第2話 これはもはや運命としか言いようがない



 冬は通り過ぎ、春が訪れ、僕は相も変わらず日々をイキッていた。


 喋る言葉が全て、自動変換で身分不相応に調子に乗った発言に変えられてしまうという奇病、或いは呪いの一種にかかってから数か月が経った。

 しかし、人間というのは怖ろしいもので、この心療内科にいけば、何かしらの処方箋を貰えそうな状態で生活を続けていると段々と慣れてくる。



(あー、なんか喉渇いたな)


「ふぅ。そろそろアッグアが僕を欲し出した頃だな」



 まあ、ざっとこんな感じ。

 喋ろうとした僕の言葉は、いつもだいたいこのようにオートマチックにイキられてしまう。

 こんな状態で、まともに生活を送れるのかと、普通の人は疑問に思うかもしれないけれど、ハッキリ言ってまともに生活は送れていない。

 というか、かなりギリギリだ。

 普通にヤバいと思ってる。

 僕が周囲の人から、奇人変人扱いされているのはもちろんのことで、少し前にはこのイかれた言動のせいで、悪い意味でSNS上の有名人になったこともある。

 さすがに今はもう、そのことでいじられることはほとんどなくなったけれど、当時はまあまあ派手にやばかった。

 普通なら、友達を沢山失くしているところだと思う。

 幸か不幸か、僕には元々友達がいなかったので、あまり困らなかったけれど。


 いやいや、待て待て。

 幸か不幸かじゃなくて、これどう考えても不幸だな。

 変なポジティブさが、本物の方の僕の意識にも影響を及ぼし始めているらしい。

 僕が発狂するのも時間の問題だろう。

 もっとも、ではこの頭のおかしな、全自動イキリ癖のおかげで、何か得したことはないのか、というとこれまた意外なことにないこともない。

 だからといって、感謝する気もさらさらないのだけど。


(ちょっと、飲み物でも買ってこようかな)


「軽く、喉を鳴らす準備でもしてやるか」


 僕は癖の独り言を呟くと、緩慢な動作で立ち上がった。

 前から思ってたけど、イキりすぎて、言葉の意味若干いつも変わってるよな。

 とまあ、今更すぎるどうでもいいことを考えながら、僕は半分脱いでいた靴を履き直す。


 今はちょうどバイトの休憩時間。

 ドッインキャッ! な顔面外見雰囲気その他諸々の僕にはあまり似合わない、洒落たイタリアン料理屋メトロポリターノ。

 ここが僕の数少ない居場所だ。

 僕の内心をわからない普通の人にとっては、あまりに絡みたくないアタオカである僕を受け入れてくれる貴重な空間だ。

 理由はさっぱりわからないけれど、なぜかこのお店で働いている人たちは、こんな常軌を逸した僕に好意的に接してくれる。

 おそらく、人として器が太陽系並みに広いのだ。

 感謝しても感謝しきれない。

 僕の人生で唯一といっていい幸運が、この店でバイトができていることだと思っている。

 

 今日はキッチンに茂木(もぎ)さん、ホールに津久見(つくみ)さんという、隙のない布陣なので仕事は特に支障なく進んでいる。

 これが店長なんかがいたら、中々心的ストレスになるところだけれど、店にいない時に何をしているのかさっぱりわからないあの人は、今日もどこかに消えているので無問題だ。

 それとまた、いい意味で店を賑やかにしてしまう、僕らの店の名物アルバイトである笹井さんという女性も、今日は来てないので、特別多忙ということもない。

 笹井さんが出勤する日は、精神的には特になんともないけれど、体力的に疲れるのだ。

 もっとも、それ自体に笹井さんに非はないし、お店的には売上が上がっていいこと尽くしなのだけれど、基本的に内気な僕には、少々つらいところだった。


 バイト仲間はあともう一人、岡田さんという年下の女の子もいるのだけど、彼女には最近中々会えてない。

 大学が忙しいのか、単純にシフトが被らないのかわからないけれど、一ヵ月くらい顔を合わせていない気がした。

 もしかして、あまりにもイキリ過ぎて、共演NGがとうとう出されたのだろうか。

 うわあ。めちゃくちゃ心当たりしかない。

 申し訳なさと恥ずかしさで、今すぐ練炭買ってきたい。

 そんな風に自己嫌悪に苛まれながら、僕は飲み物を買うべく、店内を腰を低くしながら通り抜け、外に出る。

  

