一章 岩手県遠野市『マヨヒガあるいは座敷童子』③

 私と蒼子、二人揃って魔寄せの札を頭に貼る。

 一見するとそれは髪飾りの様にも見えた。

 二人でお揃いの札を頭につけて街を歩くなんて、恥ずかしすぎて私にとっては罰ゲームの域であった。胸中、気が気ではない。

 日中の昼下がり、遠野駅の駅前。

 観光地であり周囲には旅行客と思しき姿が沢山あった。

 蒼子が元気に言う。


「棒も歩けば犬に当たる。後は適当に歩いて回っているだけで、怪異に当たるはずさ。どうせ歩くなら観光名所を回ろう。荒神神社とかデンデラ野に行きたいんだ」


 ……棒と犬、逆では?

 私は思うが、聡明な蒼子がそんな簡単な間違いを犯すわけがなく、わざとだろう。いずれにしても突っ込む気力すらなかった。

 私は欠伸をする。

 昨日は夜通し車を運転したため、とても疲れていた。とにかく眠くて仕方がない。


「……私は少し寝たいんだけど。日帰り温泉とか、どこか寝れる場所にいかない?」


 私がそう提案すると、蒼子が不服そうな顔をする。


「温泉なんて年寄りくさい。高校生なんだから二、三日ぐらい寝なくても平気だろう。三日連続カラオケでオールとかやるだろ」


 やらねえよ。

 私は友達とカラオケオールをやるようなパリピではないし、普通の高校生は二、三日寝ないと生活に支障が出る。まるで平気ではない。蒼子が体力お化けなのは良く解ったので、一緒にしないでほしい。

 話し合いの結果、とりあえず少し休憩する事になった。

 私は安堵の息を漏らす。

 駅前のため、探せばどこかに喫茶店ぐらいあるだろう。

 大きな荷物をもった観光客と地元の住人、高校生達が行き交う光景。見慣れないその雑踏の中で、私は喫茶店の看板を探す。

 すると視界の上で何か光った気がした。次の瞬間だ。

 突如、駅前に轟く爆音。巻き上がる砂埃。何かが崩れる音がして、私は思わず地面に伏せた。 

 何かが近くで着弾したかの様な、そんな印象。

 私は事態が落ち着くのを待つ。

 砂煙が落ち着き、顔を上げると蒼子の顔があった。


「縁、大丈夫かい?」

「……特に怪我はないけど。なに、隕石でも落ちたの?」


 周辺を見回すと、駅前は騒然としていた。

 私達の前を歩いていた女子高生の足下のアスファルトが崩れ、大きな穴が空いていた。やはり何か、隕石の様な物が宙から落ちてきたらしい。幸いにも落下地点の付近にいた女子高生に怪我はない様子だ。

 蒼子がその女子高生に駆け寄り、アスファルトに空いた穴を覗き込んだ。私もそれに続く。

 穴の奥には拳大ぐらいの石が落ちていた。高熱を帯びているらしく赤色と白色に輝いている。

 なぜ輝いているのか。普通の石は光らない。

 ……あれ、もしかして……。

 私と同じ考えに至ったらしく隣の蒼子が言う。


「まさかダイヤモンドか? 確かにロシアのポピガイ・クレーターには衝突ダイヤモンドと言う、隕石によって出来たダイヤモンドがあるという話はあるけど……」


 正直、私には隕石でダイヤモンドが発生した事よりも、ポピガイ・クレーターなんて蘊蓄が瞬時に出てくる蒼子の博識っぷりの方がビックリだよ。

 話を戻す。しかし凄い。拳大のダイヤモンドとか、大金持ちじゃん。

 しかしこの場合、ダイヤモンドは誰の物になるのだろうか。公道のため、やはり遠野市の物になるのか。どさくさに紛れて、私や蒼子、それこそ付近にいるこの女子高生が持ち帰ってしまってもバレなさそうであるが……。

 私は落下地点に最も近くにいる女子高生に視線をやる。ツーテールで風貌から察するに、年齢は私と蒼子と同じぐらいだろう。彼女は放心した様子でアスファルトに座り込んでいたが、ややあって呻く。


