第9話 Memory『後輩』

 その日は8月上旬で、暑い夏の日だった。

 「こいつが今日からお前の後輩であり、部下であり、パートナーになる、神城弦之介だ。ほら、挨拶」

 真兵に肘でどつかれた真兵は、ビクリと肩を震わせた後、上擦った声で自己紹介を始めた。

 「は、初めまして!本日付で捜査一課に異動となりました、神城弦之介と言います!よ、よろしくお願いします!」

 ガタイのいい、大きな男である。

 だが、そんな体の大きさと反対に、肝っ玉は随分と小さいようだった。

 「……ぷっ、ふふ、ふふっふっふっ!」

 思わず鍵子は吹き出してしまった。

 「なっ!?」

 弦之介の顔が真っ赤になる。

 「ぐふっ……。はっはっはっ」

 釣られて真兵も笑い出す。

 「な、何がおかしいんですか!」

 神城弦之介、26歳。

 鍵子にとって、最初で最後の、後輩であった。


 

 ブラウン管のテレビに、弦之介が映っている。

 見覚えのある景色。見覚えのある言動。

 これは、きっと、私の思い出。

 

 8月25日、8月27日、8月28日――

 「先輩」

 「ホシはまだ近くにいるってことですよ」

 「やりましょう、先輩!」

 ――情熱が見える。この頃は、この情熱がいつまで続くかなとか、思ってたっけか。


 9月6日、9月7日、9月8日――

 「まだ暑いですねぇ先輩」

 「コーヒー要ります?はい、ブラックですね」

 「こう、事件がないのが1番なんですけどね」

 

 11月18日、11月19日、11月20日――

 「許せまんよ……犯人は」

 「ようやく掴みましたね……証拠」

 「いいんですか!手柄を横取りされて!」

 ――あぁ、もう秋だと言うのに、彼は熱かったな。


 12月25日、1月3日、 1月28日――

 「クリスマスも仕事ですねぇ先輩」

 「年が明けても仕事ですね、先輩」

 「風邪ひかないようにしないと、ですね」


 2月28日。

 「先輩、誕生日おめでとうございます」

 ――その時貰ったのは、高級ブランドのチョコレートだったな。


 3月、4月、5月、6月、7月、8月。


 9月15日、9月16日、9月17日――。

 「ようやく白雪姫の足取りを掴みましたね……」

 「ここらかですよね、先輩!」

 「やれますよ!俺と先輩なら!」

 ――あぁ、駄目だ。このままだと着いちゃう・・・・・

 巻き戻さないと、巻き戻さないと――。

 リモコンの左矢印のボタンを2回押す。映像が乱れながら巻き戻っていく。

 「また逃げるの?」

 背中から声がした。振り向くと、そこには父の遺影を抱えた幼い日の鍵子が立っていた。

 ――違う、私は逃げてなんか。

 「違くないでしょ」

 幼い日の鍵子が、近づいてくる。

 「そうやって、見たくないものを見ないんだ」

 父の遺影が、いつの間にか母の写真へと変わっていた。

 その顔は、黒いクレヨンで塗りつぶされていた。

 「ちゃんと見てよ」



 「……さん、斑目さん?」

 ハッと、意識が現実へと引き戻される。

 「すいません、私……」

 鍵子は自分が冷や汗をかき、軽い過呼吸になっている事に気がついた。

 胸に手を当てる。鼓動が速い。

 「軽い過呼吸みたいですが、大丈夫ですか?少し休んでいきます?」

 芝鮫が心配そうに鍵子を見る。

 「いえ……大丈夫です」

 鍵子はそう答えると、深呼吸をし、ゆっくりと息を整える。

 しばらくするとだいぶ落ち着いた。

 鍵子は自分の意識が離れるまでの会話は覚えていた。

 だが、一番重要な事はまだ聞けていなかった。

 「……芝鮫さん、ケーメン病が治る可能性は、あるんですか」

 その質問に、芝鮫は困ったように目を逸らした。

 「自然治癒の前例は確かに、存在します。ですが、ハッキリとした数字をあげるには、症例が少なすぎて、なんとも」

 「……そう、ですか」

 鍵子は唇を噛み締める。

 なんて、無力なのだろうか。

 膝の上の拳を強く握る。

 鍵子は自分にはできることは何も無いのだと、痛感した。

 


 「死神について、教えてくれ」

 中華料理屋、ハオチー。店内の右奥の、入口からは丁度見えない4人席。

 そこが決まって、籠目とサソリの仕事場だった。

 死神。その単語を聞いて、籠目と向かい合うように座っていた蠍の眉が、ピクリと動いた。

 「へぇー。やっぱり、その話題に来るわけだ」

 サソリは指を3本立てる。

 「チッ……おら」

 籠目は舌打ちしながら、福沢諭吉を3人サソリに渡した。

 「毎度あり〜よーしQ、好きなの食べていいぞぉ」

 「ん。これと、これと、これ」

 Qはサソリにメニューを4箇所ほど指さす。サソリは頷いた後、店員を呼び注文を済ました。

 「よーし、じゃあ"お話し”ましょうか」

 サソリはそう言うと、数枚の顔写真を机に並べた。それぞれの写真に写っている人物達には、パッと見共通点のようなものは無く、年齢や性別も違っていた。

 だが。

 「……これは」

 「見覚えはあるでしょう?警察なんだから」

 「そらな」

 籠目には分かる、共通点があった。それは。

 「全員、”死んでる”」

 「正解」

 そして、籠目は写真の中に1つ、つい最近見た顔が混ざっているの気づいた。

 「金剛豪牙……?」

 異常な身体能力の超能力者であり、つい最近に籠目と鍵子が捕まえた殺人犯であり、留置場で死を遂げた人物である。

 「さて、問題です。どうしてこの人達は死んだ、いや。殺された・・・・?」

 サソリが代金の1万円札を人差し指と中指で挟み、ヒラヒラさせながら話す。   

 「あぁ、クソ、そういうことかよ」

 籠目が右拳で頭を叩く。

 サソリがニヤっと笑った。

 「お気づきで?」

 「おかげさまで」

 籠目がサソリを見る。

 「……まさか情報がこれだけってんじゃないだろうな」

 「もちろん。心配しなくても、ある分・・・は話しますよ」

 区切りを付けるかのように丁度、Qの頼んだ料理が運ばれてきた。

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