第10話 笑った顔は可愛い
元カレからしつこく来るラインを、とりあえず一端無視しながら、オシャレな洋楽のかかる小洒落たBARの雰囲気を楽しむ。
手元にはトマトジュース。
飲み会自体は好きだけど、うちはお酒にめっぽう弱いし、一応未成年なので自重しておいた。
「つか、なんで紀夏ちゃんも来てんの? 呼んでねぇんだけど?」
「はあー? なんなんですか、悟さん? あの流れでうちだけ誘わないとか、おかしくないですか?」
「いやー、たまには男だけで飲みたい時もあるだろ。空気読めよ」
「読んでますから。読んだ上で、着いてきたんです。読まなくていい空気だと判断したんですよ」
「なあ、どう思うよ森山くん?」
「俺は気にしないっすよ。元カレとひと悶着あった岡田さんの心の隙間を、俺らで埋めてあげましょう」
「はははっ! だな! 俺らで紀夏ちゃんの心の隙間埋めようぜ! だははっ! 森山くんまじで最高っ!」
そしてバイト終わりのうちと森山先輩を、このメトロポリターノからあまり離れていないBARに連れてきた張本人の悟さんは、オダジョー似の顔を嬉しそうにくしゃくしゃにして笑っている。
まじなんなの。
よっぽど森山先輩のことが気に入ったらしい。
いつもの店長とかがいるバイト飲みの時よりも、だいぶ楽しそうなんだけど。
「つか、今日初めて紀夏ちゃんの彼氏見たけど、けっこうハード系だったな。ああいうのが好みなん?」
「彼氏じゃなくて、元カレです。それに見てたなら止めろっての」
「だからそれは謝ったろ。それに俺は最初から信じてたからな、森山くんが何とかしてくれるって」
「嘘つけ。自分で面倒だって思ったって言ってたじゃないですか」
「面倒ごとは森山くんが、なんとかしてくれると信じてたって意味だよ」
のらりくらりとうちの言葉をかわす悟さんは、上機嫌にモヒートを傾けている。
適当な人だ。
顔がよくて、喋りが上手い男の人って、時々無性に腹が立つんだよね。
「陽介は最初は引っ張ってくれるし、色々アクティブだから、一緒にいたら面白いかなって思ったんですよ。でも、なんか、嫉妬深いっていうか、束縛気質っていうか。というか、見てたから、わかりますよね?」
「まあ、束縛されるのが好きっていう子もいるからな」
「うちは無理です。ほんと無理だった。だって、ちょっと他のサークルの男子と喋ってただけで、浮気扱いしてくるんですよ!? まじ面倒くさかった! 付き合う前は、もっと爽やか系だと思ったのに!」
「第一印象なんて、あてにならねぇからな。な! 森山くん!」
「そうっすか? 俺はけっこう、見た目通りっすよ。第一印象通りの、人類が生んだ最高傑作っす」
「だははっ! まじで森山くん、神。やべぇだろ、こんな逸材がずっと隣りにいたなんて! あんな流行遅れのソシャゲなんてやってる場合じゃなかったわ!」
「……悟さん、自分でもやっぱ流行遅れだと思ってたんじゃん」
うちと違って、アルコールが入っているせいもあるのか、悟さんは最終的に咳き込む勢いで大笑いをしていた。
それにしても、まじでこの人、なんなんだろ。
この人というのは、もちろん、表情筋が死んでるのか、ずっと真顔でボケ倒してくる森山先輩のことだ。
ぶっちゃけ、うちはこの人のことはよく知らない。
たしか一学年上の大学生だったはずだけど、どこ大とか全然知らない。
てか、下の名前なんだっけ。
なんか海外の人みたいな名前だったような気もする。
「いやあ、本当に森山くんが紀夏ちゃんの元カレに啖呵きった時は、久々に震えたぜ。あんなに震えたのは、初めて生のレッチリ聞いた時以来だな」
「まあ、ロックって俺を英訳した言葉らしいっすからね」
「だはっ! だはっ! だははっ! ひぃい! 腹いてぇ! 森山くんキッレキッレ過ぎんだろ! やばっ、やばいっ、お腹つりそう!」
「……悟さん、おかわりいります?」
「お、同じの! ひひひっ! やっべぇ! まじで腹筋攣ったかもしんねぇ! だはははっ!」
「はあ。悟さんうるさいんだけど……森山先輩は次なに飲まれます?」
「俺もモヒートで頼む。ありがとう」
「……べつに感謝されるほどのことじゃないですよ、うちも注文したいんで」
