第10話 死を運ぶ

 「まぁお分かりだと思いますが、一応答え合わせといきましょうか。正解は、この死人は全員能力者ってことです」

 籠目はコンコンと指で頭を叩く。

 「……つまり、死神ってのは能力者だけを狙う殺人鬼ってことか」

 「ノー。奴は殺し屋・・・ です」

 「殺し屋ァ?依頼されて能力者を殺してるってことか?」

 「イエス。しかも、能力者をやってるんだから、死神自身も能力者の可能性が高い」

 籠目の頭に、豪牙と対峙した時の記憶が蘇った。

 目にも止まらぬ速さで動く俊敏性に、拳銃を握り潰すほどの握力。

 「……だろうな」

 例え防弾チョッキを着込み、自動小銃を構えた特殊部隊であっても、豪牙に銃弾を当てるのは至難の業であり、瞬く間に首を一捻りされてしまうだろう。

 そんな、文字通り"人間離れ”している奴らを殺して回っているのだから、死神自身も能力者だという話は合点がいく。

 「で、肝心の死神サンの能力は?」

 「分からない」

 「はぁ?」

 「分からないものは分からないんだから、仕方ないでしょう?何処の誰かも分からないし、姿を見た人間は居ない。ただ"死神”って名前だけが、独り歩きしてるんですよ」

 「……本当に実在するのか?」

 「しますよ。火が無いところに煙はたちませんから」

 籠目は八十場の言葉を思い出した。

 『死神・・って、言ってましたよ』

 ――あの時、豪牙は死神に会ったんだ。

 どうも、存在はしていて、そのことだけは知られていると考えても、間違いは無いらしい。

 「分かった、それは信じよう。じゃあ次だ。能力者の中でも全員が殺されるわけじゃないだろう」

 「そうですね」

 「基準は?」

 「それなら簡単です。答えは"目立った”からです」

 「目立ったから……か」

 「もう少し細かく言えば、この世界に超能力なんてものが存在することを、バラしてしまう恐れがある者達、ですかね」

 サソリはそこまで言うと、一区切り付けるかのように座り直した。

 「さて、ここまで言いきってから言うのもなんですけど、だいぶヤバいことに片足突っ込んでます」

 「じゃあなんでここまで言ったんだよ……」

 「それは、ここまでなら少し頭を捻れば辿り着くからですよ」

 サソリは自分の頭を右人差し指でトンと叩いた。

 「超能力が世界に存在していることは事実なのに、現実ではフィクションとして扱われ続けている。何故か?答えは簡単。超能力がノンフィクションになると都合の悪い人達が、"テレビの中”に押し込めてるからです。先程も言ったでしょう?消された人間達は、現実世界に超能力が存在していることをバラしてしまうような、目立ちたがり屋・・・・・・・だって」

 「……その、目立ちたがり屋達を押さえ付るための抑止力。それが、死神」

 「イェス」

 籠目はこの時点で、なんとなく死神の雇い主の検討がつき始めていた。

 それは多分――。

 「……なんであろうと、人殺しは人殺しだ」

 籠目は被害者達の顔写真を手に取る。

 「これ、貰ってくぞ」

 「どうぞ」

 籠目は写真をポケットにしまう。そして、席を立とうとした時、サソリが呼び止めた。

 「あ、そうだ。これはサービスなんですけどね」

 「サービス?お前が?」

 「サービスっていうか、不確かすぎて、売り物にならないんで。独り言だと思って。まぁ、だから。これを聞いてアンタが何をしようと、それでどんな被害をこうむっても、俺は責任を負いません」

 「へぇ」

 サソリの口角が釣り上がる。

 「アンタの、"首”についての話です」


 

 籠目が超査係の部屋に戻ってくると、一足先に戻っていたらしい鍵子が椅子に座っていた。

 机の端に置かれた薄型テレビを眺めている。

 「今、戻りましたよと」

 「どうも。どこいってたんですか」

 「んー?企業秘密」

 「はぁ……そうですか」

 鍵子が呆れたように言う。

 テレビに映されているニュース番組では、女性のアナウンサーが今日あったニュースを説明していた。

 聞き取りやすい、ハキハキとした声が部屋に響く。

 「では、次のニュースです。今、患者が急増している"ケーメン病”に関しての特集です」

 ケーメン病・・・・・

 ニュースキャスターが発したその言葉に、鍵子が反応した。

 ガタンと机に手を着いて体を乗り出し、テレビを食い入るように見つめる。

 「うおっ、ど、どうした……?」

 籠目が体を逸らしながら聞く。だが鍵子はテレビに釘付けであった。

 「どうも、医師の杜若かきつばです」

 小太りの、白衣を着た小さな丸眼鏡の男がお辞儀をする。

 「えーとですね、ケーメン病というのは感染病なんかじゃなくてですね、日本全国でも患者数は3000人程度しかおらず、治療法も確立されていない、難病と呼ばれるものなんです」

 カメラが杜若をアップする。

 「それが今、急激に患者数が増えている。これは本当に不可解な事でしてね、それこそもう、誰かが故意にばら撒いているんじゃないかって、思ってしまう程ですね」

 その後も杜若は説明を続ける。だが、大衆向けのニュース番組で話す情報というのは、概ね鍵子が病院で聞いた内容と同じかそれ以下だった。

 ケーメン病のコーナーが終わり、CMが流れ始める。愉快な音楽を背に、鍵子が口を開いた。

 「……私の部下が、ケーメン病なんです。こないだお見舞いに行った時に、発覚して」

 「……そいつぁ、また」

 「……もし、もし本当にケーメン病が、意図的に撒かれているとしたら」

 「……それはもう、バイオテロだな。だがそうだとするなら、どうにもやり方が回りくどい気がするがな」

 籠目が答える。

 ――たしかに。

 それはそうなのだ。

 殺害だけを目的とするのであれば、即効かつ致死率の高い毒薬を使用するはずだ。逆に、何か取り引きを目的とするのであれば、明確なタイムリミットが設けられおり、かつ解毒薬が存在する毒薬が適している。

 そもそも、いちばん簡単なのは、撒く前に脅し・・の材料として使うことなのだから、どうにも合点がいかない。

 ――犯人が存在するなら。

 前提をそこに置いて考えるなら、要求すらないこの現状は不可解にも程が――。

 そんなことを考えていると、入口の扉が開いた。

 「どうも、新島です」

 鍵子と籠目の視線が新島に向く。

 新島は、脇に書類封筒を抱えていた。

 「超査係のお2人に、仕事です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る