第12話 死の巣窟

 「芝鮫!?」

 鍵子は割り込むように、籠目の体を押しやってパソコンを覗き込む。

 「のぁぁっ、なんだ、知り合いか?」

 鍵子は穴が空くほどパソコンの画面を見た後、口を開いた。

 「……間違いない、主治医です。私の、部下の!」

 「なっ」

 鍵子は立ち上がると、上着を羽織る。

 「おい、何する気だ」

 「何って、話を聞きに行くんですよ。急がないと、次の犠牲者が出ます」

 籠目からは鍵子の後ろ姿しか見えなかったが、そこにはただならない気迫があった。

 籠目は慌てて鍵子を止める。

 「待てよ、無意味だ」

 「何故ですか」

 「証拠が無い。本当に奴が犯人だとしても、逃げられる」

 その言葉を聞いた途端、鍵子が声を荒らげながら振り向く。

 「じゃあどうするんですか!証拠なんてどうやって手に入れるんですか!それに、もしも奴が能力者だったら……証拠なんて、出てこないじゃないですか!!」

 振り向いたその顔は、怒りと悔しさが混ざったような、涙を睨みで押さえつけているような顔だった。

 「……だぁぁ!あーもー!そんな顔するなよ!たっく仕方ねぇなぁーもー。これ疲れるんだよなぁ……」

 そう言うと籠目は頭を2回叩き、再びパソコンと向き合った。

 「少し待て」

 「……何するんですか」

 「いいから黙ってなさい」

 指をパキポキ鳴らした後、フードを取った。くすんだ金色の鳥籠が顕になる。そして、すざまじい速さでタイピングを始めた。そして始めてからすぐに、部屋の隅にあるプリンターが音を立てた。何かを印刷しているらしい。

 パソコンの画面は目で追うのが不可能な速さで目まぐるしく変わり、何をしているのかは鍵子には分からなかった。

 しばらくすると、籠目は一層強くエンターキーを叩き、席を立つとプリンターへと向かった。その後を鍵子も着いていく。

 籠目はプリンターの前に立つと、コートの内ポケットから煙草を取り出した。濃い青色の箱だった。その中から1本取り出すと、それを中心にプリンターが吐き出した様々な紙をぐるりと巻き始める。さながら、巨大な1本の煙草のような筒が出来上がった。

 籠目はそれを左手で持ったまま、自身の頭部である鳥籠を開けると、ジッポを取り出し中の蝋燭に火をつける。

 そして、その火に先程の筒をべた。

 筒はゆっくりと燃えていき、もうもうと煙が上がる。

 それは、まるで神聖な儀式のようで、鍵子はただ黙って見ていることしか出来なかった。

 煙草の匂いが部屋中に充満し始めた頃、筒が燃え終わる。紙とタバコの燃えカスが鳥籠の底に溜まっていた。

 籠目は頭を傾けてそれを落とすと、部屋の隅に積んであるペットボルの水を1つ取り、頭にかける。火が消え、ポタポタと水が垂れた。

 不思議と、蝋燭は少しも溶けていなかった。

 「……なるほどな」

 籠目は呟くと、今度は部屋の壁際に位置する係長の机へと向かって行く。

 「ちょ、あの、さっきのは何なんですか!何か分かったんですか!」

 やっと機会を得た鍵子が質問すると、籠目はくるっと回り、鍵子の方を見た。

 困惑と不機嫌を混ぜたような顔。

 それは、説明無しに行動する籠目に対して不平不満を垂れている時の顔だった。

 「……やっぱりその顔の方が似合ってるよ、お前」

 「は?」

 籠目はそれだけ言うと、係長の引き出しを開き、紙を1枚取りだした。

 「さぁて俺たちの十八番オハコ、違法捜査の始まりだ」

 そう言って籠目が見せてきた紙は、既に印鑑の押されていた家宅捜索令状だった。



 芝鮫は二階建ての一軒家とは別に、仕事用にマンションの一室を借りていた。マンションの方は丁度、芝鮫の娘がケーメン病にかかり、病院で過ごすようになってから借りたらしい。

 籠目と鍵子はマンションの方へと向かった。その道中、籠目の運転する車相席で、鍵子は芝鮫の情報を頭へと仕入れていた。超査係の部屋でコピーした、公安のデータベースものだった。

 芝鮫は8年前に末期ガンで妻を失っていた。当時、娘はまだ2歳の時だった。

 残された一人娘を、芝鮫はきっと大層大事に育てていたのだろう。

 だが、その娘もケーメン病に侵されてしまう。それが2年前。まだ、小学2年生に上がったばかりの時だったらしい。原因は交通事故。下校中に飲酒運転の車が突っ込んできたらしい。運転手は死亡。娘は一命は取り留めたが、顛末は知っての通り。

 鍵子が頭へと入れた情報をこんなところだった。

 資料を閉じ、窓の外を眺めようとしたところで車が止まった。

 「おい、着いたぞ」

 「あ、はい」

 一足先に籠目が車を降りる。鍵子も降りると、籠目の後を追った。

 到着したマンションは防犯カメラなどのセキュリティ面もしっかりしており、普通の人間が住むには何もおかしくない様子だった。だがやはり、医者が住むにしてはいささか貧相だった。

