第29話 先輩らしい
「(警察ですか……思ったより事態は深刻ですね……)ポリースか。想像通りの展開だな」
予想外の事態に困惑しながら、僕は頭を抱える。
話を聞いた限りだと、すでに笹井さんは強制的か自分の意志かはわからないが、彼氏さんの下に戻ったと考えていいだろう。
それに店長が警察に捕まってしまったという事実も、笹井さんと同じくらいまずい。
「(こんなに店をめちゃくちゃにされて……まず何があったのか教えてもらえますか?)まるでパーティーナイトの朝だな。いったいどこの誰がこんな派手にダンスをしたんだ?」
「ああ、店が散らかってることに関しては、べつに大したことじゃねぇよ。これは全部店長が癇癪を起して、自分で全部やっただけだからな」
「(え? そうなんですか?)ふむ。なるほどな」
しかし、店が荒れ果てていることに関しては、べつに襲撃を受けたとかそういうわけではないらしい。
どうやらこの酷い有様は、全部店長が自分自身でやったみたいだ。
なんで店長がそんな一人で暴れ出したのか、詳しいところはわからないけれど、とにかくそういうことらしい。
「といっても、俺もぶっちゃけよくわかんねぇんだよな。バイトの仕込みをしようと店に来たら、店の中から店長が大騒ぎしてる声が聞こえてきて。うわぁ、めんどくせぇなと思いながらも店の中に入ったら、知らない男と女が一人ずつと、警察官っぽい奴が二人いて、んでもって店長がブチ切れながら一人で店の中で暴れてたんだ」
カオス過ぎる。
説明を聞いても、まるでよくわからない。
推測するに、知らない男と女が一人ずつというのが、笹井さんとその彼氏である川海さんのことだろう。
どうやったのかはわからないが、笹井さんの居場所を突き止めて、追いかけてきたのだ。
謎なのは警察だ。
どうして警察が来ていたのだろう。
誘拐とか、行方不明とか、何かしら理由をでっちあげて連れてきたのだろうか。
「そんで、暴れる店長を警察っぽい奴らが抑えようとして、そのまますったもんだになって、気づいたら店長は連行されちまったって感じだよ。俺もよくわかんねぇんだ」
過程には不明な点が多いけれど、とりあえず店長が捕まったことと、笹井さんも連れ去られたということだけはやはり事実らしい。
じっとしていられず、手近にあった椅子を立て直しながら、僕はどうすればいいのか考える。
僕が警察に行ったところで、店長を助けられるかはわからない。
笹井さんに関しても、もはや僕にできることはないようにも思える。
そもそもどこにいけば笹井さんに会えるのかも、全くわからなかった。
「おい、それで森山、結局なにがどうなって……ん?」
半パニック状態になって、まともに頭が働かない。
そんな風に、ただ髪を掻きむしるばかりの僕に耳に、がらんがらんと、店の扉が開く音が聞こえる。
誰だろう。
もちろん店には準備中の標識がかかっているはず。
「おはよう、森山くん。だいたい話はわかってるわよ」
「おはようございます、森山先輩。ずいぶんと有名人になったみたいですね」
開かれる扉。
悶々としていた空気が、爽やかに入れ替わる。
穏やかな風と共に現れたのは、津久見さんと岡田さんだった。
二人とも基本的に夜シフトのはずなのに。
どうしてこんな時間にお店に姿を現したのだろう。
「(お二人とも、どうしてここに?)どうした二人とも、そんなに俺の顔を見たくなったのか?」
「あら? 店長が言っていたわりには、森山くんは元気そうね。それとも強がっているだけかしら。うふふ」
「表面上でもいつも通り振る舞えるんですね。さすがにそこまでくると本気で尊敬しますよ、先輩。うちだったら、絶対むりです。もし泣きたくなったら、言ってくださいよ? 今日くらいは、うちが慰めてあげてもいいです」
なにやら二人とも、やけに僕に同情的な態度で接してくる。
普段から優しいが、その数割増しの優しさを感じた。
「おいおい、話についていけてねぇのは俺だけか? どういうことだよ? なにがあったんだ?」
「悟くんには店長からメッセージ来てないの?」
「店長から? いや、来てないけど」
「じゃあ悟さん、SNSは見てないんですか?」
「俺、SNSとかやってないからな」
「店長にハブられてるわね、悟くん」
「社会からハブられてますね、悟さん」
「待って? お前ら俺を精神的にイジメるために、こんな真昼間から店にきたの?」
SNSという言葉を聞いて、僕は若干の納得をする。
あの羞恥心の角砂糖みたいなイキリ動画を見たのだろう。
ただ店長からのメッセージというのがわからない。
「今から少し前に、店長からメッセージが来たのよ。森山くんと森山くんの友達が大変だから、助けてあげてって」
