箱の家で食事(ててさんとイザベラさん)

 宮廷から歩いて数分。今僕の住んでいる『箱の家』に着く。


 『箱の家』とはこの世界に転生したら四角い箱だった(……と本人達は言っている)『箱の人』たちが住んでいる家のことだ。この世界にきた箱の人はみんな転生する直前の記憶を失っているのだという。箱の家と言っても外から見た見た目は普通の家だし、今は箱の人だけで無く僕やイザベラさんも住まわせてもらっているわけだけど……


 ここに住むようになった当初はいろいろ戸惑ったけれど、今ではすっかり慣れたものだ。ただ、イザベラさんについては、箱の家の住人の中では一番よくわからない。悪い子でない事はわかるんだけど……

 それにしても、僕が昼間宮廷で仕事をしている間、イザベラさんはどうしているんだろうか。ててさんによると買い物に行っているようで、箱の家にはいつもこの世界のものでない食べ物や機械が転がっていて、様々な異世界のインフラも通っているのだ。


 居間へと向かうといつものようにイザベラさんがいた。ソファの上で丸くなっているのだけれど寝ているわけでは無いのかな……?

 イザベラさんは僕が入ってきたことに気付いたようで「ぴあっ……」と驚いていたが僕の顔に気づくと

「あれま!クリスさん、おかえりなさいませですわ~……わたくしはちょっとおひるね中で、ねむベラさんでしたわ~」

と挨拶をした。


「イザベラさん、ただいま。ててさんはいる?」

とねむベラさん(イザベラさんは眠そうな自分自身のことをこう表現する)に尋ねると

「いるいる。イザベラさんがいるんだから俺もいるよ」

とててさんが機械(コンピューターという情報を扱う機械なのだという)の間からひょっこりと顔を出す。


「まだお昼ですわ!お昼ごはんは食べますの?」

とイザベラさんが聞いてくるので

「さっきソフィアさんから指示があって、これから仕事なんだ。だからすぐ食べられるものにしようと思ってるんだけど……」

と僕は答える。


「すぐ出かけるんだからささっと食べられるものじゃないといけないな……クリス、インスタントとかって食べたことあったっけ?」

「お湯をかけて食べるタイプのものは前に食べました。ラーメン、でしたっけ」

「なら今日はインスタントのカレーでも作るかな」

「つくる?あっためるのではありませんの?」

イザベラさんは無邪気そうに微笑んでててさんに質問する。

「……まあ、そうとも言うよなあ、確かに」

ててさんはほんのりきまりが悪そうな顔をしながらも食事の準備を始めようとしたが

イザベラさんが「わたくしが作りますわ!」と目を輝かせる。

「ちょっと心配だなあ」

とててさん。


「大丈夫ですわ!まかせてくださいまし!」

「そこまでいうならまあ、やってみるか、イザベラさん!」

「やりますわ!めっちゃがんばりますわ!」イザベラさんはやる気だが

「そこまで頑張るものでも無いから変に気張らなくて良いよ、イザベラさん」

とててさんが諫める。


「そーなんですのね。それならほどほどにがんばりますわ!待っていてくださいまし!」

そう言うとイザベラさんはキッチンの方へ向かった。


 イザベラさんがお昼を作っている間にててさんと話をしたけれどなるほど、異世界の機械(電子レンジという物質を振動させ熱を発生させる機械であるらしい……すごい機械だ)で熱を加えることで食べられるタイプのインスタント食品も存在するらしい。こっちの世界にも似たようなものはあるけれど、これでは料理とは呼べないというのも確かにそうだろう。


「イザベラさんのさっきの発言は純粋な疑問だったのか、それとも一種の嫌みだったのかな?クリスはどっちだと思う?」

と突然ててさんに聞かれた。

うーん、難しい問題だけど……そもそもこんなところで文法の授業みたいなことをされても……という気持ちもあるけど……

「なんとも言えないですね。嫌みなのかもわかりませんけど、イザベラさんが悪意を持って言っているようには見えませんでしたし…… 」

と僕は答えた。


「俺の観察によるとイザベラさんはさ、他人を攻撃したり他人に悪意を持ったりできないんだよ。そこがイザベラさんの人間になりきれない部分の一つなんじゃないか、って俺は思ってるんだけど…ああいった怒りや悪意の感情こそ、その人間の本質の一端が現れる……つまり、その人の剥き出しの人間らしさが現れる場面だと俺は思うんだ」

