第11話 死の処方

 「ケーメン病って、ご存知ですか?」

 「今丁度その話題だよ」

 「それは良かった」

 そう言うと新島は封筒を籠目に渡す。

 「詳しくはそこに書いてあるので、いつも通り、お願い致しますね。それでは」

 新島は用件だけ済ませると、そそくさと部屋を後にする。

 終始、笑顔であった。

 「……随分とタイムリーだな」

 籠目が封を切る。取り出した書類を鍵子が後ろから覗き見る。

 「……今回は随分と熱心なこって」

 「悪かったですね、ゲンキン・・・・で」

 「構わねぇよ」

 籠目は書類をめくり始める。

 「これは……ケーメン病の詳細と、いつぐらいからケーメン病の患者が増え始めたかのデータに、全国の患者の簡単なデータ。これはデータベースの方にアクセスしろと。そして……これが指令か」

 パッと見るだけで内容が頭に入っているのか、籠目はバサバサとめくっていく。

 「……読むの早いですね」

 「んぁ?あぁ、すまん。読み終わったら書類は渡すからよ」

 籠目はそう言うと、指令の紙の部分で手を止めた。

 「えーと、今患者が急増しているケーメン病について、故意かどうか調べろってか……」

 「はぁ?」

 鍵子の声が響く。驚きの中に怒気を腹んだ声だった。

 「どした」

 「そんな投げやりな……たった2人で、どうしろってんですか!無理です、不可能です」

 所々声が昂っている。露骨に苛立っている様だ。

 「……いや、そうとも限らんぞ?」

 そんな鍵子とは反対に、籠目は落ち着いた声で言った。

 「え?」

 籠目は鍵子の方を向く。

 「ケーメン病は"短期間”に"全国”で患者数が"急増"した。貰った資料にザッと目を通したが、ある程度大きな病院であれば、漏れなくと言っていいほど、新規の患者が増えてる。今回の件に、犯人・・が存在するという前提での話にはなるが、1人で全国の病院にウイルスを撒くなんてのは、例え能力者であっても不可能だ。だからきっと、大元はいるとしても、組織的な犯罪になる」

 籠目の推理を聞いていくうちに、鍵子は冷静さを取り戻していった。

 冷えた頭で思考を始める。

 「つまり……ある程度大きい病院であれば、どの病院にも、何らかの証拠が残っている可能性がある」

 「そう。さらに、もう1つ」

 籠目が右人差し指をピンと立てる。

 「これはケーメン病の特徴からの推測だが、ケーメン病は、意識不明状態が半永久的に続く病気だ。つまり、大前提として、大きな事故なんかで意識不明の状態に陥って貰わなきゃいけない。そして、ただでさえ少ない感染者のほとんどが、術後感染・・・・

 鍵子の頭にパッと、答えが浮かぶ。

 「"医療従事者”」

 「Exactlyイグザクトリー

 籠目が指をパチンと鳴らした。

 「待ってください、それじゃあ全国の医者や看護師が」

 鍵子がそこまで言った時点で、籠目は覆い被せるように言った。

 「いや、本人達は気づいてないんじゃないか。おそろく、点滴なんかに予め混ぜさせておいてるとか、メスなんかに付着させておくとか。その辺は協力者が行っているんだろうけど」

