校舎探索
ソフィアさんはまだいないようであったけれど、現場には大きな3階建ての建物が本当にあった。
「これが例の校舎か…」
とイザベラさんの頭に乗せられているててさんがつぶやく。落ちないのかな。
「そーなんですの?」
とイザベラさんは頭をほんのりゆらゆら揺らしている。落ちないのかな…
「何でできているんでしょう、この建物…木や石では無さそうです」
「鉄筋コンクリートじゃないか?鉄で骨組みを作って型枠という枠組みにコンクリートを流し込む奴」
「コンクリートか…外からやってきた技術の一つだと話には聞いたことがあるんですけど、実物を見るのは初めてです」
僕がててさんと話している横でイザベラさんは建物の壁をぺちぺち叩いたり撫でたりしていた。
「あれまぁ~、ひんやりしておりますわぁ~」
「触った感じはどうでしょう、イザベラさん?」
と僕は聞いてみたところイザベラさんは
「ふしぎですわ……ひんやりしていて、触るとざらっとしていて、ふしぎですわ!」
と壁を叩いたり撫でたりする。
そんなこんなしているがソフィアさんはやってこない。
「……ソフィアさんが来ないなら先に入っちゃうか?」
とててさんが提案した。入ってしまおうか…?宮廷でソフィアさんから言われた警告を忘れた僕がそう思った時だった。
「いけませんよ!クリスさん!」
と聞き覚えのある声がした。
振り返るとそこにはソフィアさんがいて、僕はつい思わず「ソフィアさん!?」と叫んでしまった。
「はい、宮廷魔術師ソフィアさんです。遅れて申し訳ありませんでしたね」
ソフィアさんはそう言って微笑みながら歩いてきた。
「この建物はこの世界のものではない、この世界にとって未知の存在なんです!知らないものを勝手に弄ったりしちゃあ駄目でしょう」
「ごめんなさいソフィアさん……以後、気をつけます……」と僕は素直に謝るしかなかった。
「まあまあ、そんなにクリスを怒らないでくれよ…俺が最初に提案したから俺が悪いんだよ」
とててさん。
「まあ、来ていただけたんですねててさん。今日はよろしくお願いしますね」
「あ、うん、こちらこそよろしく頼む……」とててさんはちょっと気恥ずかしそうだった。
「わたくしも一緒に行ってよろしですの?わたくしもお手伝いしたいのですわ!」
「いいんですけど、危ないことはしないでくださいね」
とソフィアさんは子供に諭すように優しく答えた。
まあ、実際イザベラさんは子供みたいなもんだからおかしいことではないか。
「わかりましたわ!危ないことはいたしませんわ~!」
とイザベラさんは嬉しそうに跳ねる。
ててさんを頭に乗せるのは危ないことじゃないのかな……
「……時間ですし校舎の中に入りますか……皆さん準備は大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
「俺はいつでもOKだよ」「わたくしもですの!」
とててさんとててさんを頭に乗せたイザベラさんも元気よく返事をした。
「それじゃあうっちゃりますか!」とソフィアさんが言い、校舎の中へと入った。うっちゃるって?
