第13話 死の終着

 芝鮫は椅子に腰掛けた。

 窓から外の景色を眺める。

 昼を過ぎ、もう夕方にかかろうとしていたが、いい天気であった。こう言う日の黄昏は絵画のように美しい。

 眼鏡を外し、肉眼で空を見る。視力は決して良い方だとは言えないが、レンズ越しで見るよりも何倍も綺麗に思えた。

 「ドクター」

 後ろから変声機越しの声がする。芝鮫は眼鏡をかけ直すと、椅子を回し振り返る。そこには真っ黒なコートに身を包み、フードを深く被った人物が立っていた。

 「あなたの部屋が荒らされました。部屋のはバレたようです。もうじき警察が来るでしょう」

 「許可無しにやるのって、違法捜査とか言うものでは無いんですか」

 「彼処あそこは何も期待されてないから、何でも出来るんですよ。もっとも、でっち上げやこじつけは、どこもかしこもやってますけどね」

 「警察って、ブラックなんですね」

 芝鮫は鼻で笑う。

 「えぇ。それよりも、本当によろしいので?」

 彼は両手を見せつける。

 今ならまだ、お前を逃してやれる。という意味だった。 

 芝鮫はその問いには答えず、代わりに別のことを質問した。

 「大臣の娘さんは、もう?」

 フードの男は何も言わず、ただ頷いた。

 「そうですか……そうですか」

 芝鮫はしばらくの沈黙の後、首を横に振った。

 「分かりました」

 彼の返答はまるで客の相手をする店員のように、素っ気無かった。

 それも当然かと、芝鮫は思った。彼はこれっぽっちも私の命に興味がないのだから。

 「それじゃあ、よろしいんですね?」

 フードの男の問いかけに、芝鮫は頷いた。

 「では、少しお待ちを。アデュオス」

 瞬間、彼の目の前からフードの男が消える。そして暫くすると、人を1人引き連れてまた現れた。

 その人物は黒いスーツを着た男性で、頭には宇宙服のヘルメットのようなもの被っていた。真っ黒なバイザーのせいで、顔は見えない。

 「……」

 芝鮫は何も言わずに目を閉じる。

 するとスーツの男は、右手で芝鮫の頭を鷲掴みにした。そのまま暫くすると、スーツの男は手を離した。

 芝鮫は目を開く。

 「……終わりましたか?」

 ヘルメットのバイザーにYESと青光りする文字が浮かんだ。

 それを確認してから、フードの男は机へと近づいた。

 「それでは最後に、約束の物だけ」

 そう言うとフードの男は、机の上に約束の物・・・・を置いた。

 それは誰もがドラマや漫画で見た事だけはある、真っ黒なオートマチック式の拳銃だった。

 「じゃ、あとはご自由に。では私達はこれで。アデュオス」

 次の瞬間には2人とも、もう居なかった。

 「……さてと」

 芝鮫はスマホの画像フォルダから家族写真を選択する。

 京都へと旅行に行った時に撮った写真だった。

 肌白く、ロングスカートに長袖の服が良く似合っている妻に、妻の手を握っているピンク色のパーカーが可愛らしい娘。

 そして、寝癖がそのままの私。

 自然と、笑みが零れる。

 その時、スマホが着信の画面に切り替わった。受付のスタッフからだった。

 「もしもし……はい。はい……はい。えぇ、大丈夫です。ただ、今ちょっと手が離せなくて。私の診察室まで来てもらっても大丈夫ですか?……はい。お待ちしております」

 電話を切る。内容は、警察が自分と話をしたいとの内容だった。

 もうすぐそこまで終わりが来ている。

 芝鮫は最後にもう一度、家族を眺めると、名残惜しそうにスマホの電源を落とす。そして、机の下に置いている塩水を並々と入れたバケツの中に沈めた。予め、用意しておいたものだった。

 「……さて」

 芝鮫はズボンのポケットに拳銃を忍ばせる。そして、来客に備えた。

 


