第11話 どう対応すればいいのかわからない
《いいですよ。じゃあ夜19時に浜松町で》
信じられない。
ありえない。
嘘だろ。
なんで、いいんだよ。
これは実は、あの元カレさんと岡田さんがグルなのではないか?
さすがに疑い過ぎか。
わざわざ僕を警察に突き出すために、そこまで用意周到に手間をかける必要はない。
普通に通報すれば、簡単に事情聴取できるくらいの余罪は持っているつもりだ。
(あぁ、憂鬱だ)
「ふぅ、心躍るな」
僕はJR山手線に揺られながら、すっかり暮れてしまった街並みを眺めていた。
岡田さんの元カレに脅され、なぜか今晩彼女と会うことになってしまった。
元カレさんは今すぐ行けよと、ブチ切れていたが、さすがにそれは失礼すぎると思い、夜の予定を聞いてみたら、偶然にも空いていたみたいだ。
やばい。
緊張で気が変になってきた。
まあ、元々変といえば変なんだけど。
そもそも僕は普段から、他人と二人っきりよく遊ぶようなタイプではない。
この前、笹井さんと飲みに行ったのは、僕の人生の中ではだいぶイレギュラーな事態だ。
それなのに、今度は岡田さん。
まずいな。
これはもう僕、とうとう死期が近づいてきたんじゃないか?
こんな幸せなイベントが連続で起きるなんて、一生分の幸運を今全力でベットしてるとしか思えない。
たしかに、岡田さんの元カレに襲撃されたことがきっかけだとは言っても、岡田さんは正真正銘の美少女JDだ。
僕が合法で関わりを持つには、本来なら幾らかの万札が必要になる相手。
嬉しいといえば嬉しいけれど、その分、僕のような存在に時間を割かせてしまって申し訳ない。
そして、もう一つ、めちゃめちゃ、気掛かりな点がある。
「……」
「……」
同じ車両の、端の優先席付近に立つ、フードを深く被った青年。
あれ、完全に元カレさんだよね?
なんで、着いてきてるのあの人?
しかも、微妙に顔隠してる。
シンプルに怖い。
意図が読めない。
人生で僕を尾行する人なんて、これまで誰一人としていなかったから、どう対応すればいいのかわからない。
「……」
「……」
こっちが目を合わせようとすると、向こうはすっと顔を逸らす。
どういうことこれ。
彼はいったい僕に何を求めているのだろうか。
もういっそ、一度ボコボコにしてくれた方が気持ちの面では楽かもしれない。
『次は、浜松町。浜松町』
時間は18時48分。
約束の時間の少し前に、僕は待ち合わせ場所に辿り着く。
ぐらり、ぐらり、と揺れる車内。
緩やかな慣性を感じながら、止まる電車。
まだ肌寒い季節なのに、緊張性の脇汗をかき始めてきた僕は、降車する人々に押し流されるようにして、改札へと向かう。
ふと、振り返ってみると、もう元カレさんの姿はどこにも見えない。
消えたよ。
こわ。
改札を出て、人の密度が若干減った後も、元カレさんの姿を見つけ出すことはもうできなかった。
何者なんだあの人。
僕は仕方ないので、到着の連絡だけ岡田さんに送ると、自動販売機で暖かいお茶を買う。
飲み物でも飲んでないと、なんだかそわそわして落ち着かなかったからだ。
《あと五分くらいでつきます》
ブブっとスマホが震える。
岡田さんからの返事に既読をつけ、僕はホットな緑茶を飲んで静かに待つ。
というか、本当に何を喋ればいいんだろう。
最近、悩み、ある? とでも、ポップにきけばいいのか。
どう考えても、お悩み相談の相手に僕が相応しいとは思えないし、元カレさんの言う通り悩みに僕が関係してるとは思えないんだけど。
(……あ)
「……お」
すると、改札の向こう側から、もこもことした白いコートを羽織った小柄な女の子がやってくるのが見える。
少し明るめの髪色と、ぱっちり二重が印象的な可憐な相貌は、沢山の人で溢れる浜松町駅でもよく目立つ。
だけどたしかに若干不機嫌そうなその子は、僕のことを一瞥すると、軽く頭を下げた。
「お久しぶりですね、森山先輩」
たった一ヵ月ぶりくらいだけれど、岡田さん的には久し振りなのか、僅かに距離のある声色。
僕の方を見る瞳は、どこか思案気で、深い思考がその奥底で渦巻いてるような気がしてならなかった。
「(お、お久し振りです。岡田さん)変わらず可憐だな、岡田さん」
「そっちも、お変わりないようで、なによりです」
挨拶もそこそこに、岡田さんはそのまま歩きだすので、僕もそれに着いていく。
どうやら目的地は決まっているらしい。
「小籠包、食べたいです」
「(え? あ、うん。いいよ。奢るよ。今日はわざわざ時間つくってもらったし)たらふく食べさせてやろう。僕に会いに来てくれたお礼だ」
「一応訂正しておきますけど、会いにきたのは森山先輩の方ですからね?」
小さく笑う岡田さん。
最初の僅かな緊張感が、段々とほどけ始めているのがわかる。
岡田さんがコミュ力の塊でよかったと、僕は感謝する。
「それで、どうやらうちに話があるみたいですけど、その前に一つ、訊いてもいいですか?」
「(うん。なんでもきいて)ああ、好きなだけ問うといい」
「べつにたいしたことじゃないんですけど」
すっかり暗くなった浜松町。
会社帰りらしいサラリーマンやOLたちは、僕らとは反対方向に足早に歩き去っていく。
「……森山先輩の星座と血液型、教えてもらってもいいですか?」
「(星座と血液型?)生まれた星とこの身に流れる血?」
あまりに意外すぎる質問に、僕は一瞬固まる。
どうして僕の星座と血液型なんかが急に知りたくなったんだろう。
僕なんかの個人情報は売り捌いても、大したお金にはならないと思うけど。
(えと、その、一応、蠍座のB型です)」
「スコーピオンキング。そしてBESTのBだ」
特に隠すことでもないので、僕は素直に自らの星座と血液型を岡田さんに伝える。
すると、どうしてか岡田さんは、一瞬足を止めると、信じられないものを見るかのような驚きの表情をした。
なんだろう。
急に僕のあまりにも間抜けそうな顔にびっくりしてしまったのかな。
「……でもたしか、大学二年で、うちの一個上ですよね?」
「(あ、はい。一応そうです)グレード的には、一つ上だな」
「よし! 危ない危ない。うっかり運命を信じるところだった。このうちとしたことが、こんなの偶然よ偶然」
そして数秒後、立ち直ったらしい岡田さんは、なんともいえない微妙な表情をすると、また歩きだす。
厳密にいえば僕は浪人してるので、年齢的には二個上だけど、まあそこまで言わなくていいだろう。
というか、結局なんで僕の星座と血液型が気になったんだろうな。
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