「うちも優衣さんと同じです。なんとかしてやれって」
僕はそれを聞いて、若干目頭が熱くなる。
まさか、あのただの暴君だとしか思っていなかった店長が、そこまで僕たちのことを考えてくれていたなんて。
こんなに優しい人だとは思わなかった。
ヤ〇ザは義理人情に厚いという都市伝説は、嘘じゃなかった。
「私は昨日、夜通し店長とラインしてたから、だいたいの事情は把握してるわ」
「うちも、ここに来るまでの間に優衣さんから話は聞きました。要はうちと同じですよね? キモい元カレの嫌がらせにあってる友達がいるから、助けたいんですよね? 聞いた限りだと、悪い意味でうちの元カレの上位互換みたいですけど」
夜通しラインって、津久見さんと店長ってそんな仲だったのか。
意外な一面に、僕は驚く。
でも厳密にいえば元カレとかではなく、笹井さんはまだその川海という人とまだ付き合っているままなのだけれど。
「でもまさか、森山くんがあの笹井ハルと川海創歩と知り合いだったなんて。世の中、狭いわね」
「一応確認しますけど、本当にストーカーなわけじゃないですよね?」
「(たぶん、違うはずです)俺の歩く道すがらに、彼女がいただけだ」
「なんか返事が真性のストーカーっぽくてウケる」
ウケてる場合じゃないが、突っ込んでる場合でもない。
いつの間に僕への信頼がこれほど高まったのかわからないけれど、どうやら津久見さんと岡田さんは、無条件で僕のことを手伝ってくれるみたいだ。
それはもはや感謝してもしきれないくらいで、つい油断したら涙が出てきそうだった。
「笹井ハルの居場所に関しては、私がコネで調べてあるわ。場所は紀夏ちゃんに教えてあるから、行ってきなさい。悟くんは、私と一緒に店長のところに行くわよ」
「ほら、森山先輩、いつまでもぼけっと突っ立ってないで、行きますよ。女の子を待たせるのは、重罪ですから」
いつもの飄々とした雰囲気はそのままに、きびきびと津久見さんが仕切ってくれる。
そういえば津久見さんは、芸術系のライターをしていると言っていた。
それらの仕事の関係で、有名な芸術関係者のスケジュールには詳しいのだろう。
まさに頼れる女といった感じで、僕は惚れ惚れしてしまう。
一方茂木さんは、なにが? なにが? と狼狽えるばかり。
津久見さんと茂木さんは似たようなタイプだと勝手に思い込んでいたが、こう見ると結構差があるらしい。
「おいおい、だからさっきから何なんだよ? 笹井ハルって誰? 新しいバイトの子?」
「はいはい、悟くんはたしか車持ってるわよね? 出して」
「えぇ……なんか今日の優衣さんバリキャリだな」
そしてそのまま津久見さんは、困惑しっぱなしの茂木さんを引っ張って店の外に行ってしまった。
行動が凄まじく早い。
仕事のできる女って感じだ。
「うちらも行きますよ、森山先輩」
そしてなぜか、ちょっと楽し気な岡田さんが僕の頬を軽くつつく。
正直言って、いまだに僕は迷っている。
笹井さんがどこにいるのか、それは津久見さんのおかげで分かったらしい。
だけど、そこに僕みたいなミジンコの搾りカスが行って、どうなるという。
店長だって、黙って笹井さんを持っていかれたわけじゃないはずだ。
おそらく、それなりの抵抗を、引き留めをしたはず。
それにも関わらず、笹井さんは行ってしまった。
本当に、これは笹井さんが求めていることなのだろうか。
「星に手、伸ばすんでしょ?」
そんな迷える僕に、悪戯な笑みを向ける岡田さん。
彼女のリスのように丸い二重の瞳に映るのは、期待に満ちた光。
ああ、だめだよな。
ここまでお膳立てされて、なお足踏みするのは、男以前に、人として情けない。
これまで、誰かに期待されたことなんて、なかった。
僕は岡田さんを裏切りたくないし、彼女の瞳に映るに相応しい僕でありたい。
(はい、届くかわかりませんが、手を伸ばすことには、もう迷いません)
「ああ、星を掴むくらい、わけないさ。迷う理由なんて、どこにもない」
僕がそう言うと、岡田さんは安心したように笑う。
その笑顔は、僕が見た彼女の表情の中でも、飛びぬけて素敵なものだった。
「森山先輩らしいですね。それでこそ、うちの惚れ――ごほんっ! ごほんっ! じゃなくて見込んだ先輩です」
咳き込みながら、頬を朱に染める岡田さんは、僕を信じている。
だから僕も、自分を信じることにする。
岡田さんや、店長や、津久見さん、ついでに茂木さんの信じる、僕を信じる。
今から僕は、星を掴みに行く。
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