雪の女神

@ponms

第1話

 朝方、縁側の障子を開けると街全体が雪で覆われていた。葉が落ちた木々の枝にも雪がつもっていたし、自転車のサドルにも霙混じりの雪が積もっていた。昨日まで往来を埋め尽くしていた木の葉も雪のせいで見ることができない。

 私は奇妙に思った。この街は雪が降るのは年に一二度であったし、雪が積もるようなことは私が生まれてから一度もなかった。私は夢を見ているのではないかと思った。往来の猫は寒さで震えている。私は障子を閉めて家に戻ろうとした。すると、往来の猫の背後に女性の後ろ姿が見えた。彼女は日本髪を結ってあり首、頁、足などの体の細部に至るまでどれをとっても美しかった。私は一目でも良いから顔を覗きたいと思った。私は寝巻きのまま家を飛び出した。

 私は彼女に追いつこうと必死に走った。しかし、彼女との差がどんどん広がっていくばかりであった。すると、彼女は私を待ってくれるかのように往来の真ん中で立ち止まった。私は彼女に追いつき、顔を見ようとすると彼女のほうから私に顔を見せてきた。

私は反射的に目を閉じてしまった。顔を見る寸前になって、好奇心より恐怖心が勝ってしまった。私はラフカディオハーンの『雪女』を思い出した。彼女はもしやそれなのではないかと思った。私は恐る恐る目を開けた。すると其処には雪女のような恐ろしいものではなく、顔は神々しい光に包まれている、瓜実顔だった。私はその美しい顔に見惚れ、しばらく脚が震えて身動きがとれず気がついたら眠って了った。

 どれくらいの時間がたっただろうか。目を覚ますと彼女が私の身体に馬乗りになっていた。依然として彼女の顔には神々しい光が宿っている。私は彼女が淤加美神であることに気がついたと同時に、馬乗りされている自分が快感を得ていることにも気がついた。すると、女神は口を開いた。然し声が聞こえない。女神のもとに耳を近づけて見ると、「もうあなたに会うことはないわ」と云った。私は「もう一度会えると云ってくれ、私の側を離れないでおくれ」と必死に懇願した。然し女神は消え去って了った。ふと、側を見ると白い雪が真っ赤に染まっていた。それ以来、女神に会うことはなかった。

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