第12話 先輩に借りつくりたくない
無事岡田さんと合流できた僕は、浜松町駅から数分歩いたところにある台湾料理店に入る。
なんでも彼女は小籠包が食べたいらしい。
正直言って、小籠包と焼売の差がぱっと頭の中に思い浮かばない程度にはカルチャーに疎い僕だが、さすがに中華系の料理だということはわかる。
「いらっしゃまぁせぇ〜。何名さまですか〜?」
「二人大丈夫ですか?」
ちゃらん、ちゃらんと、店内に入ると小気味の良い鈴の音が鳴る。
背が高く恰幅の良い店員さんが、若干の訛りのある日本語で迎えてくれて、僕らはソファー席に案内された。
「森山先輩は飲んでいいですよ。うちは飲みませんけど」
「(いや、いいよ。一人で酔っ払っても恥ずかしいし、岡田さんに合わせるよ)
「その大袈裟な口調で遠慮されると、なんだかおかしな気分になりますね。まあ、もっとも先輩がおかしくない瞬間とかほぼないですけど」
くすりと、小さく笑うと岡田さんは、ウーロンティーを指さして、私はこれで、と呟いた。
僕もそれで、と言おうと思ったけれど、そこまで一緒のものを頼んだらちょっときもいかと自制して、そんなに得意でもなんでもないジンジャーエールを頼むことにした。
「料理は適当に頼んじゃっていいですか? それともなんか食べたいものあります?」
「(すいません、任せます)岡田さんの食べたいものが僕の食べたいものだ」
「主体性のない男は、嫌われますよ」
「(あ、えと、その、ごめんなさい。なんか、選んだ方がいいですかね)それは困るな。ならメニューを書き換えるところから始めようか」
「それは主体性出しすぎ」
いくつか料理を指でさし示した後、岡田さんは僕の方にメニューを渡してくる。
海鮮小籠包と焼売は頼むみたいなので、僕はそれにくらげサラダと油淋鶏を付け加えて、店員さんを呼ぶ。
視線を合わせて、手をちょこっとあげれば、気の利く店員さんがこちらに寄ってくる。
コミュ障の僕は、こういった場で店員を呼ぶことすら苦手なので、こういったタイプの店員さんは非常に助かる。
ほんと、アリガトゴザイマスって感じだ。
「でも、珍しいですね」
「(ん? なにがですか?)何か不思議なことでも?」
「先輩がうちのことを誘うの。というか初めてですよね」
いつもは相手の目を真っ直ぐと見て喋る岡田さんは、手元のおしぼりを眺めながらそんなことをぽつりと喋り始める。
明らかに警戒されている。
そりゃそうだよな。
こんなイキることしかない不審者から急にご飯に誘われたら、犯罪を疑うに決まっている。
むしろ、ここまで素直に誘いに応じてくれたことが奇跡。
なんなら店を一歩出たらお縄になってもおかしくない。
「(それは、ですね、ちょっと言いにくいんですが、事情がありまして……
)俺が岡田さんに会いたいと思うのに、理由が必要だと?」
「そりゃこれまで散々放置してたくせに、いきなり当日呼び出しとか、なんか理由があるんですよね? むしろなかったら、うち今日のご飯代全部奢らせます」
「(た、たしかに、当日呼び出しとか失礼でしたよね……すいません。でも、ご飯は理由関係なく奢ります! 奢らせてください!)僕の心の中では既定路線でも、岡田さんから見たら唐突に思えたかもしれないな。ただ、岡田さんに財布を出させるつもりはどの道ないさ」
「いやいや、冗談ですよ。普通に割り勘でいいです。先輩に借りつくりたくないし」
つんとした口調で、岡田さんは水を小さな口で啜る。
どうやら僕は奢られる価値すらないと判断されているらしい。
シンプルに嫌われている。
こんなに嫌いな相手でも、バイト先の同僚という理由だけで一緒にご飯にきてくれるなんて、この子器大きすぎるだろ。
「さきにお飲み物です〜」
「ありがとうございます」
運ばれてきたのは烏龍茶とジンジャーエール。
頭を軽く下げて、岡田さんは丁寧にお辞儀をする。
こんな品が良くて礼儀正しい子に、借りつくりたくないと思われてる年上って、人としてどうなんだろうな。生ゴミかな。
「それで? 結局なんなんですか? うちの可愛いお顔をみたいだけじゃないんですよね?」
「(まあ、岡田さんの可憐さは僕に見せるには勿体無いほどなので)岡田さんの可愛さは再確認するまでもない」
「じゃあ、なんですか? しょうもない理由だったら、先輩は小籠包食べるの禁止です」
烏龍茶をストローでかき混ぜながら、岡田さんはここで僕の方を真っ直ぐ見つめてくる。
その聡明な視線に当てられて、僕は動揺する。
実際、僕は今日、岡田さんの元カレに脅されるがままに彼女を呼び出したにすぎない。
たしか、悩みがあるみたいとか、なんかそんな感じのことをあの若干サイコな元カレさんは言っていた。
だけど悩みがあったとして、どう考えても僕には関係していないし、それに僕に解決できる悩みだとは思えない。
いきなり、どしたん? 話しきこか? とかこのイキリキノコヘッドが言い出したところで接触禁止令が出るだけだと思うんだが、致し方ない。
「(その、なんか、岡田さんが最近、悩み事があるみたいな噂を、聞いたような、聞かなかったような気がして、ちょっとそれで、もし僕に力になれることがあればと思って)岡田さんの心が僕を呼んでいるのが聞こえたんだ。一人で悩むことはない。僕の力が必要だろう?」
「は? どういうこと? 絵梨ってべつに森山先輩と知り合いじゃないですよね?」
「(絵梨? えと、誰ですか?)エリー? 海外の知り合いはいない」
驚愕と困惑の表情を浮かべる岡田さんは、僕の心の内を読み取るかのように、探るような視線でこちらを見つめる。
案外、悩み事自体は、本当にあるのかもしれない。
もっとも、それが僕に解決できるものとは全く思えないし、僕にその悩みごとを話す必要もまるでない気がしないでもないけれど。
「……悩み事、ですか。最近、先輩とうち、全然シフトかぶってないのに、そういう風に感じたんですか?」
「(ま、まあ、感じたというか、そんな噂を聞いたというか)岡田さんと僕の感覚はいつだってシンクロしてるからな」
「それはさすがに普通にキモいです」
「(ごめんなさい)すまない。愛が深すぎたか」
普通にキモい。普通でよかった。
本音で言えば尋常なくキモい可能性の方が高いもんな。
僕のイキリハラスメントに耐えきれなくなってきたのか、岡田さんは深々とため息をつく。
こんな美少女をここまで短時間で疲れさせるなんて、本当に生きててごめんなさいって感じだ。やっぱり辞職しようかな。
「……じゃあ、一つだけ、聞いてもいいですか?」
「(はい。僕に答えられるものならなんでも)ああ、一つとは言わず、幾千でも」
そして、どこか何かを決心したような表情をつくると、岡田さんはストローから手を離して、自らの両手をぎゅっと握る。
僕に聞きたいこと。なんだろう。示談金どこまで出せるかとか、そんなことかな。
問いかけに備えて、ジンジャーエールで喉を潤す。
そして岡田さんは、僕が全く予想していなかった角度で、今度は僕を悩ませるのだった。
「森山先輩って、ハルさんのこと、好きなんですか?」
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