「まただ……」


 ……また? 私が心の中でそう疑問の声をあげる。

 すると今度は、何の脈絡もなくその女子高生の頭の上に黒い物体が落ちてきた。

それはナイロン製の無機質なバックである。隕石とは違い人工物のため、どこかの屋上から落ちたと思われるが……バックの中には多数の現金の束が覗いている。

なんだこのバックは。誰かが銀行強盗をしたものが落ちてきたのだろうか。


「……うぇぅ……ぐぇ……」


 現金の下敷きとなった女子高生は、蛙が潰されるような声を出している。

 私が言うのもなんだが、何なんだろう、この子は。突然、足下に隕石が落ちてダイヤモンドが湧いたと思えば、今度は現金の下敷きになっている。

 私が黙っていると、蒼子が声を掛ける。


「大丈夫かい?」


 すると女子高生は現金を押しのけて起き上がり、応じる。


「大丈夫じゃないです」


 見た感じ、割と大丈夫そうであった。

 その女子高生との会話に反応するように、私と蒼子の頭に付けていた霊符が同時に破裂した。

特に説明されていないが、つまり霊符はその役目を果たしたという事なのだろう。


「この子なの?」

「この子っぽいな」


 私と蒼子の声が綺麗にハモった。



 ***



「陰陽師の草壁蒼子って、SNSで写真とかでよくバズってる方ですよね! いつも見てます! っていうか中の人、私と同じぐらいの女子だったんですね! すごい!」


 その女子高生は飯豊由香と名乗った。

 蒼子が名刺を渡すと話は早かった。昨今のSNSでの知名度は現実社会に直結する。もう殆ど有名人、芸能人と同じ感覚だろう。インフルエンサーである蒼子の信用は絶大だ。

 不信感を抱かれず話を聞け、例のSNSでの荒廃神社の投稿も飯豊のものらしい。

 その後、人が集まってきたため私達は駅前から移動。出所不明の金品は後々問題になっても面倒だという話で、現金やダイヤモンドは結局そのまま放置。少しもったいない気もするが、確かに蒼子の言う通りな気がする。

 付近に喫茶店が見つからず、仕方なく私達はコンビニの前で飯豊から話を訊く。

 飯豊は半泣きだった。


「私も何がなんだか良くわからないんですが、最近ずっとあんな調子でして。道行く人に現金を投げつけられたり、後は不慮の事故、偶然とかで……ひたすらお金は手に入るんですが……」

「え、お金が貯まるなら別によくない?」


 私がそう突っ込むと、飯豊が物凄い勢いで首を左右に振る。


「全然良くないですよッ! 最初の頃は私もそう思っていたんですが、私みたいな小娘が大金を持っていても、犯罪行為でお金を手に入れたと思われるだけですし、何度も警察から職務質問を受けるし、学校だとパパ活とか援助交際を疑われていますし、何よりも気味が悪くて。なんか心霊とか妖怪の類いかなと思って、色々と除霊とか試したんですが、どんどん悪化する一方で……」


 確かに普通の女子高生が大金を持っていても、犯罪を疑われるだけだろう。偶然手に入れた、なんて話を周囲が信じてくれる訳がない。

 そう考えると、突然大金持ちになっても難しいかもしれない。

 蒼子が顎に手を当てる。


「ちなみに除霊とかも試したって話、具体的に訊いてもいいかい?」

「……お金は沢山あったので、地元の寺社に相談したら、何か妖怪に憑かれているとか言われまして。除霊師とかを紹介してもらったりで、手当たり次第頼んでみました。駄目でしたけど」


 その除霊の道具らしく、飯豊はポケットからお守りやらネックレスやらを取り出した。

 いやお守りは解るが、ネックレスについては霊感商法みたいな詐欺では?

