一章 岩手県遠野市『マヨヒガあるいは座敷童子』⑥

 翌日。目覚めた飯豊から事情を聞くと、やはり黒巫女が現れて、座敷童子から助けてくれたとの話であった。強盗もすぐに通報、警察に連行されていった。

 何はともあれ、飯豊の怪異はこれにて解決した。

 私が黒巫女と遭遇した話をすると、蒼子は意味深な溜息を吐いていた。もしかしたら蒼子は、黒巫女と何か関係があるのかもしれない。

 お礼と称して現金を渡そうとしてくる飯豊。しかし私達が完全に解決できた訳ではなく、蒼子は謝礼の受け取りを拒否した。


 その日。飯豊と別れた私達は、数多くの伝承が遺る遠野を少し観光しようと街へ出る。

『カッパ淵』と看板のついた小さな川で、私と蒼子は釣りをする。

 勿論、狙っている獲物は魚ではない。河童だ。そのため餌はキュウリである。

 カッパ淵は観光地として有名らしく人気は多い。竿を握って川の畔に座っていると、観光客と思しき小さな子どもに手を振られ、私は引きつった笑みで手を振り返した。

 蒼子が何気なく言う。


「ねえ縁。河童って本当にいると思うかい?」


 そんな事を訊かれ、私は吹き出した。

 怪異退治の仕事とし、つい先日もマヨヒガという怪異に行ってきた人間の台詞とは、とても思えなかった。

 私が黙っていると、蒼子が続ける。


「実は僕も今のところ河童って見たことがないし、被害にあったというという話も聞いたことがないんだ。もしかすると河童は、本当に伝承だけの存在な可能性がある。今と違って昔は人間が死ぬ事なんて日常茶飯事だったと思うし。河童の正体って実は、単に餓死した子どもが川を流れていただけで、それを見た人間が妖怪だと勘違いしただけかもしれない」


 なるほど、そういう考え方もあるか。まぁ私も、河童なんて見たことがなく解らない。

 私は応じる。


「……まぁ、いても不思議ではないんじゃないの? 少なくともいた方が浪漫はあると思う」

「確かに」


 相槌を打った後、蒼子は話を変える。


「そういえば縁、今回は色々助かったよ。来るときにも思ったけど、やっぱり長距離運転の旅行は一人よりも二人いたほうが快適だ。それに飯豊さんのヘルメットに最初に気づいたのも縁だったし。ありがとう、引き続きよろしく頼むよ」


 私は戸惑う。

 自分では解らないが、たぶん私は今引きつった顔をしていると思う。

 ありがとう、なんてお礼を言われると落ち着かない。

心が、ざわざわする。

 今まで周囲から邪険にされる事はあっても、礼を言われて頼られる事なんてなかった。

 混乱して声が出ない。 

 黙っていても会話が成立せず、私は声を絞りだす様に、どもりながら応じる。


「……ど、どういたしまして……」

「そういえばバイト代を出すって話をしていたよね。一日一万円でいいかな? あれも払うよ」

「いや、別に要らない」


 私は受け取りを拒否する。すると蒼子は微笑んだ。


「それじゃお金は払わないから、僕の友達になってよ」


 そう言われて混乱する。……私なんかと友達になって、何のメリットがあるんだ?

 私が返答に困っていると、ふと川の上流から、何かが流れてくる。

 それは木製の升で、中に米粒が入っている。何気なく私は、その升を川から拾い上げた。

 怪異の感触、マヨヒガの気配がする。この升は、マヨヒガの中に在る物の様だ。

 隣の蒼子が軽く口笛を吹く。


「恐らくそれはマヨヒガからの贈り物だね。どうやら縁は、マヨヒガに気に入られたみたいだ」


 私は半眼になる。


「気に入られた……って。あんな民家に気に入られて、何のメリットがあるの」


 見る限りは何の変哲もない升である。

 木の升をひっくり返し、中身の米を川に落とす。そして再び上に向けると……不思議な事に、その升の中には全部落ちたはずの米が入っていた。

 なにこの升。

 私は不思議に思い、何度も升をひっくり返して中身の米を落とし続ける。しかし落しても落としても、元に戻る形で升の中には米が出現していた。

どうやらこの升は、無限に米が湧くらしい。

 蒼子が笑う。


「それがあれば一生飢える事はなさそうだね」


 確かにそうだが、この飽食の時代に飢えを心配する必要はあるのだろうか。

 私は本音を口にする。


「ぶっちゃけ要らない。私、体重を増やしたくないから、炭水化物そんな食べないし」

「そうかい。なら、そのまま拾わなかったことにすればいい」


 言われたとおり、私はその升を再び川に戻した。

 升はせせらぎと共に流れていき、やがて川の中に沈んだ。


 あたかも、川底の河童に引きずり込まれるかの様に。

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