第4話 やっぱり一回、脳に電極をぶっさすしかない
《クエス? 知らないわね。少なくとも私の知り合いにそんな子はいないわ》
笹井さんからの返事は、いたってシンプルなものだった。
自らを聖クエスと名乗る、謎のイキリ美少女との邂逅の次の日、僕は大学のベンチで一人でコッペパンをかじりながら、スマホを操作していた。
一応リアルの知り合いかもしれないという可能性を考慮して、昨日笹井さんを訪ねてクエスという女の子がやってきたことを伝えたのだけれど、やはりただの過激なファンか何かみたいだ。
最近フォロワー二万人を超えた、笹井ハルファンクラブの公式SNSアカウントにも、時々、やけに物騒な言葉遣いをする輩が混じることがある。
アカウントの中の人である僕も、最初は彼ら、或いは彼女らのような過激派の対応にはおっかなびっくりだったけれど、最近やっと慣れてきた。
ああいう輩には、とりあえず赤字のビックリマークをつけて応援ありがとうございますって言っておけば、なんとかなるのだ。
《自分で自分のことを、神と自称していたのよね?》
《はい。あと、自分のことを聖クエスとも言ってました》
《聖クエス。絶対その聖ってところ、いらないわね》
《背は小柄で、あと髪の毛が真っ白でした》
《アルビノなのかしら? それか普通に脱色してるだけか。どちらにしろ性格だけじゃなくて、外見も派手な子なのね》
《はい。だいぶ目立つ子でした》
《そこまで特徴的だったら、忘れることもなさそうね。おそらく、会った事のない相手だと思うわ》
あれほど強烈なキャラクターだったら、昔の知り合いということもないだろう。
この現代日本であそこまではっきりと自分を神だと断言できる人間はそこまでいないはずだ。
というか、あの子以外、見たことない。
そういう意味では、本当に唯一無二かもしれない。
《それにしても、どうして私の周りにはおかしな人ばかり寄ってくるのかしらね。君とかそのクエスとかいう子とか》
《え? 僕もですか?》
《正気? 君がおかしくなかったら、何がおかしいの? 君はまさにおかしいという概念の模範的な基準よ。君を見てると、いかに自分がまともかわかって安心するの。君は私の心の安定剤よ》
《……役に立ち方が、なんだか切ないですが、それでも少しでも笹井さんの役に立ってるならよかったです》
どうやら僕は知らない間に、笹井さんの精神安定剤になっていたようだ。
褒められてないようで、実は褒めているかもと思ったけど、やっぱり褒められてない。
僕は自らの悲し過ぎる評価に渇いた笑いが出るけれど、心当たりがありすぎるので、何も言い返せない。
《というか、前から思ってたけれど、どうして君は、直接喋る時以外は、まともな振りをするの? 逆に怖いわ。正直言って、サイコよ。最近はこうやってスマホでやりとりしてる時より、直接会って喋る時の方が落ち着くもの。もしあのネジの弾け飛んだキャラクターを私に受け入れさせるために、あえてこうしてるのだとしたら、中々の策士ね。私はまんまと森山くんの罠にかかってるわ》
とうとうはっきりとサイコ呼ばわりされた。
若干憧れの人でもある笹井さんに言われると、なおつらい。
やっぱり一回、脳に電極をぶっさすしかない。
《それはその、いつもは本当にごめんなさい。考えすぎですよ。普段もこんな感じで本当は喋りたいんですけど、人と会うとテンパってああなってしまうんです》
《とても珍しいテンパり方をするのね。まあ、べつにいいわ。私はこう見えて、アーティストの端くれだから。少しくらいおかしな人の方が魅力的に感じてしまうのも、認めてるわ》
《ありがとうございます。そう言ってくださると助かります》
《素直なところだけは、口調が変わっても、変わらないのね》
《笹井さんにどんな形であれ褒められて、捻くれた言葉を返すのは、むしろ勇気がいりますよ》
《初対面で俺の女になれとか言ってた君に、勇気がいるとかいらないとか、そんな感慨あるの?》
《……そのせつは大変ご迷惑をおかけしました》
《そのせつというか、べつにわりと会うたび、今もあまり変わらないと思うのだけど》
《反省はしています。本当なんです。ただ、反省をいかせないだけで》
《そう? よっぽど反省が苦手なのね。君ほど苦手な人は初めてみるわ。でもべつにいいわよ。面白いから許してあげる》
《ありがとうございます》
クエスさんには申し訳ないけれど、笹井さんこそが本物の神だ。
こんなボンクラとキショ味を煮詰めて作り上げたような存在のこの僕を、アルバイトの同僚ということもあって、面白いなんて一言で許してくれる。
神というより、仏だ。
優し過ぎて、怖いくらいだ。
笹井さんになら、臓器の二、三個要求されても、たぶん僕は秒で受け渡してしまう。
《一応、明日、そのクエスさんがお店に行くかもしれませんので、気を付けてください》
《わかったわ。ありがとう。伝えてくれて》
笹井さんと連絡を取り合いながら食べるコッペパンは、叙々苑弁当よりもおいしく感じる。
もっとも、僕、叙々苑弁当食べたことないけど。
《あと、森山くん》
《なんですか?》
そろそろ午後の講義が始まるので、ベンチから腰を上げて、食べ終えたコッペパンの包みを丸める。
すると、そこで僕は、次に笹井さんから送られてきたメッセージを見ると、とうとう口だけでなく、目、それか頭がおかしくなったのかと疑う。
幻覚か?
実はここは夢の中で、実はもう僕とっくのとうに笹井さんに起訴されて、牢獄に幽閉されてる?
《明日の夜、あいてない? 少し、付き合って欲しいのだけど》
これはとうとう、本当に臓器の五個か六個は、笹井さんに渡さなくてはいけないのかもしれない。
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