第3話

「さすが先代<赤いきつねスカーレット・フォックス>! 今までの敵とは格が違う! だけど俺ももう昔の俺じゃあないんだ! いくぞ、全力集中!」


 俺は伝説の老子<クッタ=ワンタン>から授けられた特殊な呼吸法により、通常の呼吸の1万倍の量の酸素を一気に吸いこんだ。

 身体中の血管という血管に瞬時に膨大に過ぎる酸素がいきわたり、無限超活性化状態になった俺の身体から猛烈なオーラが立ち昇りはじめる――!


「なにっ!? まさかそれは伝説の呼吸法!? 私でもマスターできなかったその秘儀の呼吸を、お前はマスターしたというのか!?」


 相対してからずっと冷静沈着だった<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>が、ここにきて初めて驚いた声をあげた。


「そうだ! 何代も代を重ねてきた<赤いきつねスカーレット・フォックス>の中でも、わずか数名しか成し得なかった究極無敵の絶対奥義だ!」


「くぅっ! なんという猛々しい覇気か!」


「行くぞ<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>! 破邪顕正は我にあり! 絶対究極正義剣! <スミレス・フォー・オール>!」


 俺の覇気に呼応して聖剣エクスカリバーが神々しいまでの光を放つ!


「くっ――させるか!」

 

 このままやられるものかと<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>が正宗を一直線に構えると、渾身の一突きを突き立ててくる!


 だがしかし!


「はぁぁぁぁぁぁっっッ!」


 もはや絶対正義となった聖剣エクスカリバーは、迫りくる正宗を覇気だけでいとも簡単に跳ね上げ、弾き飛ばした!


「ぐぅっ、悪には触れることすら許さないというのか!?」


「<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>よ、先に逝った仲間たちの無念を今ここで晴らす!」


 光り輝く聖剣エクスカリバーが<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>の身体を一刀のもとに斬り裂いた。


「あ、ぐ……見事……だ……」


 袈裟斬りに斬られた<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>は糸が切れたようにふらつくと、膝をつく。

 そのまま激痛を耐えるようにうめき声をあげた。


 だがしかし。

 その表情にはどこか満足感のようなものが混じっていて――


「いい剣を……振るうようになったな……これぞまさしく……正義を、体現する……まことの剣だ……」


「――え?」


「ありがとう……これでもう、思い残すことはない……絶対無敵の正義の体現者となったお前は……この先きっと、世界を……正しく照らし続けるだろう……」


 その優しい言葉に。

 その満ち足りた表情に。

 俺は<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>の――師匠の本当の想いを感じ取った。


「まさか、俺にこれをなさせるためにあなたは――」


「ふふっ……私は弱く、お前の見せた絶対正義の域に、どうしても、辿りつけなかった……そのことに絶望した私は、正義の体現者であることを捨て……悪を支配する究極の悪に、なろうとしたのだ……悪を悪で抑えつけ……悪のはびこるこの世界を、少しでもマシな世の中に……するために……」


「分かっています! 師匠が本当は正義の心を失っていなかったことを。今こうやって剣を交えた俺が一番よく分かっています!」


「だがこうして今……お前がまことの正義の体現者となるのを見ることができて……私は心なく逝くことができる……お前の師であれたことで……正義を諦めた私の人生も、決して無駄では……なかったのだな……」


「し、師匠……」


「また私をそうやって呼んでくれるのか……最後にいい冥途の土産ができたぞ……」


「師匠……?」


「……」


 しかし既にもう師匠は返事を返すことはなかった。

 そこにあったのは、正義を求めるあまりに悪の道に落ちてしまった悲しい男の亡き骸だけだった。


「師匠――――っ!!」



 指導者である<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>を失った悪の秘密結社【イヴィルナーク】は雪崩のごとく瓦解し、世界にはひと時の平和が訪れたのだった。


 こうして長きにわたる戦いは幕を閉じた。


 後に。

 菊一文字正宗は回収され、<赤いきつねスカーレット・フォックス>と双璧を為す<緑のたぬきエメラルド・ラクーン>のコードネームとともに【トーヨー・スイサン】のダブルエースとして正義を貫く刃となるのだが。


 それはまた別の話である。

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<赤いきつね>と<緑のたぬき> “the Scarlet Fox” vs “the Emerald Raccoon” マナシロカナタ✨2巻発売✨子犬を助けた~ @kanatan37

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