 蒼子が頭を掻く。


「本物の怪異だった場合、中途半端な除霊みたいなのは悪手だ。怪異を怒らせて逆に悪化するケースがある」


 なるほど。元々は、お金が増える良い怪異に憑かれていたものの、それを怒らせてしまった結果があの隕石といった状況なのかもしれない。

 実際のところ、私も飯豊から妖気を感じており怪異に間違いはない。

 しかし……どういう事なんだ? 私は内心の疑問を言う。


「お金が増えるなんて。そんな都合の良い怪異あるの?」


 コンビニの珈琲を飲みながら蒼子が応じる。


「古今東西、色々とあるよ。妖怪で言えば善行に勤める家に現れる『金霊』夕方に現れて刀で斬ると金を落とす『銭神』なんてものも居るけど……この遠野という土地を鑑みると直接的にお金が増えるのではなく、裕福になるという話で『マヨヒガ』あるいは『座敷童子』辺りの線が強いんじゃないかなと思う」


 よくエンタメで題材とされる事もあり、座敷童子は勿論知っていた。

 住み着いた家に幸運や富を授ける……みたいな妖怪だったと思う。

 しかし後者のマヨヒガは聞いたことがない。


「マヨヒガって、どんな話なの?」

「迷い家。山の中の幻の家で、訪れた者に富をもたらすと言われている。そこから物品を持ち出すと、何でもお金持ちになれるそうだ。……飯豊さん、何か心当たりはあるかい?」


 飯豊が首をひねる。


「……うーん。私は割と他人の家には迷い込むタイプなので……」

 いやどういうタイプだよ。不法侵入の犯罪者じゃねーか。弱点属性は警察か? などと突っ込みを入れたくなるが、話の腰を折るのは止めておく。

 考え込んでいる飯豊に、蒼子が言う。


「とりあえず飯豊さんの自宅を見てみたいんだけど、今から行ってもいいかい? 仮にマヨヒガでなく座敷童子だとしたら、その怪異は家に住み着く。自宅のどこかにいるはずだ」

「今は自宅に誰もいないので、それは構いませんが……。助けてもらえるんですか?」


 蒼子が肩をすくめる。


「SNSのプロフィール通り、僕は陰陽師だからね。できる限り解決して見せるよ」

「本当ですか! ありがとうございます! お金なら幾らでも払いますので!」

「お金は別に要らないよ」


 蒼子は苦笑する。

 私達は連絡先を交換して、飯豊の自宅に向かう事となった。

 飯豊が私達に背を向け、首だけで振り返る。


「それじゃ私は自分の原付で帰りますので! 後からついてきて下さい!」


 と言って飯豊はコンビニの駐車場にあるバイクの方へ駆けていった。私と蒼子もフィアットに戻る。

 二人きりとなり、蒼子が独りごちる。


「マヨヒガならいいけど。この話、座敷童子だったら厄介だな」


 私は驚く。


「そうなの? なんか座敷童子ってひたすら良い妖怪なイメージがあるけど」

「確かにアニメや漫画の座敷童子は良い妖怪で描かれる事が多いけど……遠野物語の座敷童子はとても厄介だ。説明するより資料を見た方が早いと思う。後で遠野の博物館でも見に行こう。座敷童子の話もあるし」


 博物館と聞き、面倒となった私は急速に興味を失う。

 フロントガラス越しに、飯豊が原付バイクに跨がるのが見えた。

 そしてエンジンをかけ、ヘルメットを被る。

 と、ここで私は違和感を抱く。三十秒ぐらい考えて、その正体に気づいた。


「……ねえ蒼子。飯豊さんの被ってるやつって、あれヘルメット? 私には鍋に見えるんだけど」

「……うーん、確かに言われてみれば。南部式鉄器の鍋のような……」


 そう言っている間にも、飯豊のバイクは颯爽と走り出した。

 蒼子は言葉を止めてフィアットを発進させる。

 助手席の私は、飯豊のヘルメット(?)を見ながら思う。

 あれは絶対にバイクのヘルメットではない。鍋だ。

 でも、どうして鍋なんだ?

 そういう文化なのだろうか。私は気になってしょうがない。

 私も免許を取得したばかりであまり良くわかってはいないが、自動車の運転には『地元ルール』というものが存在するらしい。

 例えばウィンカーを出さずに車線変更、あるいは交差点を曲がる『名古屋走り』交差点で青信号に変わると直進車よりも先に右折する『茨城ダッシュ』などが有名だ。

 その類いで、公道で鍋を頭に被る地元ルールがあるのだろうか。


 道路交通の謎は深まるばかりだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る