第5話 代行者 中

 「……どこに向かってるんですか?」

 「ヒ・ミ・ツ」

 夜の暗闇で、顔の部分に真っ暗な影を作った籠目が振り返る。

 今の籠目はフードの上から黒いテンガロンハットのような帽子を被っていた。

 外見は思いっきり不審者であり、顔の部分はもはや何も見えない。

 「……」

 鍵子は苛立ちを鎮め、籠目の後を着いていく。

 夜の街は騒がしく、恐ろしい。ちょっとでも暗闇に足を入れれば、そこには無法地帯が拡がっている。

 「……あっ」

 ビルとビルの間に広がる裏道が、暗闇が目に飛び込んでくる。

 脳裏に、あの晩の光景が過ぎった。

 思わず鍵子の足が止まり、立ち尽くす。

 「そら」

 「痛っ」

 鍵子の頭に籠目のチョップが落ちてきた。

 「行くぞ」

 「……はい」



 籠目は繁華街より少し離れた辺りにある、1件の中華料理店の前で足を止めると、引き戸を開けて店内へと入っていく。

 店内の様子は絵に書いたような下町中華で、壁には手書きのメニューやポスターが貼られいた。

 「なんですか、ここ」

 「中華料理店、ハオチー」

 「いやそうじゃなくて……」

 鍵子の発言を無視し、籠目はズケズケと店の奥へと進んで行く。

 1番奥の4人席に着くと、足を止めた。

 「よっ」

 籠目が右手を上げて挨拶する。

 その席には既に2人座っていた。

 1人は映画のマフィアが着るようなトレンチコートに、これまた映画に出てきそうなつばの広い帽子を被った男性であった。右目に眼帯をつけており、その眼帯のデザインは3つの望遠鏡をくっつけたよつで、まるで顕微鏡のレンズのようであった。

 もう1人はモノクロのゴスロリ衣装で、ロングスカートのメイド服をもっとゴチャゴチャさせたような服装の少女であった。その子の隣には同じくモノクロの、クラッシックな装飾の施された竹刀袋が立てかけられていた。