 鍵子が診察室の扉を開くと、椅子に座った芝鮫と目が合った。

 彼は、待っていたかのように佇んでいだ。

 「どうも、お忙しいところすいませんね」

 後ろから籠目が鍵子を押すように入ってきた。勿論、フードを深く被っている。

 「構いませんよ」

 芝鮫は微笑むとどうぞと、椅子に手を差し向けた。

 「では失礼」

 籠目は椅子に少し猫背気味に座る。鍵子は籠目の後ろに立ち、芝鮫を見据えた。

 「椅子が1つしかなくてすいせまん」

 「いやいや、お気になさらず」

 籠目は手を横に振る。

 「さて、芝鮫さん。私たちが何故来たのか。理由は分かってますか?」

 「……さぁ、身に覚えは無いです」

 芝鮫はわざとらしく顎に手を当て考えたあと、かぶりを振った。随分と白々しい。

 「そうですか。ところで芝鮫さん、最近ニュースになってるケーメン病はご存知ですね」

 だが籠目は特に態度を変えずに話を進める。

 「えぇ、医者ですから。当然知っておりますし、心を痛めてます」

 「今回私たちが来たのは、その件です」

 「……はぁ」

 何を言っているのかよく分からないと、言った感じの返事だった。

 「芝鮫さん、いや、芝鮫。あんたの部屋から、麻薬が見つかった」

 その言葉を聞くと、ぴくりと芝鮫の眉が動いた。

 「勝手に私の家を捜索したんですか?そういうの、違法捜査って言うんじゃないですか」

 籠目はコートの内ポケットから家宅捜査の礼状を取り出すと芝鮫に見せつける。

 「残念だが、お前らのようなインチキする奴らには、こっちもルール違反で対抗させてもらってるんだよ」

 「……」

 芝鮫は何も言わずに、籠目のフードの闇を見つめていた。

 「芝鮫、俺は今からあんたがケーメン病を意図的に感染させている犯人だという推理を話す。……ぶっちゃけ、このまま麻薬所持であんたを逮捕することだってできる」

 籠目は存在しない目で、芝鮫を見据える。

 「だから、あんたには正直に答えて欲しい。俺の推理が、正しいかどうかを」

 鍵子は芝鮫の様子に目を凝らした。

 あの部屋で聞いた推理が真実がどうか、確かめるために。



 麻薬所持は犯罪だが、それがケーメン病の犯人とどう繋がるのか鍵子にはまだよく分かっていなかった。

 イマイチな顔の鍵子を見て、籠目が説明を始める。

 「よし、そうだな。まず初めに、ケーメン病の流行はもう時期終わる。それに伴い、ケーメン病への注目も自然消滅するだろう。それだけは言っておこう」

 そう言いながら籠目はスマホの画面を鍵子に見せる。そこには、厚生労働省大臣の家族が乗っていた車が事故にあったこと。そして、両親は軽傷だが、娘は意識不明の重体・・・・・・・で病院に運び込まれ、一命を取りとめた事が書かれていた。

 「……まさか、そんな」

 「あぁ、お前の考えは当たってた。そして、手遅れだった。残念だがな」

 計画は遂行された。切れたゴールラインを元には戻せない。

 だが。

 「……警察はいつだって、後攻・・です」

 やるべき事は、まだ残っている。

 「そうさ、だから俺がこれから説明するんだ」

 籠目はスマホをポケットにしまった。

 「では改めて、まずは協力者の存在から。協力者はきっと、明日得教。理由は2つ。1つ、信仰は青天井の大金に勝る。2つ、信者なら全国に居る。信者の中は医療従事者もいるだろうから、教育と実行はそんなに難しい事ではなかったんじゃないだろうか。証拠は当然、あの御守り。あれは所謂、名刺のようなものだったんだろう」

 「名刺?」

 「信頼の証だ。取引相手との、な。確認は無理だが、明日得の方にも芝鮫との関係を表すものがあるだろう」

 「互いに弱みを握り合うことによる信頼……」

 「逆に言えば、そうしなければいけない信頼関係。そしてこの麻薬、ホワイトスノーは取引材料だ」

 「取引材料……ってことは」

 「そう。ホワイトスノーは明日得教に流れている」

 「それじゃあ、白雪姫は――」

 鍵子がそこまで言った所で、籠目は手を前に出すと制止した。

 「だが、今それは関係ない。大事なのは、ホワイトスノーの材料となるものも無いのに、どうやってホワイトスノーを作り出したか、だ。そして、それが今回のケーメン病のウイルス源の答えにもなる。分かるか?」

