夢で見た花

春嵐

夢で見た花

 誰も信用できない生活だった。普通に暮らしながらの、任務。この場所のどこかに、狐が入り込んでいるらしい。かなり精巧な隠れかたをしているらしく、正義の味方でも特定にかなりの時間を要している。まだ見つからない。

 最近、夢を見るようになった。何かを、見つめる夢。目が覚めると、記憶はなくなる。何を見ていたのか。それだけが、思い出せない。懐かしいような、切ないような、そんな気分にさせられる夢だった。


「ぼうっとしてますね?」


 また、彼女。

 最近、よく自分の近くに寄ってくる。信用はできない。どこから狐が来るのか分からないから。


「眠いんだ」


 正直な気持ちだった。誰も信用しない。何にも気を許さない。コミュニケーションがなくなれば、退屈にもなる。自分の存在そのものを秘匿する関係上、他の正義の味方とも連絡がとれない。完全な独自機動状態。要するに、暇。


「寝ていいですよ。あとはわたしが」


 まるで自分の膝で寝ろと言わんばかりの仕草。まったくもって信用できない。


「じゃあ、頼む」


 彼女から離れて、眠る。夢を、見るだろうか。今度は、覚えていられるだろうか。


「あ。おはようございます」


 やわらかい。

 枕。

 ふともも。

 体重を乗せないように、ゆっくりと起き上がった。


「なんで膝枕」


「いや。だって。寝てたから」


 信用できなかった。睡眠中とはいえ、身体をさわられれば目が覚める。正義の味方としての戦闘術も持っている。持っているけど。気付かなかった。


「狐か?」


「え?」


 自分の気が緩んでいるのか。自分の首《》もとに手をやって、状態を確認する。正常。乱れは感じられない。


「ここは現実か?」


「え?」


「ここは。現実か?」


 2度聞く。分かりやすいように、2度目はゆっくり。

 彼女の手が伸びてくる。大丈夫。一瞬で制圧できる。肘をとれば簡単にめられる。


「えいっ」


「いでっ」


 頬を張られた。それだけ。いつでも制圧できたが、それ以上の動きはなかった。


「いたかったですか?」


「いや、まあ、そこそこ」


「じゃあ現実ですね」


 彼女。なぜ、彼女だけが。


「あっ」


 理解した。


「おい。最近、おかしいと思うことはあるか?」


「おかしい?」


「自分以外の人間が、人間と感じられなくなるような」


「はい。あります。というか、なんか、あなた以外が、みんな、ひとじゃないみたいで」


 そういうことか。

 携帯端末を取り出して。連絡を取る。

 夢。そうか夢。


「おい。俺にくっついていてくれ」


 彼女が自分に寄ってくるのは、他人の体温を感じて夢に落ちないようにするためか。


「えっなんかはずかしい」


「そんなこと言ってる場合か。次に眠って、目が覚める保証はないんだぞ」


「いや、よくわかんないです」


「とにかく来い」


 ここは現実。

 だから、連絡は取れるはず。


『お使いの番号は、現在使われておりま』


「使われておりますよ。茶番はいいから。非常事態だ。非常事態過ぎる」


『なになに。どした?』


「俺の周り。潜入した、ここ一帯。全員狐だ」


『は?』


「俺と。あと取り残された女がひとり。二人を除いて、全員が狐だ。たぶん全員眠らされてる」


『うっそでしょ。RCCに異常はないぞ』


「そもそも測定されてないんだ。機材含めて全部狐の夢の中になってる。こちらからは抜け出せそうにない。なんとかしてくれ」


 通信が切り替わる。


『あらかたの状況は分かった。残念だがこちらから増援は送れない』


「流星でもだめか」


『もう、そこら一帯がこことは違う場所になっている。今から任務を更新する。お前がその狐の中核を壊して、こことそこを繋げるんだ』


 夢の中。

 もう一度。眠りの中へ。彼女と共に。


「ここは」


「夢の中だ。たぶん」


 眠らされた。

 でも、その前に任務を更新してきた。


「よし。行くぞ。離れるなよ」


「あっ。待って待って」


 夢の中を歩く。立っているような、浮かんでいるような。上も下も、前も後ろもない空間。


「あっ。見て」


 彼女が、それを見つけた。


「これか」


 花。

 夢で見ていたのは。この花だったのか。


「よし。よくやった。これを壊せば」


「待って。待って待って」


 彼女が、自分を止める。握られた手が引っ張られて。脚が止まる。


「おい。何を」


 花に。集まってくる。

 あれは。狐か。


「みんな。あの花を見に来てる」


「は?」


「お花見なんだ、たぶんこれ。ね。綺麗なお花」


 たしかに、RCC値に異常はないと言っていた。しかし、自分も彼女も、夢から出られなくなっている。


「ね。もうちょっとだけ、わたしたちもお花見しませんか?」


「そんな悠長な」


 狐。

 近寄ってくる。


「おい」


 背中に乗せてくれた。危険は感じない。

 花の近くに。


「わあ。きれい」


 たしかに、綺麗な花だった。

 それでも。どうせ起きれば忘れる。

 狐が寄ってくる。


「もしかして、わたしたちと、仲良くなりたいだけなの?」


 彼女が、おそるおそる狐にさわってみる。

 狐。なでられて、うれしそう。

 自分も、勇気を出して、さわってみる。手をがじがじ噛まれた。でも、いたくない。


「信用してよかったのか」


 狐の顔。はてなマーク。


「よく分からんな」


 よく分からないけど、花があって、狐がいる。何か危険なものもない。

 花弁が、1枚ずつ、落ち始めた。


「あれがすべて落ちたら、ここも無くなるな」


 そんな気がする。







 目が覚めた。

 今度は、自分の膝の上で彼女が眠っている。

 携帯端末。


『おい。おい応答しろ。生きてるか。寝てんのか』


「はい。おはようござす」


『なんだおまえ。無事か』


「おそらく、無事です」


『よし。それはよかった。おはようござす』


 彼女。気持ちよさそうに眠っているが、そろそろ起きそうだった。


『何があった。狐の中核はどうした』


「狐の中核」


 夢の中で。何かを見たような気がする。


「思い出せません。夢の中のことなので。狐のほうは?」


『RCCに異常はない。空間も曲がってない。お前、何をやってきたんだ?』


「わかりません。寝てただけなので」


 思い出せなかった。

 ただ、綺麗な何か、切ない何かを、感じる。

 それが何かは、思い出せない。


「ん」


 彼女が、起きた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢で見た花 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る