「人でなく建物が異世界から送られてくることなんて今までにあったんですか?」
と僕はソフィアさんに質問する。
「そうですね……少なくとも私の知っている限りでは初めてですね」
とソフィアさんは答えた。
どうやら今回はソフィアさんにとっても未知の出来事らしい。
「あれまぁ、ふしぎなこともありますのね!世の中ふしぎがたくさんでよいことですわ!」
「イザベラさんは不思議なことがたくさんある方が嬉しいの?」
「もちろんですわ!心がわくわくのわくになりますわ!」
と言いながらイザベラさんは辺りを見回している。
建物の入り口の扉を開けると、そこには小さいホールのような空間が広がっていた。
「ここは昇降口という履いてきた靴から上履きという室内用の靴に履き替えるための場所だな」
とててさんが説明する。
「でもここには靴が一足もありませんわ!なぞですわ?」
イザベラさんが首をかしげた。
「う~ん、今は休みの時期で生徒がいなかったから、とかかなあ……」
ててさんは歯切れ悪く答える。
「しかし、あっちの世界では外用の靴と室内用の靴があるんですね」
と僕が感心していると、
「地域や建物の種類によってだいぶ事情が異なると思いますよ……さて、ここで立ち止まっていても仕方ありませんし、とりあえず進んでみましょうか」
「そうですね、進みましょう」
と僕たちは歩き出した。
廊下にはところどころ教室のようなものがあって、中に入ってみると黒板があった。
「異世界でもやっぱり学校は学校なんですね~」
と僕はつぶやく。
「学校っていうのは基本的には変わらないもんなんじゃないか?ただこっちの世界の場合は魔術なんかも絡んでくるんだろうけど…」
とててさん。
「確かにそうかもしれません」
と僕が同意すると、ソフィアさんが話しかけてきた。
「さて、ここで立ち止まっていても仕方ありませんし、とりあえず進んでみましょうか」
廊下エリアは薄暗い。
「ちょっぴり怖いですわ~……暗いのはにがてですわ~……」
イザベラさんはほんのりしょんぼりして、僕の上着の袖の端を掴んでいる。
「電気も通って無さそうだ」
とててさんが廊下のスイッチをカチカチと押している。
「うーん、そうみたいですね……ちょっと待ってくださいね」
とソフィアさんが言うと、
ソフィアさんがポケットの中から小さな機械を取り出して、その機械に付いているボタンを押した。すると機械の先から光が放たれる。
「あらま!明るくなりましたわ!」とイザベラさんは喜んでいる。
「あっ!!それは確か懐中電灯という向こうの世界の機械ですよね!?ソフィアさん、持ってらしたんですね!」
「向こうのものは魔術と違って準備が最低限で済みますからね。わたしは宮廷魔術師ですが、魔術にこだわる必要も無いと思っています。少なくとも仕組みを最低限理解している機械は使って良いと思っていますよ」
そう言ってソフィアさんは微笑む。
「パソコンやスマホは仕組みが複雑だからソフィアさんは使わないのか?」
ててさんは懐中電灯の光を見つめながらつぶやく。
「アレは過ぎた道具ですよ…今のこの世界には、ね」
とソフィアさんはててさんの方を向かずに答えた。
どの部屋も机や椅子がまばらに置いてあり、使われなくなってからずいぶん時間が経ってしまったようにも見える。校舎に入る前は異世界の人が一緒に飛ばされてるんじゃないかと思っていた僕は少し拍子抜けしてしまった。
「そういえばここの建物の中、誰もいないんですかね?全然人の気配を感じませんが……」
「いや……むしろこの建物はずっと前から使われていなかったんじゃないか?」「え?」
「私もててさんと同意見です」そんなまさか。
「あれまぁ……それはさびしいことですわ~」
「それじゃあ、誰かが意図的にこの場所を無人になるように操作しているということでしょうか!?」
「い、いや…たぶんそういう話では無いと思いますよ?」ソフィアさんが僕をなだめるように説明する。
「この学校はすでに廃校になったもので、それを誰かがこの世界に何らかの理由で送り込んだ…という事だと私は考えています。そうですよね?ててさん」
「うん、俺もそんな感じだと思う…現役の学校にあるような掲示物のようなものが全く無いもんなあ。学校として使われていた形跡はあっても教科書や個人のプリントの類いは無さそうだし…これは俺の予想なんだけど…この学校そのものがこの世界に『投棄』されたものなんじゃないかって」
「投棄!?一体誰がなんのために!?」
と僕は驚いて声を出してしまうが、
「イザベラさんがビックリしてしまうのであまり大きな声を出さないでくださいね、クリスさん」
と注意されてしまった。
「ぴぁん……」
イザベラさんもびっくりした顔をしている。
「話を戻しますが、この学校を送り込んだ目的があるとすれば……例えばこの建物の解体費用を惜しんだ、というのはどうでしょうか?一定の害意があるなら産業廃棄物のようなもう少し有害なものを送り込んでくるでしょうし、送るにしても有害な方式で送ることだってできるでしょう。逆に我々に対するプレゼントとするにはこの建物はあまりにも古すぎて、あまり有益なものでもありませんし」
「この建物をこの世界に送るという事実そのものが何かしらのメッセージという考え方もあるよなあ」
とててさんが続ける。
「メッセージ?一体どんな?」
「我々はこんなにでっかい建物を送れるんだぞ、なんならもっとヤバいものも送れるぞ、といった一種の威力偵察の一環とか…」
「まさか侵略目的?そもそも誰がやったんでしょうか?そしてなぜ今頃になって……まさか!」
昔、異世界からこの世界に飛ばされてきた人たちの中に自分たちの国を作ろうと大きな戦争を起こした人たちがいたとじいちゃんから聞いたことがあるけど、
最初から侵略のためにこの世界を狙う人たちも、ひょっとしたらいるのだろうか?
