第13話 もう後戻りはできない



「森山先輩って、ハルさんのこと、好きなんですか?」


 傷は、浅い内の方がいい。

 自分で言うのもなんだけど、うちは馬鹿じゃない。

 他人になかなか心を開けないというか、相手との距離を測って、その場に相応しい自分を演出する癖があることは確かだ。

 

 だけど、人生、それだけでなんとかやり過ごせるほど簡単だとは、思っていない。


 たいていのことは、この小手先のテクニックでなんとかなるけれど、遠回りしないで真っ直ぐと向き合わなければ手に入らないものもある。

 そして、きっとうちの目の前に座る、このぼんやり顔の人も、実は似たような相手だと思ってる。


 いつもこの人は、茶化したように変な言い回しをして、中々素直に思っていることを表現しない。

 よくも悪くも、ユーモアに頼りすぎる癖があるんだ。

 変化球で投げれば、変化球で投げ返す人だ。

 

 正直言って、森山先輩がうちのことを誘う日がくるなんて、もう二度とあるかどうかわからない。


 気まぐれか、誰かに何か言われたのか、特別な理由があるのか今はわからないけれど、人生はいつだってタイミングが大事だ。

 今聞かないと、一生聞けないかもしれない。

 だから今だけは、普段のうちらしくなく、ストレートを投げ込むべきだと思っていた。


 森山伊秋は、笹井ハルが好き。


 うちはこの質問を、前に一度している。

 その時、この人は、笹井ハルという人間を愛していると答えた。

 でもあの時とは、この質問の持つ意味は違う。

 人として好きかどうかなんて、訊いてない。

 だって、ハルさんは、そんなこと確認しなくてもわかるくらいに素敵な人だから。

 人としてって意味なら、好きにならない人なんていない。

 うちとは比べ物にならないくらいの、本物の輝き。

 あの光の前で、うちは本当に戦えるのか。

 戦う覚悟があるのかどうか、まずは確かめないといけない。


「ああ、好きだぞ」


 そして、森山先輩は、いつもと全く変わらない気軽さで、うちのストレートをそのまま正面から打ち返してくる。

 うちが馬鹿じゃないように、先輩も馬鹿じゃない。

 この二度目の質問がどんな意味を持つのか、理解していないわけじゃないはずだ。

 それに前は、愛してるなんて、ちょっと気取った言い回しだったのに、今回はそのままはっきりと好きと口にしてる。


 うわ。やば。

 思った以上にこれくるな。

 ふつうに泣きそうなんだけど。


 呆然と見つめる先の森山先輩は、何も変わらないポーカーフェイスで、いつもみたいな余計な言葉の装飾もすることなく沈黙を保っている。

 

 ああ、本気、なんだな。


 森山先輩とうちは、意外に似たもの同士。

 だから、わかる。

 うちらは口がうまいから、喋るほど、上手に心の中を隠してしまう。

 最小限の言葉で、最大限に想いを伝える時は、本気の時だけだ。


「……そう、ですか。なんか、安心しました」


 うちも、口数少なく、本音を伝える。

 安心したのは、本当だ。

 ちゃんと、向き合ってくれた。

 いつもはふざけてばかりの森山先輩が、うちに対して、しっかり自分の気持ちを話してくれて、安心した。


「まずお先にくらげと油淋鶏になぁります〜」


 気まずい沈黙満ちるうちら二人に、気のいい店員さんが料理を運んでくる。

 美味しそうな見た目と匂いで、食べる前から美味しいのはわかった。

 だけど、まったく食欲が湧かない。

 あーあ、これ完全にやってるわ。

 認めるの恥ずかしいけど、めちゃ落ち込んでる。


「美味しそうですね。食べましょうか」


「……ああ、そうだな」


 食欲不振を悟られないように、うちは小皿を取って、先輩の分が多めになるように料理を取り分ける。

 もう、うち、ほんとなんなんだろ。

 だって、わかってたじゃん。

 先輩が、ハルさんに夢中なことくらい。

 じゃなきゃ、あんな派手なことして、バイト先に引っ張ってこないでしょ。


「……岡田さん、泣いて––––」


「泣いてないです」


「でも瞳からナイアガラの滝が––––」


「泣いてないから」


「小さな天の川が––––」


「泣いてない」


 最悪だ。

 わかってたのに。

 心の準備はしてたのに。

 うちは全くお腹が空いていないのに、油淋鶏を口に含む。

 サクっとした衣の食感と、柔らかいお肉の油が口の中に広がっていくのがわかるけど、風邪気味の時みたいに味がよくわからない。

 

「うちに悩みがあるかどうか、知りたいんでしたっけ」


「岡田さんの悩みを解決するためにこの星に生まれてきた」


 まじふざけてるこいつ。

 なんか段々ムカついてきた。

 どうしてうちばっかりこんなかき乱されて、苦しい想いをしなくちゃいけないわけ。

 勝手に惚れて、勝手に怒る。

 めっちゃ面倒くさい女になってるのはわかってる。

 森山先輩は何も悪くないことくらい、理解してる。

 

 でも、なんか、許せない。


 珍しそうに若干心配そうな顔して、うちのことを見つめる森山先輩の顔にすごい腹が立つ。

 ちょっとくらい、困れ。

 お前も少しは、悩めこら。

 

「いいですよ。教えてあげます。うちの悩み」


「心して聴こう」


「女子大生の悩みなんて、だいたい一つでしょ。恋の悩みですよ」


 恋の悩み。

 なんて間抜けなフレーズ。

 こんな馬鹿みたいな言葉をうちに言わせるなんて、ほんとに厄介な男だ。


「恋か。もうじきに夏が来るものな」


 その余裕ぶった表情も、この瞬間までだ。

 うちは完全に怒った。

 何に怒ってるのか、正直よくわからなくなってきたけど、とにかく怒ってる。

 これは反撃であって、宣戦布告でもある。

 今日から悩むのは、うちじゃなくて、先輩の方。

 



「うちの悩みは、先輩です。森山先輩のことが好きなのに、振り向いてくれないから、それに悩んでます」



 言ってやった。


 もう後戻りはできない。


 どうだ、このイシュー・モリヤマ。

 どうせうちのことを、受け身で、自分からは行動しないタイプの、お高くまとまった量産型女子大生だと思ってたでしょ。


 なめんな。

 うちだって告白くらいできる。



 ほら、うちの悩み、解決できるもんなら、解決してみろ。


 

 

 

 

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