 「あぁ、なるほど……」

 「問題は大元だ。俺の読みだと、この大元さんも、医療従事者……もっと言えば、医者なんかじゃないかって思っている」

 「それって――」

 もし本当にそうならば、人の命を救う立場の存在が、犯罪を起こしている事になる。

 それも、"病気”という、医者の"天敵”を使って。

 「……許せません」

 「犯人が実在するなら、な。あくまで仮説だ」

 そう言うと籠目は書類を鍵子に渡した。

 「読んどけ。俺はちょっと、別のことを調べる」

 「別のこと?」

 「安心しろ、今回の事件に関わる事だ」

 そう言うと籠目は机の上に置いてあったノートパソコンを引きずり寄せ開く。

 鍵子は資料を開いた。



 「読み終わったか」

 「まぁ……はい」

 確かに、資料はマスメディアの報道よりは詳しく、色々なことが書かれていた。

 だが、それだけ。所詮は情報の集合体。

 これだけで何かが進展する訳では無かった。

 「……籠目さんは、これからどうする考えなんですか」

 「ん?」

 「手当り次第に捜査をするにしても、病院側が協力してくれるか。それに、証拠が出るかどうか」

 「まぁ、難しいだろうな。そこまでずさんじゃないだろ」

 籠目はさっぱりと答えた。鍵子の予想通りの答えだった。

 「……ですよね」

 鍵子は落胆した様子で深く椅子に腰を沈めた。

 初めから無理難題だとは思っていたが、そこに籠目が一筋、光を作った。

 だが、所詮は一筋。また暗闇に戻った気分だった。

 「まぁそう落ち込むな、今色々考えてるんだ」

 「考えるって、何をですか」

 「まぁ待てよ。考えるのを止めた時、人は死ぬらしいぜ。お前もなんか考えてみろ」

 「……それって、誰の言葉ですか」

 「さぁ、誰だっけかな」

 「……」

 ――適当言ってる。

 そう思いつつも、考えねば何も始まらない。それは事実だった。

 鍵子は頭を切り替える。

 考え始めたのは、籠目も言っていた、ケーメン病を選んだ理由であった。

 ケーメン病を選択した理由はきっと、犯人の動機に繋がっている。逆説的ではあるが、そうすれば1つ前に進める。鍵子はそう思った。

 頭を捻らせる。

 だが、一向に思いつかなかった。

 鍵子は天を仰ぐ。コンクリートの天井が見えた。

 「……ダメです、思いつきません」

 「まず何を考えてるんだよ」

 籠目が資料から目を外し鍵子の方を見る。

 「理由です」

 「理由ー?」

 「わざわざケーメン病を選んだ理由です。何かあると思うんですよ」

 「……ふぅむ」

 籠目は右手を顎、正確に言えば鳥籠の下の部分に当てる。

 「そういえば、なんで大元も医療従事者だと思うんですか」

 「……ただ毒を、そこら辺にばら撒いてる訳じゃない。その上、入手経路どころか、自作の可能性すら出て来るぐらいには知名度のないウイルス。回りくどいってのは、言い換えれば複雑ってことだ。もし本当にこんなことをやっている奴がいるならば、そいつ自身もある程度、いや、かなり医療に精通してるんじゃないかと思うんだよ」

 「……」

 鍵子は納得できるような出来ないような、そんな気分だった。

 その説明だけでは、否定材料はまだある。

 だが鍵子には、この数日で、少しだけ籠目について分かったことがあった。

 多分だけれど、彼はとても頭がいい。

 恐らく、彼の頭の中には私の数倍いや、数十倍ぐらいの考察がある。

 だからきっと、もっと色々な考えの元犯人が医療従事者だと考察しているのだろう。

 ――そしてそれは、きっと私が聞いても分からないんだろうな。

 「私が軽自動車なら、あっちはスポーツカーか……」

 鍵子はお手上げ状態と言った具合で、己の脳みその小ささを呪いながら机に突っ伏した。

 ふとテレビから、難病への募金について話すニュースキャスターの声が聞こえてくる。

 ケーメン病が難病指定されているからだろう。

 自殺のニュースを取り上げた最後に、いのちの電話番号を紹介するのと同じ事だ。

 「寄付されたお金は、難病患者の支援や新薬の開発に使われます。皆さんの――」

 ――新薬の開発。

 その瞬間、鍵子は自分の脳みそに血が通るのを感じた。

 勢い良く顔を上げる。

 「うおっ、どうした」

 「今回ケーメン病にかかった人達の中に、有名人は居ますか!?」

 「有名人?」

 「世界的スターやアイドル、政治家。いわゆる"金持ち"です」

 「……調べてみる」

 籠目の声が真剣になった。

 籠目はパソコンを開くと、今回の事件のデータベースにアクセスする。

 「えーと、絞り込み……職業で絞り込んでから別で検索した方が早いか……」

 パソコンの画面を鍵子が覗き込む。顔写真と簡単な情報が並んでいる画面が凄まじい速さでスクロールされていた。

 「……特にいないな」

 10秒ほどした後に、籠目が呟いた。

 「じゃあ今度は、家族にケーメン病の患者がいる医療従事者です。それも、今回の事件より前です」

 「……なるほどなぁ」

 籠目は何かに納得すると、財布の中からUSBメモリを取り出し、パソコンに刺した。

 「そこまで細かいとなると、公安のデータベースを使うことにする」

 「こ、公安?それ、大丈夫なんですか?」

 「まずいに決まってんだろ。ただ、まぁ、うちの係長が色々と、すごいもんで」

 ――係長。

 そういえば、まだ会ったことが無いなと、ふと思う。だが、そんなことはすぐに頭のどこかへと消えていった。

 ――もし、私の考えが正しけば。

 鍵子は黙ってパソコンの画面を見つめる。

 しばらくすると、籠目の手が止まった。

 「……こいつは、ビンゴかもしれないぞ」

 パソコンの画面には、1人の人物の情報が映し出されている。

 少しボサついた髪に、垂れ眉の眠そうな顔。

 鍵子はその顔に見覚えがあった。

 「芝鮫相慈郎しばざめそうじろう。娘が2年前からケーメン病。医療従事者で家族がケーメン病の人物は、こいつだけだ」

 

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