手と声をあげて、うちは店員さんを呼んで、モヒート二つとジャスミンティーを頼む。
頼んだドリンクが来る間、うちは改めて森山先輩のことを観察する。
中肉中背で、お世辞にも整っているとはいえない容姿。
よく言えば塩顔系。悪く言えば一反木綿って感じ。
ただ、不快感があるかといえば、そんなことはない。
うちがこれまで森山先輩と、特に絡みがなかったのは、単純に普段はめっちゃ暗くて話しかけにくいオーラが出まくってるから。
必要最低限のことしか喋らないイメージ。
飲み会にも来たことないし。
だからこんな面白いというか、ちょっと不思議ちゃん入ってるなんて知らなかった。
「はいよ、モヒート二つとジャスミンティーおまたせ」
「マスター! 聞いてくれよ! まじこの子やばいんだって! だははっ! だめだ、思い出して笑っちまう! ひひひっ!」
「……悟。飲み過ぎるなよ? この子ら年下だろ? お前が送るんだぞ? まったく」
渋いイケオジなBARのマスターが、呆れ顔をしながらうちらに飲み物を渡してくれる。
こんなに酔ってる悟さんは、初めてみるかも。
よっぽど今日の飲み会が楽しいんだろう。
それにいつもは店長もいるから、羽目を外し切れないってのもあるかな。
そう考えると、そういえば例外的に森山先輩は店長とだけは仲が良かったはず。
他の人は誰も森山先輩の話をしないけど、店長はよく飲み会で森山先輩のことを話してた。
話してたっていうより、愚痴ってたいうほうが正確かもしれないけど。
あいつは駄目だ、ほんっとに駄目だ、性根から叩き直してやるって、店長は酔ったらいつも森山先輩のことをそう言ってたもんなー。
たしかに、想像とは違った方向性だけど、けっこうダメ人間感はあるから納得だけど。
「森山先輩は、なんでいつもバイト先の飲み会こないんですか? 店長がいるからですか?」
「まさか。店長には感謝しかしてない。避ける理由なんてないな。理由はたった一つだ」
「なんですか?」
「お! この感じ、来るぞ! 来るぞ来るぞ……」
期待に満ちた目で、モヒートをぐびぐびと飲みながら悟さんは舌なめずりをしている。
そして森山先輩はたっぷり間を置いてから、モヒート片手にバイト先の飲み会にいつも不参加な理由を言う。
「俺が飲み会に行ったら、いい意味で浮いてしまうからな。飲み会の話題を全部、俺一人でかっさらってしまうのは、申し訳ないだろ?」
「ヒュウウウ!!!! キター!!!! きました森山節! ひひひひひっ! まじで森山くん最高すぎ! だははって痛てぇっ!? あ、ちょっと待って、これガチで攣ったわ完全に! 痛い痛い痛い!」
モヒートを掲げたまま、変な体勢で悟さんは身体を固まらせていた。
もう、なにしてんのこの人。
だから酔っ払いってやなんだよなー。
せっかくのイケメンが台無しだ。
「茂木さん、大丈夫っすか?」
「ちょっ、その真顔やめて! 今は笑わせんな!」
「モヒート、持ちますよ」
「だからその真顔やめろって! ひひっ、痛てぇっ! 痛い痛い痛い! おい森山やめろっ!」
零すと悪いと思ったのか、それとも狙って止めを刺しに行ったのか、森山先輩は悟さんのモヒートを受け取る。
変な感じだ。
なんか、不思議と気になっちゃう。
顔とか全然タイプじゃないのに、どうしてかもっと森山先輩のことを知りたいと思った。
「……森山先輩って、下の名前どんな字を書くんでしたっけ?」
ストレートに下の名前はなんでしたっけなんて訊いたら、ちょっと失礼かなと思って、一応気を遣っておいた。
こういうところが、腹黒って言われるのかもなー。
「イタリアの伊に、春夏秋冬の秋で、伊秋だ」
「いや、名前の字の説明に個性だしすぎでしょ。秋だけでわかるから。季節一巡させんな」
「……ふふっ」
「あ、笑った」
うちのツッコミがつぼったのか、ずっと真顔だった森山先輩が笑う。
ふーん、笑った顔は、可愛いじゃん。
お酒のせいか照れなのか、ほんのり赤く頬を染めた森山先輩は、何かを誤魔化すようにモヒートを飲む。
伊秋。
森山伊秋、か。
イシュー・モリヤマ
うん、やっぱちょっと海外の人っぽくて、可愛い名前してる。
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