけてしまうだろう。
それならば、素直にここは喜んで受け入れてみるべきか?
これまで散々無礼を働いてきたのだから、それで岡田さんの溜飲が下がるのならば安いものな気がしてきた。
まさか本気にしたんですか、なんてことを言われて笑われるだけで、許してもらえるなら、だいぶ楽だろう。
よし。決めた。それでいこう。
笹井さんへのセクハラもやんわり注意されてる気がするし、この先も僕が岡田さんに迷惑をかけることは確定的に明らかなので、ここらで一旦岡田さんのヘイトを解消しておくのも手だ。
(嬉しいです。僕のことを好きと言ってもらえて。僕も岡田さんのことが好きです。付き合ってください)
あれ、とそこまで変換前の言葉を脳内で発した瞬間、僕は何か違和感を覚える。
よく考えたら、べつに、好きと言われただけで、付き合いたいとかまでは言われてなくね?
あ、やばい。
やらかした。
これは嘘告白とかではなく、シンプルに僕のこれまでのドキショ行動に対して、そこまで気にしてないですよと、フォローしてくれただけなのでは?
クソォ! 止まれぇ! 僕の唇! やめろ! 余計な言葉を発するんじゃない!
僕は脳内の電気信号をむりやり止めようと必死で脊髄をブちぎろうと念をこめるが、光の速さに置いて置かれ、残念ながらイキってしまう口を止められない。
「光栄だ。僕も岡田さんの気持ちと一緒だ。入籍を前提にこれからは彼氏と彼女の関係性でよろしく頼む」
ピキリ、とその瞬間、何かがひび割れた音が聞こえた気がした。
ちょうど箸で焼売を摘んでいた岡田さんの動きが、そこで急停止する。
なぜか、鳥肌が立つ。
何かとんでもないことをやらかしてしまった気配だけが満ちて、すぐに前言撤回をしようと思っていたのに僕はもう何も言えなくなってしまう。
「……は? それ、本気で言ってるんですか?」
「(え)ん?」
これまでずっと伏せていた視線を、ここで岡田さんは僕に戻す。
その綺麗な瞳の奥に燃え盛る、激情の炎。
あ、あ、あ、こここここれ、ブブブブブブチギレていらっしゃる。
やばいよ、やばいよ、やばすぎるよ。
ついに僕は一線を超えてしまった。
頭の悪すぎる勘違いで、告白されたと思い込んでしまったせいで、とうとう岡田さんに冗談では済まされない失礼を働いてしまったようだ。
そりゃそうだ。
こんな不気味を煮詰めて饅頭に餡にして練り込んだような存在に、両思い前提で告白されたら、プライドがズタズタにされ腑が煮え繰り返るに決まっている。
「……最低」
ぽつり、と岡田さんは吐き捨てる。
それは、これまで僕が見てきた中で、最も軽蔑の想いがこもった一言。
「真剣に答えてくれるのは、ハルさん絡みだけですか。失望しました。もう少しマシな人だと思ってたのに。最低です。うちにもう二度と仕事以外で話しかけないでください」
岡田さんは焼売と小籠包をまた一つずつ食べると、突然財布を取り出し、幾らかのお金をテーブルに置くと、そのまま立ち上がる。
「さようなら、森山先輩。うちの悩みはもう解消されましたので、その点に関してはありがとうございました」
ちりん、と鈴の音を鳴らして、岡田さんはそのまま店を出ていく。
うわ。これ、やったな。
茫然自失の状態で取り残された僕は、ちょうど僕の分だけ残された料理をぼんやり眺めながら、馬鹿みたいに呼吸だけを行っていた。
「……俺は明日、自首することにしたよ」
すると、急に、僕の目の前に一人の男性が座る。
吊り上がった目に、引き締まった体。
感情のない瞳で僕を射抜く、さっきまで岡田さんが座っていた席に座る彼を見て、僕は少し変に安心していた。
「森山伊秋、俺は今から、お前を殺す。最後の晩餐だ。とりあえず食えよ」
どこからともなく出現した岡田さんの元カレさんは、相変わらず真顔で殺人予告をするが、不思議と僕はそれに怯えることはなかった。
僕は、岡田さんを、傷つけた。
こんな僕を友人とまでは言わなくても、バイトの同僚として対等に接してくれた心優しい少女を、傷つけてしまったんだ。
罪深き僕を罰してくれる人がいることに、僕は感謝していた。
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