 人間ってそんなもんなんだろうか……僕にはまだわからない。ててさんが急に振ってきた人間らしさの話もいまいちわからない。

しかしまさか今回起こる一連の騒動で、ててさんの言うところの『剥き出しの人間らしさ』を垣間見ることになるなんて、このときには本当に思ってもみなかったな。


「そういえばクリス、ソフィアさんとはどんな話をしてきたんだ?」とててさん。

「ああ、実はかくかくしかじかで……それで、」と僕は宮廷であったことをててさんたちに話した。


「ふーん、つまりこの『校舎』の正体を調べに行くのか」

「そういうことみたいです。それで、向こうの世界にも詳しいててさんにもついてきてもらいたいってわけです」

「なるほどな。じゃあ一緒についていくしか無さそうだ。もっとも俺は箱だから、誰かに持っていってもらうことになるけどな」

「ありがとうございます。助かります」


 立方体…つまり箱の形をしているててさんは一人で外には絶対に出たがらない。

手足も生えるとか生えないだとかよくわからないけれど、一人で外に出るにはとても不便なのは間違いないだろう。イザベラさんの頭に乗せられて外に出かけたり帰ってきたりするところは僕も見たことがある。


 そもそもどうして箱の人達は箱の人になったのだろう?きっと不便だと思うのだけれどな。ひょっとしたら前世で起こした罪に対する罰の一環だったりするんだろうか?そんな考え事をしていると不意に

「どうしてクリスさんはあの建物を見たかったんですのん?」

とキッチンにいるイザベラさんが僕に聞いてきた。


 イザベラさんからそんなことを聞かれるなんて結構珍しいパターンだ。考え事をしていたこともあって僕は「ええと、それは……その……」と灸に頭を切り替えられずにいた。そこに

「クリスをかわいがってくれていたおじいさんが向こうの人だったんだろ?」

と僕の代わりにててさんが答えてくれた。


 そう、僕はじいちゃんが向こうの世界の人だと聞いていたし、じいちゃんから向こうの世界の話を断片的にはあるけれど聞いたこともある。だけどこの世界に生まれて育った僕には向こうの世界の実際のところをほとんど想像できないでいる。

 触れられる情報があるとすれば、この世界にやってくる異世界の人から聞ける情報やこの世界に流れ着いた異世界の遺物だけだ。だから、異世界のことを少しでもより知ることのできるであろう『校舎』に興味があったのだ。


 ててさんの言葉を聞いて

「なーるほど、ですわ!」

とイザベラさんも納得してくれたようだ。よかったよかった。


 そうしていると、今日のお昼ができたようだ。

「はいはーい!できあがりですわ!」

とイザベラさんが3人分の深めのお皿を持ってテーブルに置いた。

 そこには白い太い麺の上に茶色いスープや肉や野菜がかかった食べ物が乗っていた。

「ん…?ひょっとして今回、カレーうどん?」とててさんがイザベラさんに聞く。

「そのとおりなのですわ!冷蔵庫に余ってたうどんの上にあっためた『れとると』のカレーをかけましたわ!」

「へぇ〜、これがカレーですか。初めて食べます」

「正確にはカレーうどんだな。下がライスだとカレーライスになる」

「いいにおいがしておりますわ!」


 まず、フォークで一口すくって口に運ぶ。……これは……

「美味しい……!」

「おいしいですわー!!」とイザベラさんが叫んだ。

「この麺、モチモチしててすごく噛みやすいし、スープの味もよく絡んでますね!」

「厳密にはスープじゃないんだけど…まあいいや、イザベラさん、いいアドリブだったよ」

とててさん。

「わたくし照れてしまいますわ、てれてれですわ〜!」

イザベラさんも嬉しそうだ。


「お昼も食べたし、さっそく準備しないとな」

「ててさんはわたくしが持ちますわ~!」

「うわっ」

とイザベラさんはててさんを掴む。


「え、イザベラさんもついてくるの?」

と僕は少し驚いた。

「もちろんですわ!たのしそですので!わたくしもお手伝いがしたいのですわ!」

「まあ、本人が行きたがっているならいいんじゃないか?」

とててさん。

「れっつごー出発ですわ~!!」


 こうして僕らは、ソフィアさんから聞いた場所へと向かうことになった。

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