 真っ白な長い髪の毛に、表情の無い整った綺麗な顔。まるで、人形のようだった。

 「……これはまた」

 なんとも、2人とも現実離れしている。まるで、アニメのキャラクターみたいだった。

 さらに言えば、横にいる籠目もフードの上から帽子と、滅茶苦茶怪しい。

 ここがコスプレ会場でもあれば頷けるが、如何せんただの中華料理店である。

 「よっこいしょと……」

 籠目は奥に詰めて椅子に座る。

 「でぇ、今回は何の件で?」

 トレンチコートの方が口を開く。

 「ちょっと待ってください」

 だがそれを遮るように、鍵子が口を挟む。

 「……あぁ、お前立ったまんまだったな」

 籠目が椅子を叩く。

 「え?あぁ。あぁ、どうも」

 鍵子は席に着く。

 「じゃなくて 」

 「お待たせしました。麻婆豆腐、醤油ラーメン、チャーハン大盛り、八宝菜になります」

 お盆を両手に持った男の店員が机の横に立つ。

 「あぁ、コイツのです」

 マフィア姿の男の方はゴスロリの少女の方を指さす。

 4つの料理が机の上に置かれ、食慾をそそる匂いが香り立つ。

 そう言えば、今日は昼を食べてない。

 空の胃袋を刺激され、思わず料理を凝視してしまう。

 「……なんか頼むか?」

 籠目がメニューを手に取る。

 「あぁ、じゃあ……じゃなくて!その2人は何者なんですか!私抜きで話を進めようとしないで下さい」

 そう言うと、トレンチコートの方が手をパンと叩いた。

 「そうですねぇ、そういや挨拶がまだでしたね」

 マフィア姿の男はニッコリと笑い、鍵子を見る。

 目を閉じ、優しく口角を上げる、それが作り笑いなことは、鍵子にはすぐ分かった。

 「俺はサソリ・・・です」

 サソリは次にゴスロリの少女を指差す。

 「こっちはQキュー、俺の用心棒です」

 Qは意に介さずラーメンを啜っている。

 「……挨拶しような、Q」

 「……」

 Qは何一つ反応せず、料理を口へと運び続けていた。

 「……まぁ、コイツのことは気にしないで下さい」

 サソリは苦笑いを浮かべる。

 「はぁ。サソリさんとQさん……」

 「もちろん偽名ですよ?」

 偽名に服装、怪しすぎる。

 そう思いつつ、不信感を飲み込む。

 「……まぁいいです。私は鍵子、斑目鍵子です。よろしくお願いします。それで、その職業ってなんですか……」

 「情報屋です」

 「はぁ、情報屋。……情報屋!?」

 鍵子は目を丸くして籠目の方を見る。

 「ん?なんだよ。コイツらは信用できるぜ」

 「いや、そーじゃなくてですね、仮にも警察がこんな!」

 「へー、じゃあどーやって調べんだ?」

 「それは――」

 籠目は両手を頭の後ろに回す。

 「お前だって分かってんだろ。そのまんまやればハンコ押して上に投げるだけだって」

 「……」

 鍵子は何も言えなかった。

 それが現実だということを知っていたから。

 ここはタライ回しにされ続けた果てに着く係だ。

 ならばこれ以上はもう何処にも・・・・行かない。

 行き止まりだ。

 「あのー、そろそろ仕事の話、してくれませんか」

 サソリが退屈そうに頬杖を着いていた。

 隣のQはラーメンを食べ終わり、今度はチャーハンを食べ進めている。

 「悪ぃ。本題に入ろう。……心臓をちぎり取る殺しの事で、なんか知ってることはあるか?」

 サソリの眉がぴくりと動く。

 「ふーん、"死神”の方じゃねぇのか」

 「あ?んだ死神って」

 「別料金」

 サソリは右手の人差し指と親指でお金のマークを作りながらニッコリと笑う。 

 籠目は舌打ちをする。

 「……そっちは今度でいい、今は心臓の方だけ聞く。ほら」

 籠目はそう言うと諭吉を数枚財布から取り出して、サソリに渡した。

 「毎度あり。それじゃあ……はいよ」

 サソリは自分の横に置いていたトランクケースを開くと、3枚ほど写真を取りだした。

 「これは……」

 鍵子が写真を覗き込む。

 そこには、白いタンクトップ姿の大柄の男が、人間の胴体を貫いている様子が写っていた。

  「とある筋から買い取った写真でね」

 「なんで、こんな写真が存在したらネットやらなんやら……。それに、警察の方にはこんなもの――」

 鍵子がそこまで言った時点で、籠目は頭を抑えて大きなため息をついた。

 「お前なぁ」

 「何よ」

 「バカなの?」

 Qが一言呟いた。

 「ッ……あんたらねぇ……」

 鍵子の額に青筋が立つ。

 「まぁまぁ、少し考えてみましょーや鍵子さん」

 サソリはニコッと笑うと話し始めた。

 「メディアや警察が真面目に取り合うとお思いで?ネットにあげて、それで?今じゃこんなものはいくらでも作れる。夏辺りによくやってますでしょ?心霊映像とか心霊写真とか。それと同じですよ。でも逆に、もしこれが本当にヤベー代物だったら?」

 ニコニコした笑顔が、ニヤリと歪む。

 「消される。表に回るモノの全ては娯楽の範疇を出ないんです。だからこーゆー代物は、幾分かの金にしちまうのが賢いんですよ。ついでにこれの出処を教えるなら、俺はそれを分かってなかった阿呆にそれを教えてあげたんです」

 鍵子は写真から目線をサソリに移すと、口を開く。

 「……じゃあ私からも1つ。これが作り物じゃない、ホンモノだって証拠は?」

 「この俺が売ってるってことです。金は信頼から生まれる。偽物ばっか売り捌いてちゃあ信頼は得られないし、恨みを買って死にかねない」

 サソリは右手を差し出し、顔を悪い笑顔から作り笑顔に変える。

 「貴方とも友好関係をきずけると俺は嬉しいですよ」

 「……」

 鍵子は右手を伸ばすが、途中で手を止める。そのまま、眉をしかめサソリの右手を見つめる。

 「……斑目、コイツらは確かに、現実離れしているが――」

 「分かってます」

 ――違うんだ。そんなんじゃない。

 鍵子の手を止めていたのは、もう2人に対しての不信感ではなかった。

 もっと、陳腐で、下らなくて、青臭くて――。

 「……」

 渋い顔のまま鍵子はサソリと握手を交す。

 「よろしくお願いします」

 サソリの顔は作り笑顔のままだった。

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