第10話 馬鹿みたい
スタバでダークモカフラペチーノを飲みながら、うちは特に興味のないインスタのストーリーを惰性で眺めていた。
中身自体はどうでもいいけれど、ストーリーは地味に既読機能があるから、一応見て置かないとモヤッとされてしまう。
面倒だけど、仕方ないよね。
人生、要領よく上手くやるには、こういった地道な努力が不可欠なわけ。
「あー、彼氏、欲しい」
ふいに聴こえてくる、やけに実感のこもった声。
もちろん、今の言葉はうちのものではない。
隣りに座る、髪に青のアッシュを入れた細身の女性。
うちの数少ない、高校卒業後も関係が続いている友人の
うちが猫を被らずに、素の態度で接せられる数少ない相手の一人。
「……じゃあ、つくればいいじゃん」
「つくれたら苦労しないっつの。のりっちと違って、あたしモテないから」
「モテなくはないでしょ。理想が高いだけで」
「べつに高くないし。中々年が三つ上の魚座のO型の足だけ左利きのイケメンが見つからないんだよなぁ」
「イケメン以外の部分、まじで共感できないんだけど」
「は? なんで? むしろ最悪イケメンじゃなくていいけど、そこ以外は譲れない」
「ほんとに彼氏つくる気ある?」
「ありあり。大ありよ」
相変わら綺麗な顔で、大真面目な表情をしながら、絵梨はわけのわからないこと言っている。
絵梨はやけに、うさんくさい恋愛相性占いを信じていて、そのせいでやけに面倒な条件を恋人に課しているのだ。
魚座のO型は百歩譲ってわかるけど、足だけ左利きってなに。
なんか最近、私の周りに集まる人、奇人ばっかりな気がしてきた。
「ちなみにねー、のりっちに一番相性が良いのは年は二つ上で、蠍座のB型でオール右利きだよー。まだ新しい彼氏のりっちもつくってないんでしょ? 一緒にがんばろうよー」
「うちはそういうの信じてないから」
「でた。そんなんだからいつも上手くいかないんだよー? のりっちって、乙女座のAB型でしょ? 元カレはどんなだった?」
「なにが?」
「星座と血液型と利き手足」
「えー、どうだったっけ。O型で右利きなのは覚えてるけど、星座は知らない。でも誕生日は八月二日だったよ」
「獅子座のO型の右利き同い年、ね。そりゃだめよ。のりっちと相性最悪だもん。火の星座で嫉妬深いO型とか、相手に尊敬と対等を求めるのりっちとはまるで合わないよ。あ、ちなみに、あたしとのりっちは結構相性良いんだよ? あたしは牡牛座のA型の左利き。鷹揚でバランス感覚に優れて、そのくせちょっと変わり者。ね? めっちゃのりっち好みでしょ?」
「はいはい。そうだね。よかったね」
今日もご機嫌に絵梨は自慢の謎占い知識を披露して、ご満悦だ。
たしかに他の高校時代の友人とは、ほとんどもう縁が切れてる中で、絵梨とはこうやって一緒にたまにお喋りしてるのは、ある程度は波長が合うからなのは否定しない。
だからといって、星座とか血液型とか、うちは関係ないと思うけど。
「いないの近くに? 蠍座のB型?」
「いや、知らんし。他人の星座と血液型をいちいち把握してるの、絵梨くらいでしょ」
ふとバイト先の人達のことを思い出す。
その中で、うちが誕生日を知ってる相手は、よく考えたら一人もいなかった。
やっぱりうちって、なんやかんや、他人に興味ないのかな。
薄情な自分に、うちは若干情けなくなる。
「まあ、いつかのりっちにも分かる日が来るよ、うん。それはそうと、最近どう? 人生エンジョイピーポー?」
「んー、ふつうかな。可もなく不可もなく」
「ほんと? やや落ち込んでる気がするけど。悩み? この牡牛座のA型のあたしが話聞くよ?」
「……べつに落ち込んでないから」
綺麗な瞳で、絵梨はうちのことジッと見つめてくる。
占い好きの頭電波ちゃんのくせに、絵梨は変なところで鋭い。
うちは今、落ち込んでる、のかな。
本音で言えば、自分のテンションが今、というかここ最近下がり気味なのは、自覚してる。
でも、その理由も絵梨にそのまま話すのは、少し、恥ずかしい。
だって、めっちゃ、馬鹿みたいな理由だから。
「ほんとかなぁ? ま、話したくないなら、いいけど」
「……はぁ」