 「え。えーと……」

 鍵子はうーんと唸る。籠目はくるくると人差し指で宙に円を5秒ほど描くと、痺れを切らして話し始めた。

 「能力だよ。芝鮫は能力者だった。その能力はウイルスや細菌、有毒な化学物質などを生み出す能力、言うなれば毒、いや、病を生み出す・・・・・・能力だ」

 「……」 

 鍵子は言葉を失った。

 なんて皮肉、いや、残酷なのだろうと思ったからだ。

 妻と娘を病で失った男に与えられた力が、病を生み出す能力だなんて。

 「残酷ですね」

 「あぁ、残酷だ。……傷心の日々を過ごす芝鮫がいつ明日得と接触したのかは分からないが、とにかく協力者を得た事で芝鮫の計画は進み始めた。その目的は、あんたの推理通り。ケーメン病の新薬開発・・・・だ。ケーメン病の患者を増やしたのは布石・・。患者数を増やし、話題性を増し、トドメに大臣の娘を感染させる。生き残った父親、詰まるところ大臣は新薬開発プロジェクトに力を入れるだろう。新薬開発の一番の問題は資金・・。大臣ともなれば金はいくらでもあるし、ましたや厚生労働省だ。汚い手を使ってでも、金を回してくれる。なんなら、政策ごと変えてくれるかもしれない」

 「……それが真相」

 「そうだ、これが真相だ」

 鳥籠に表情なんて無いのは、初めから分かっていたのに、鍵子は籠目を見た。

 案の定、そこに在ったのはただの鳥籠だった。



 「如何ですか」

 籠目は鍵子に話したのと概ね同じように、しかして要約して推理を話した。

 芝鮫はしばらく籠目を見ていたが、突然、堰を切ったように笑いだした。

 「なるほど、病を生み出す能力、ねぇ。いやぁ、なるほど」

 馬鹿にしたように笑いながらそう言うが一転、芝鮫は座り直すと笑いを止め、代わりに優しい微笑みを作り、話し始めた。

 「完敗です。あなたの推理は正しいですよ。残念なのは、私はもう能力を失ってしまって、あなたの答え合わせが出来ないことです」

 「能力を失う?」

 「えぇ、私はもうただの人間です」

 芝鮫はそう言いながら頷いた。

 「私がわざと惚けていたのは、警察が本当に能力なんてものを信じているのか、本当に能力者を犯罪者として捕まえるのか、それが知りたかったからです」

 「……それになんの意味がある」

 「別に?ただの興味本位ですよ。ただ、私の想像以上に、あなた達は優秀だった」

 そう言うと芝鮫はポケットから素早く拳銃を抜くと、籠目に向けた。

 「っ!動くな!」

 すかさず鍵子も拳銃を取りだし、芝鮫へと向けた。

 「……籠目さん、もう一度言いますが、あなたの推理は正しい。私から言うことは何も無いです。全ては娘のため。それでも、新薬が開発される可能性は、ほんの僅か。それは変わらないでしょう。資金だけが問題じゃない。そんなことは、私が1番よく分かっています。新薬が開発される可能性をご存知ですか?3万分の1・・・・・です。確かに、それがせいぜい2万9999分の1になるだけかもしれない。それでも、私は藁に縋ってしまった」

 芝鮫は自嘲するかのように笑うと、俯き首を横に振った。

 「責任は取らなければならない。それに私は、尋問や拷問に耐えれる自信もない。だから、私は――」

 芝鮫は構えていた拳銃を素早く自分の顎に持って行く。

 「すみませんね・・・・・・

 「なっ!!よせ!」

 籠目は立ち上がり、芝鮫へと飛びかかろうとする。

 だが、間に合わない。

 銃声とほぼ同時に、生肉を落とした音がした。

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