 するり、するりと通り抜ける、柔らかな風。

 天気は春らしい晴天で、眩い陽光に僕は目を細める。

 軽く伸びをしながら、メトロポリターノの入居しているビルの階段を下っていった。


(……ん?)


「……ふむ」



 すると、ちょうど降りきった先に、一人の少女がいるのが見える。

 まず思ったのは、白、だった。

 髪を染めているのか、そういう体質なのかわからないけれど、その少女の腰にまで届く髪の毛は、新雪のように真っ白だった。

 それだけでなく、襟のないシャツも白一色で、皺のないロングスカートも同じく真っ白。

 極めつけには靴までも、染み一つない白だ。

 そして嘘みたいな美形で、海外の巨匠が描いた絵画みたいに均整の取れた見た目は、綺麗という言葉では足りないほど神々しかった。


 その白の少女は、メトロポリターノの看板の前に立って、どこか思案気な表情をしている。

 見た感じお客さんっぽいので、僕はここで困ったなと思った。

 残念ながら今僕は、まさに店員ですといった感じの制服を着こんでしまっている。

 この格好で、明らかにお客さんにしか見えない彼女に言葉をかけないのは、さすがに不自然だ。

 基本的にコミュニケーション障害持ちで、対人恐怖症の気がある僕が、赤の他人のしかも美少女に話しかけるなんて、普段だったら絶対にしない行動だ。


 すごい嫌だ。とても嫌だ。

 しかし、今の僕は休憩中とはいっても、バイト中。

 無視するわけにはいかない。

 僕はそんな暫しの逡巡の後、覚悟を決めてその絶世の美少女に声をかける。



(……あ、あの、もしよろしければご案内いたしましょうか? まだ席は空いてますので)


「……まだ席は空いているぞ。僕に見惚れている間に、席が埋まってしまうかもしれない。案内をしてあげよう」


 

 あ、しまった。

 テンパリすぎて、いつも通りイキッてしまった。

 バイト中は、必要最低限の言葉に抑えることで、最小限のイキりに抑え込んでいるのに、ついうっかり長めに喋ってしまった。

 僕は慌てて、謝ろうとするが、その前に目の前の少女が口を開く。



「……あの、えと、聞き間違いでしょうか? 申し訳ありませんが、私は、その、神ですよ? この完璧な生命体である私に、その言い回しは、さすがに不敬が過ぎるのではありませんか?」



 ――しかし、その瞬間、僕の脳天に衝撃が走る。

 本当に、心の底から、困惑したかのように、顔を傾げながら、その可愛らしい白の少女は、初対面の相手とは思えないほど、イキリ散らかした発言をする。


 私は、神?


 今、この子は、そう言ったのか?


 僕は、胸の鼓動が高鳴るのを感じ取る。

 常識的に考えて、こんな見るからに品性のありそうな若い女の子が、自分のことを神だなんて、開口一番いきなり言い出すわけない。

 ということは、つまり、そうなのか?

 

 まさか、この子も、僕と同じ?


 僕は、確信する。

 信じられない。

 これはもはや運命としか言いようがない。

 僕にしては珍しく、メルヘンチックな思考に染まってしまうが、それも仕方ないだろう。

 なぜなら、僕は出会ってしまったのだ。

 僕と同様に、この世界で最も運の悪い人間を。



 間違いない、この子も、全自動イキリマシーンの奇病、或いは呪いにかかってる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る