第26話 もう我慢できない




 超やばーい☆ 

 ドキドキが止まんないって感じ!?

 ニヤニヤのバーゲンセール的な!?

 昨日の飲み会でのプロポーズのことを思い出すだけで、あたしは興奮が止まらなくなっちゃう!


『悪かったな。これまで店長のことを寂しくさせて。これからは必ず会いに行くから。俺を信じろ』


 きゃー! 

 えぐくない!?

 カッコ良すぎ爆笑(ばくわら)。

 まじで思い出しただけで萌えるんですけどー!

 前から森山きゅんのことは気になってたけど、あんな男らしい一面もあったなんて!

 完全にやられたちゃった…

 ギャップマジ怖しですぅ!


《いまから、いえにいく》


 もう我慢できない。

 でかむしろ我慢できる方がおかしくない?

 あたしの方から会いに行っちゃうもん。

 待ってて、森山きゅん!

 今から会いに行くからね!

 あたしはメトロポリターノがあるビルに住んでるから、森山きゅんの家まではあんまり遠くない。

 アルバイトとして契約した時に、森山きゅんの住所暗記してあるから、これまで行ったことはないけど、いつでもいこうと思えばいけるんだあ☆


 雨の中を、まっ黄色の傘をさして、ルンルン気分で歩いていく。

 

 思わずスキップ。天気の悪さなんて、今のあたしには関係ない。


 今でも思い出しちゃうなあ、森山きゅんと初めて会った時のこと。

 あたしは昔から、ちょっと人見知りなところがあって、他の人と喋る時は、ほんちょっぴり素直に喋れないところがあった。

 内気な性格を少しでもましにしようと思って、髪もブリーチして金髪にしてみたりして、外見くらいは明るくしてみたりした。

 それでも、中々友達ができないのは変わらなかった。

 そんなある日のことだった。

 あたしの運命の人である森山きゅんが、メトロポリターノに現れたのは。


『すいません、バイト募集の張り紙を見たんですけど……』


 第一印象は、大人しそうな子って感じだった。

 でもあたしも根っ子はシャイな方だから、気は合いそうだなって思った。

 その日は、たまたまあたしがワンオペの日で、他に店員もいなかったし、いつも通り暇だったから、面接を担当した。


『店長の谷だ。ここで働きてぇのか?』


『あ、はい。すいません』


 森山きゅんはあまり表情が変わらない子だった。

 あたしは昔から普通にしてるだけで怒ってるように見えるらしいから、あたしのことを見るとギョッとした顔をする人が多いんだけど、森山きゅんは違った。

 あたしのことを見ても、怯えたような表情は見せなかったのだ。

 それだけで、最初からわりと好印象だった。

 あたしのことを見て怯えないなんて、よっぽど偏見の少ない優しい人か、年がら年中何かに怯え続けている極度の小心者のどちらかだ。

 まず間違いなく森山きゅんは前者だから、ほんといいなあって感じ。

 やっぱり人間、外見で人を判断するような奴は最低だもんね!


『大学生か?』


『はい、そうです』


『週どれくらい働ける?』


『あ、い、いくらでも大丈夫です』


 それは、優しい嘘だった。

 大学生なんて言ったら、サークルや友達との遊びで、毎日が忙しいに決まってる。

 それにも関わらず、森山きゅんは、あたしの店のために、というかあたしのためにいくらでも時間を使ってくれると言った。

 なんて、優しい人なんだろう。

 きっと、あたしが一人ぼっちで店を切り盛りをしているのを見て、咄嗟にそう答えたんだろう。

 採用することにすぐ決めた。

 ちょうどバイトの子が足りてなかったし。


『連絡先、教えてもらうぞ』


『あ、はい。お願いします』


 そして、互いの連絡先を交換した後、あたしはやられちゃったんだ。

 森山きゅんはあまりに策士で、油断していたあたしの隙をこれでもかって上手く突いた。

 もう、ほんと悪い子なんだから、森山きゅんは☆


『嬉しいです。女の人の連絡先教えてもらったの、初めてで……あ! すいません! 今の発言めちゃめちゃ気持ち悪かったですよね!? 私的利用はしないので! 本当にすいません!』


 ばきゅーん♡

 これまでずっと顔の筋肉が死んでるのかってみたいな無表情だった森山きゅんが、その時はにっこりとあたしに笑いかけた。

 女の人の連絡先。

 あたしの人生で、女の子扱いされたのは、いつぶりだったのかな。

 ううん、たぶん、それは初めてのこと。

 あの日から、ずっとあたしは森山きゅんのことが気になっていた。

 だけど、森山きゅんはほんとに無口で、あたしより内気な子。

 森山きゅんとお喋りしたくて飲み会を開いても、全然参加してくれない。

 やっぱり所詮は片想い。

 森山きゅんからすれば、遊び以下の、からかいの対象でしかない。

 あたしのことなんて、どうでもいいと思ってるんだ。

 昨日までは、ずっとそう思ってた。


《ついた》


 森山きゅんの家に着く。

 既読がつくのを確認した後、あたしはインターホンを押す。

 昨日の森山きゅんの台詞を思い出す。

 まるであたしが趣味で集めてよく読む、少女漫画のヒーローみたいな台詞だった。


“俺を信じろ”


 やばーい☆ 


 また思い出してドキドキしてきた!


 もうこれ、ほとんど婚約ってことでいいよね!?


 ということは今日はほぼ初夜!?!? 


 勝負下着きてきて正解だよね!?!?!?


 興奮が止まらないあたしは、インターホンを何回も押しまくる。


 あれ? 中々でてこないなあ? 


《いるでしょ? はいるね》


 電気はついているから、中にはいるはず。

 仕方がないので、いざという時のために買っておいた、高級ピッキングセットを使ってちゃちゃっと鍵を開ける。

 意外にこれ、役に立つんだよね☆

 あたしはドアノブを捻って、扉をあける。

 開かれていく扉。

 初めて入る森山きゅんの部屋だ。

 もし、部屋に入った瞬間、押し倒されたらどうしよ☆

 昨日の森山きゅん、めちゃくちゃ男らしかったし、速攻ヤられちゃう!?



「森山くん? お客さん?」


 しかし、次の瞬間聞こえてきたのは、あたしの知らない女の声。

 ヒヤリと、心臓に氷を直接当てられたような感覚。

 さっきまで、あれほど盛り上がっていた頭が、急速に冷やされていく。

 ダレ?


「ヨオ、森山ァ?」


 見て見れば、ちょうどそこには風呂上がりみたいにしっとりとした、オーバーサイズの男物の服を着た女が顔を覗かせていた。


 ……あーあ。


 まじか。

 そうなのかー。

 たしかにこういう展開も、少女漫画で見たことある。


 あたしは迷う。

 浮気とか許せないし、どうしよっかなー。

 首を絞めるか、殴り潰すか。



「……ナア、森山? あたしは、どっちを殺せばいいんだ?」



 あ、でもちょっと待って?


 迷う必要とかなくない?


 どっちも殺せばいいだけじゃん!


 それでぇ、二人とも殺した後、あたしも死のうっと☆





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