第3話 籠ノ目 後

 「はい、籠目さん。いつも通りお願いします」

 「おう、ありがとう」

 「じゃ、僕はこれで」

 新島と名乗った男は籠目に資料を渡すと、そそくさと部屋を後にした。

 「さてさて、仕事が来たよ。ほれ、お前の分」

 そう言うと籠目はホチキスで留められた資料を鍵子に渡し、リクライニングのようにだらりと椅子に座って資料を眺め始めた。

 鍵子は渡された資料に軽く目を通す。

 それは、殺人事件であった。

 「なっ……殺し・・が回ってくるんですか!?」

 「おう」

 「そんな……」

 つい最近まで捜査一課に務めいていた鍵子は、驚きを隠せなかった。

 なぜなら、捜査一課こそ、主に殺人事件などの凶悪な事件を担当する部署だからだ。

 鍵子はプライドを持って捜査一課の職務に当たっていた。

 当然、そこには責任も、誇りも含まれている。それは、多忙かつ危険な職であるからこそ、生まれるものであった。

 そんな鍵子にとって、この現実は、なんともやるせなかった。

 「まぁとりあえず読めよ」

 そんな鍵子の思いなど他所に、籠目は気楽に言う。

 自分の中にふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じながら、鍵子は訝しげな目で資料を読み始めた。

 資料には被害者の名前や、死因、死体の写真、検死の結果が書かれていた。

 被害者は全部で3人。そのどれもが、左胸に腕1本分くらいの穴が空いており、そこにあったはずの心臓・・が被害者の横に転がっていた。

 そして、何よりも不可解なのが、心臓に手形のような跡がついている事だった。

 これは、まるで――。

 「心臓を、ちぎり取られた・・・・・・・みたい。こんなこと――」

 「ありえない。ってか?」

 思わず言いかけた言葉を、籠目に言われた。

 「ふん、だからここに回って来たんだろ?有り得ない死に方、不審死・・・だってな」

 少し前までの自分の考えを、そのプライドごと否定された気がした。

 だが何よりも、自分自身がその言葉を発しようとしていた事が、許せなかった。

 「……何か、何かトリックがあるはずです」

 「どういう?左胸に穴が空くようなことしたら、そのまま心臓も木っ端微塵だろうよ。そもそも、左胸に穴をぶち開けるような物があるのかどうかも怪しいけどな」

 「それを解明するのが、私たちの仕事なんでしょう?」

 「まぁな。ま、やってみてどうしようもなかったからバツつけて上に送るだけだ」

 「そんないい加減な……!」

 「なんだい、分からねぇもんは分からねぇんだから仕方ねぇだろ」 

 左遷、プライド、それを自分で否定しかけた不甲斐なさ、そして、トドメと言わんばかりの籠目のいい加減な態度。

 鍵子は、自分の感情を抑えられなくなった。

 バン、と机を叩き、立ち上がる。

 「私は、私は何も超常現象を信じたわけじゃないんですよ!あの夜に起きた出来事だって、何かトリックがあると信じてる!超能力なんて、冗談じゃない!だから私はその真相を突き止めたかった……!なのに、こんな所に送られて!」

 「……」

 籠目は何も言わず、ただ黙って聞いている。

 「さっき、資料を渡し来た人がいつも通り・・・・・って言ってましたよね?それって、形式的に再調査・・・・・・・を行うだけ行って、その結果を上に送り付けてるだけなんじゃないですか。……どうなんですか!」

 「……はぁ〜。仕方ないなぁ」

 そう言うと籠目は立ち上がり、鍵子の目の前に立つ。

 「驚くなよ」

 籠目はフードを掴むと、ゆっくりと外す。

 そこにあったのは人間の顔ではなく。

 中に火のついていない蝋燭が置れていた鳥籠であった。

 「……は?は、はぁぁ!?」

 鍵子は目を丸くする。

 「驚くなって言ったろ」

 「え、いや……えぇ?」

 さっきまでの怒りが吹っ飛び、衝撃と困惑で上書きされる。

 「……被り物?」

 「なわけあるか」

 そう言うと籠目は鳥籠の隙間に手を突っ込む。

 被り物であれば、頭を貫通していることになる。

 ――そんな馬鹿な。

 「トリックなんて無いぞ、俺の頭は鳥籠コレなんだ」

 「……そんな」

 「分かったろ?世の中には、科学や常識の範疇では測れないことが、存在してるのさ」

 ガラガラン。

 今まで信じてきた様々なものが、音を立てて崩れていくのを、鍵子は聞いた。

 「……は、はは」

 笑うしか無かった。

 籠目の頭が鳥籠なのが、それがこの世に超能力が存在する証明だとでも言うのなら。

 そんなの、全てのインチキ・・・・がまかり通ってしまうでは無いか。

 「……なんで、そんな頭になったんですか」

 「さぁな。俺には記憶が無くてね、気づいたらこの頭で、路地裏に横たわってた。何も覚えてねぇのさ」

 「……そうですか」

 鼻で笑いながら鍵子は答える。

 体の力が抜け、椅子に深く座り込んだ。

 ――なにこれ?夢?

  悪夢にしては随分とタチが悪い。

 ズキリ。

 右胸の鈍痛が、これは現実だと訴える。

 何を理解するにも、時間が必要だった。

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