もしそうだとしたらこんなに悠長にしている場合じゃないんじゃないか!?
「ててさん、クリスさんを怖がらせないでくださいよ。わかっているのは『犯人』は『異世界から大きな建物を送れる』という事、それだけです。
今回はただの実験で次に本命の何かを送り込むのかもしれませんし……もしこの事実や一連の行為に何らかの意味があるのであれば、『犯人』は必ずこの後に何らかのアクションを仕掛けてくるはずです。」
「犯人の次の行動を待つ……ということなんですね、ソフィアさん。でも次の行動がとんでもない行動だったら僕たちはどうすれば…」
「攻撃目的なら最初からこの校舎を宮廷の真上に飛ばせば済む話ですからね。わざわざこんなところに配置したと言うことは少なくとも攻撃の類いではないと思いますよ。何も考えないで送り込んでいるなら我々が気づかないような遠方に送るという選択肢もあるでしょうし、そもそも送り先をここにすることもありませんしね。
現時点では何らかの意志がありそうなので最低限の注意は必要ですが、それ以上はどうでしょうね」
「油断させておいてこの学校をさらに宮廷の真上に飛ばすなんてことをされたらどうしましょう」
僕は心配になってしまっている。相手が何を目的にしているかわからないし、
こんな大きな建物を別の世界に転送できるような魔術を使える犯人(集団かもしれないが)はとんでもない力を持っているに違いないんだ。
「もちろん宮廷や城下町周辺にはしばらく対空間転移結界を貼ることにします。引っ越し業者には申し訳ありませんけどね…仮に今回の件が攻撃の準備行動であればそれに対して対応する時間を与える時点で相手は負けているんです。相手がマヌケならマヌケなりに排除すればいいわけですし、事は簡単に済みます。しかしそうでは無い可能性のことも考える必要がある」
「攻撃や示威でなければ目的は何でしょう……」
僕はいよいよわからなくなった。こんなに大きな建物を異世界から送ることができるのならなんだってできるだろうに、侵略でないなら何をやろうというのだろう。
「だから待つんですよ、クリスさん。それにわたしは宮廷魔術師ですが安楽椅子探偵でもあるので、あんまり身体を動かしたくないんです。」と冗談を言ってソフィアさんは笑った。
「そういえばソフィアさん……アメリアさんの引っ越し、今週だったと思うんですが……」
「あ~そういえばそうでしたね……手伝ってあげてくれませんか?」「えぇ~……」
それからしばらくの間僕らは学校を調査したけれど、生き物はおろか犯人の手がかりになりそうすら何も見つからなかった。異世界の学校の構造については結構勉強になったけど、イザベラさんは「わたくしお役に立てませんでしたわ~」としょんぼりしている。あんまりうなだれるものだからでててさんがイザベラさんの頭からずり落ちてしまった。
「あんまりしょんぼりするなよイザベラさん、せめて俺を手に持ってからしょんぼりしてくれ……」
「しょんぼり~ですわ~~」
力仕事に駆り出される事が決まった僕もしょんぼりだ。
だけどこのときには、事態が僕たちが思っている以上に進んでしまっている事に誰も気づいていなかったんだ。
ソフィアさんですら!
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