 ――ただ寝るだけの部屋か。

 きっと、1人で過ごすには広すぎるから。だからマンションの一室を借りたのだろう。使いもしない部屋達が余計に孤独を助長するのは、言うまでもない。

 それでも一軒家の方を解約せずにいるのは、きっと――。

 だからこそ、今回の事件を起こしたのだと考えれば、尚更仮説は正しかった。それは喜ぶべき事のはずだ。だが、素直には喜べなかった

 超査係の部室で芝鮫が候補に上がった時、鍵子は冷静では無かった。まず先に怒りが湧き出て、それに支配されていたからだ。

 だが資料を読みこんでいくと、芝鮫の置かれた状況はあまりにも悲惨であった。

 いや、そもそも、動機を思いついた時点で、娘がケーメン病だという事実に気づいた時点で、そこに至るべきだったのだ。

 しかし、何もやるせない事件は今回が初めてじゃない。それに神城のこともある。怒りが消えた訳じゃない。許せないことに、変わりはない。

 ――しっかりしろ。

 鍵子は自分にそう言い聞かせる。傾き始めた日が、夕方を知らせていた。



 鍵子と籠目は管理人から305と書かれた鍵を貰うと、エレベーターに乗り部屋へと向むった。

 その中で、鍵子は籠目に尋ねた。

 「……本当にいいんですかね、これ」

 「いか悪いかかで言ったら、まぁ、悪いだろうな」

 鍵子は籠目の方を流し目で見た。

 「大丈夫、バレなきゃいんだよ」

 「そういう問題じゃないでしょう」

 「言いたいことは分かるさ。だがな、俺たちが相手してるのは、ハッキリ言ってインチキ・・・・なわけだ。超能力ってやつを化学で証明できない限り、あいつらは法律ルールの外側で戦ってくる。そんな奴らに対抗するには俺たちだって盤外戦・・・をするしかない」

 「……それ、筋が通ってるようで通ってないですよ」

 「ならお前は、このまま何も出来ないままでいいのか?」

 「それは……」

 鍵子が返答に詰まっていると、芝鮫の部屋へと着いた。

 鍵を開け、部屋へと入る。玄関で靴を脱ぎ、2人は手袋をする。

 リビングへと辿り着くと、そこは、殺風景な部屋だった。ソファやテレビなど、生活に最低限必要なものはあったが、逆をいえばそれ以外は何もと言っていいほどに無かった。

 だからこそ、机の上にあったモノ・・が、一際目を引いたのかもしれない。

 そこには金属製のトレイに乗った白い粉が、そしてその横には、それを袋ごとに小分けしたものが大量に入っているダンボール箱があった。

 「こいつは……」

 「ホワイトスノー・・・・・・・

 鍵子が呟いた。

 「おい、それって確か」

 「麻薬・・です。私と神城が追っていた……白雪姫が売買していた麻薬です」 

 ホワイトスノーは、1年ほど前から出回り始めた新型麻薬だった。

 高価だか効き目は抜群、上質なトリップが得られるとされていたそれは、街に出回っている安くてキマリやすい粗悪品とは逆の方向性を持っており、一般人で言うところの高級チョコのような、プレミアムとして扱われていた。

 そしてその麻薬はあるバイヤー経由でしか手に入れることは出来なかった。

 そのバイヤーが、白雪姫だった。

 だからこそ警察、もとい鍵子達は白雪姫に拘っていた。そこが突破口になると信じていたからだった。

 それが、何故。

 「……どうして、ここに」

 「まぁ単純に考えるなら、ここで作ってたってのが妥当なんだろうけど、それにしちゃ妙だよなぁ」

 籠目は部屋を散策しながら言う。

 「妙?」

 「部屋を見てみろ」

 鍵子は部屋を見渡す。相変わらず殺風景な部屋でおかしな所など何も無い。

 「何も無いですけど」

 「それが妙なんだよ。麻薬を作ってるからには、薬品にせよ植物にせよ、何かしら原材料が必要になるはずだが、この部屋にはそれが無い」

 「……確かに」

 「それに、ほれ」

 籠目が鍵子に何かを投げる。受け取ったそれは、明日得・・・と書かれたお守りだった。

 「これって……!」

 「麻薬に新興宗教。いよいよ香ばしくなってきたな」

 「……妻と娘を失い、新興宗教にハマり、麻薬へと手を出した……?」

 「1人で使うのにこの量は多すぎるだろ。それに、注射器が無い。そして、宗教にハマったのなら、もっとそれ関連のグッズ・・・があっていいはずだ」

 籠目そう言うとスマホを取り出し、何かを調べた。そして、何か納得したように頷くと、頭をガンと1回叩いた。

 「さてと。確信が得れたのでお前には話しておこうか」

 籠目は鍵子の方を向く。鍵子は唾を呑んだ。

 「犯人はやはり、芝鮫だ」

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