第4話 代行者 前

 父が死んだから。


 母が壊れたから。


 犯人が死んだから。


 真実を知るために、警察になった。

 上に這い上がるために、常識を信じた。

 刑事として、化学を信じた。

 信じていた全ては、私をここまで連れて来てくれた。


 なのに、なのに――。

 

 真っ暗な闇の中、目の前には幼い頃の私が立っていた。

 幼い私が、虚ろな目の私が。

 父の遺影を抱きかかえた私が、私を見てる。

 「私」を救えるのは『私』しかいないのに。



 「……あれ」

 「おう、起きたか」

 いつの間にか、寝てしまっていたらしい。

 目を開けると、鳥籠の頭が目の前にあった。

 「……すいません」

 「いいよ別に。一度に詰め込むには些か情報量が多い」

 「どれくらい寝てました?」

 「……10分ぐらい?」

 「……質問いいですか?」

 「おう、なんでもどうぞ」

 「記憶喪失でその頭で、どうやって警察官になったんですか」

 「あー。この係にはな、もう1人、係長が居るんだけどな。今は……てか、基本的にあんまり居ないんだけど。俺が記憶を無くして、頭もこんなんになってて途方に暮れてる時に、その人に拾われてな。お前は警察官になれ〜って、言われてな。叩き込まれたんだ。簡単に言うとな」

 「また随分と突拍子の無い話ですね」

 「まぁな」

 ちょっと寝たからだろうか。

 こんな異質で有り得ない事態を、現実だと受け入れ始めてる自分がいた。

 「てか仕事だ仕事、始めるぞ」

 そう言うと籠目は資料をバンバンと机に叩きつける。

 「……私は今、この異様で異質な現実を受け入れてしまっている自分がいることが嫌になって二度寝がしたい気分です」

 「職務怠慢だぞ」

 「元凶が正論叩きつけないでくれます?」

 「……」

 籠目は鳥籠の上の部分を右人差し指でカツンカツンと叩いた。

 「……頭でも掻いてるつもりですか?」

 「うるせえ!始めるぞ!」

 籠目はバン!と強く机を叩いた。

 「よし。えー、被害者は今のところ全部で3人。3人にこれといった関係性は確認できないが、共通点があった」

 「……はぁ、それは?」

 鍵子は眠そうな目のまま答える。

 「全員、そのままいけば"犯罪者”として裁かれていた人間だった」

 「え?」

 パチリと鍵子の目が開く。

 「ほれ」

 籠目は被害者達のページをそれぞれバラして机の上に並べる。 

 「1人目は麻薬の中毒者ジャンキー。左腕には大量の注射跡があり、自宅からは麻薬と注射器が見つかった」

 30代位のニット帽の男の写真を指でとんとん叩きながら話した。

 「次、2人目。コイツはとある女子高生のストーカーをしていた事が判明した。……残念な事に、警察はちゃんと相手してなかったみたいだけどな」

 次は20代位の四角いメガネの男を叩く。

 「最後、3人目。コイツは逆に麻薬の売人だったらしい。言わずもがな悪人だな」

 最後は、40代後半位の仏頂面の男を叩いた。

 「全員、このままいけば周りを巻き込んでロクでも無いことをしでかすような奴らだな」

 それを聞いて、鍵子は眉をひそめた。

 「警察の代わりに、裁いてるとでも言いたいんですか」

 「さぁ、知らん。それを突き止めて、ちゃんと司法の元に叩き出してやるのが、俺らの仕事だろ」

 「……そうですね」

 「そろそろ夜か」

 「聞き込みとか捜査は明日からですかね」

 「聞き込みィ?今更何聞くんだよ」

 「はい?いやまだ何も聞いてな」

 「阿呆ゥ、地取りなんてもうとっくに一課がやってるに決まってんだろ。検死が降りてきてんだぞ?一課がやること全部・・・・・・・・・・・やって駄目だったからこんな所に回って来てんだろ」

 「……」

 考えてみればそう、その通りなのだ。

 部屋に入った途端から分かっていた。ここは所謂行き止まり・・・・・だ。

 だが、もう少し言い方とか無いのだろうか。

 鍵子は渋い顔で籠目を見る。

 「じゃあ、どうするんですか」

 「まぁ、アウトローにはアウトローのやり方があるんだよ、着いてきな」

 どっちが正面かも分からないが、籠目が鍵子の方を向く。

 ただの鳥籠のはずなのに、笑っているような気がした。

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