「わ! めっちゃ話したそうな溜め息!」
「うるさい」
最悪だ。
まったく、あの人のせいで、うちの調子は狂いっぱなしだ。
というかあのイキリイシュー。
飯でも飲みでもなんでもいいから、誘えよ。
なんのためにうちの連絡先持ってるんだろう。
うちのこと絶対舐めてる。
「ほれほれ、話してみんしゃい」
「……バイト先の先輩が、新人の女の人と、バイト中いちゃいちゃしてちゃんと仕事しないから、ムカついてる」
「え? それほんと?」
「うん」
「あののりっちが、嫉妬してる……? めったに他人に独占欲を抱かないあののりっちが!?」
「はあ!? どっから嫉妬の話になったの!?」
「やば! それ、ガチ恋じゃん。絶対その人、蠍座のB型だよ!」
「違うから! 絶対違う!」
急に自分の両手を握り締めて、うっとりとした表情しだす絵梨。
なにこいつまじで。
むっちゃ腹立つんだけど。
「うふふ。いいねいいね、青春だね、のりっち」
「黙れ」
「その人は、どんな人なの?」
「……めっちゃ変。というか馬鹿なんだと思う」
「さすがのりっち辛辣ぅ。で、その人の、良いところは?」
「良いところ? んー、まあ、しいていうなら、一生懸命なとこかな」
「もうそれ、好きじゃん」
「なんでそうなる! ちょっと褒めただけだし!」
絵梨はやれやれ、みたいな表情でパッションフルーツティーを啜っている。
理想が高い、というかおかしいだけで、基本的に絵梨は恋愛脳なので、すぐに恋に結びつけたがる。
べつに、そんなんじゃない。
好きかどうかと訊かれたら、そりゃ、まあ、好きっちゃ好きっていうか、嫌いになれない感じはあるし、あっちが本気で向かい合ってくれるなら、一考の検討の余地はあるにはあるというか、そういう可能性もゼロとは言い切れないけど、べつに現時点ではとくになにもないってかなんであいつ何もしてこないの意味わかんない腹立つ。
「でもライバルがいるのねー。のりっちと戦えるだけの相手とは、結構強敵ね。どんな子なの? その新人の子。もしかして蟹座のA型じゃない?」
「いやだから知らんて」
「それか山羊のABって可能性もあるわね。んー、気になる」
「星座とか誕生日は知らないけど、その人、絵描いてて、すごい上手。それに、その人自体は、べつに悪い人じゃない。美人だし、頭良さそうだし、うちだってその人自体はけっこう好き。ただバイト中いちゃつかれるのが気になるだけ」
「なるほど、芸術肌。なら、蟹A濃厚ね」
笹井ハル。
あの人が追いかけて、捕まえた、優しくて綺麗な、絵の上手い女の人。
わかってる。
ほんとは、わかってる。
どうしてうちが、ここ最近、ずっと悩んでるのか。
比べちゃってるんだ。
なにもないうちと、あの人が追いかけるだけの価値があった、笹井さんを。
「まあでも、ちょうどいいかもね」
「なにがよ」
「これまでのりっちは、ライバル不在。全戦全勝。挫折なしで生きてきてるから、たまには壁があった方が、燃えるでしょ」
「なにそれ。馬鹿にしてる?」
「ちがうよ。これはね、嫉妬。嫉妬のお手本を、のりっちに見せてあげてるの」
「え?」
急にこれまでのふざけた態度を収めて、絵梨はうちの顔を真っ直ぐ見て、そっと手を重ねる。
うちの数少ない親友は、こういう不意打ちが、とても得意だった。
「負けるな、のりっち。どんな悩みだろうと、のりっちなら、上手く解決できるよ」
「……はいはい。ありがと。負けないようがんばりますわ」
こういう素直さはうちにとって、とても眩しい絵梨の憧れるところだ。
照れ隠しにダークモカフラペチーノに、また口をつける。
ほんの僅かに苦さの混ざった甘味に、うちはほっと一息をつく。
するとその時、うちはスマホに通知が一つ増えてるいることに、気づく。
普段は既読をつけるまでに時間をかけるうちは、この人相手だけは、いつもすぐに既読をつけてしまうのだ。
ほんと、ムカつく。
《あの、すいません、岡田さん。大変申し訳ないのですが、今晩、会えたり、しないでしょうか?》
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