第3話 僕より重症かもしれない



 僕はこれまで、ずっとある意味孤独だと思い込んでいた。

 頭に思い浮かべた言葉が、どれもこれも想像の斜め上をいくポジティブ発言に変えられてしまう。

 とくに疑うことなく、僕はこんな奇妙キテレツな症状を身に抱えているのは、自分だけだと思っていた。


 でも、違ったんだ。

 まさか、こんな唐突に、仲間に出会えるなんて。

 それともこれは、偶然という名の必然なのだろうか。

 不思議な力に導かれて、僕らは出会ったのかもしれない。


「驚きです。まさか初対面で私にそんな無礼な言葉をかけるような、身の程知らずの人間がまだ現世に残っていたなんて。あの、一目見ればわかりますよね……? その、私が神だってことくらいは?」


 いたって真剣な表情でその小柄な少女は、謙遜という概念を捨て去った、傲岸不遜という言葉で言い表すことすら不十分に思えるほど上から目線の言葉を繰り返す。

 これはすごい。

 もしかしたら、僕より重症かもしれない。

 いくら絶世の美少女だからといって、これで日常生活がまともに送れるわけがない。

 僕は同情と共感と、僅かな好奇心から彼女に言葉をかける。


(もしかして、あなたも、勝手に言葉が変換されてしまうんじゃないですか? 実は、僕もなんです。ご覧のありさまですよ。僕たちは、同じなんだと思います)


「もしや、君も特別なのか? 見ての通り、僕もだ。同類、ということなのかもしれないな」


 僕は似た者同士だからこそ伝わる想いを信じて、少女の瞳を真っ直ぐと覗き込む。

 逸らされることなく、見つめ返されるのは、明るい茶色の瞳。

 でも、なんかあれだな。

 この子は僕とは違って、どこかオーラがある。

 アイドルや女優だと言われても余裕で信じられるような美貌はもちろんなのだけど、それ以外にも、どこか普通の人とは隔絶した独特の雰囲気がある。

 かわいそうに。

 この口を開けばイキってしまう病にさえ犯されていなければ、間違いなく日向の人生を送れただろうに。

 どことなく孤独な気配を纏うその白髪の少女に、僕は憐憫を思う。


「同類、ですか? つまり、あなたも神だと? 申し訳ありませんが、どこからどう見ても、平凡未満はおろか底辺足キリの没個性量産型モブにしか見えません……これは、私の落ち度だと? あなたの非凡さを見抜けていない、私のせいだと、そうおっしゃるつもりですか?」


 あれ、なんだろう、どうしてか涙が出そうになる。

 というか、この子のイキリ、イキリを超えて口悪くない?

 たしかに僕は無能の地球代表みたいな存在ではあるけれど、だからといって精神が強いわけではない。

 むしろ、他のスペックが低いように、メンタル面でもザコなので、これ以上そんな真正面から言葉の暴力に晒されたら、心がパピコより綺麗に真っ二つになってしまうよ。


「そもそも、あなたという細胞分裂する価値すら怪しい存在に対して、私は微塵も興味はないのです。たとえ、兆が一の可能性で、あなたに隠れた才能があって、自らを神だと自称するに相応しい何かしらの才能があったとしても、心底どうでも良いです。神は神でも、どうせ私に勝ることは確定的にありえないので、たいした問題ではありません。私がここにやってきた理由は、たった一つなのです」


 しかし、僕の想いはどうやら伝わっていないらしく、少女は僕に対して全く興味を持っていないようだ。

 もっとも、この世に、初対面で僕に興味を持つ人がいたら、それはそれで怖ろしいので、これが正常な反応だと言えないこともない。

 僕はわりと、このような強制ポジティブな状態になってから日が浅いため、まだこうやって他人に敏感になっているけれど、もしかしたら彼女はイキりのベテランという説もある。

 何年も口が勝手にイキり続けていたら、たしかに同類の存在なんて、もはや考えず意識すらしないようになってしまうのかもしれない。



「このチンケな店に、“笹井ハル”がいますね? 会わせてください」



 と、しかし、そこで予想外の名前が、白い少女から口に出されて、僕は驚きに身体を強張らせる。

 笹井ハル。

 それは僕のメトロポリターノでのアルバイト仲間であり、僕が生まれ初めてイキった相手の名。


 やはり、これは運命なのか?


 ある意味で、僕のイキリ癖の最大の犠牲者である笹井さんを、少女が探していると知って、僕は因果めいたものを感じ取る。

 しかし、残念ながら今日は、笹井さんはお休みだ。

 今店にあるのは、彼女が描いた絵だけ。


(笹井さんなら、今日はお休みです。次の出勤は明後日ですよ。アトリエならご案内できますけど、どうされます?)


「彼女は、現在(いま)は遠くにいる。どうしても会いたいなら、明日の向こう側に来るといい。彼女の残した夢の跡なら、辿ることもできるがな」


 なんか言い回し不吉だなおい。

 ちょっと故人みたいな感じになってないか大丈夫かこれ。


「どこの蛆の骨だから知りませんが、あくまで神に逆らうつもりのようですね。構いませんよ。愚者はいつだって、無意味なあがきをするものですので。存在そのものが無意味なあなたが、無意味な抵抗をするのは、ある意味で当然のことです」


 少女は花のような笑顔を咲かせて、にっこりと笑う。

 それがいったいどのような感情からもたらされたものなのかは、まったくわからない。


「いないのならば、仕方ありません。今日のところは、これくらいにしてあげましょう。しかし、忘れないことです。私が神だということを。私は神なので、最終的には全て私の思い通りになります。兄のように、小賢しい手を使う必要はありません。ただ息を吸い、歩くだけで、世界は私を肯定し、道を譲るのですから」


 可憐な微笑みを携えた少女は、最後までド派手にイキリ散らかすが、その品のある外見のおかげか、段々と違和感を感じなくなってきた。

 これほど傲慢な人間なんて、この世界にいるわけないのに、まるでこれが素のように感じてしまう。

 でも、そんなわけない。

 僕がいくら根っこからネガティブ人間で、自己嫌悪を身近に感じすぎる癖があるとしても、さすがにない。

 ナチュラルに、自分を神って言い切れるような人間、いるわけないよ、うん。



「笹井ハルに伝えておいてください。必ずこの私、“聖クエス”が導いて見せると。それでは、ごきげんよう。哀れな子羊の枝毛よ。おそらく、あなたにはもう二度と会うことはないでしょう」



 そして、おそらく自分の名前に聖を勝手につけているっぽい少女――クエスさんは、そのまま踵を返して、道を真っ直ぐと戻っていった。

 最後まで一度も、振りかえることはない。


 初めて同類に会ったけれど、なんというか、想像以上に、すごいな。

 外から見た僕はこんな感じなのか。

 クエスさんの場合、可愛らしいからいいけれど、僕の場合は喋る板ガムみたいな見た目だ。

 ほんと、生きててごめんなさいって感じ。

 それこそ神に僕という存在を土下座して謝りたいくらいだ。


 今度彼女が店に来たら、手紙でも渡そうかな。

 この能力の弱点は、実際に口で喋らなければ、イキらなくてすむというところにあるからね。


 そんなことを考えながら、僕は喉が渇いていることを思い出して、近くの自動販売機に百円玉を二つほど転がり込ませるのだった。





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