1.スライム その⑥:私には夢がある

 翌日の朝、私はとてもとても苛立っていた。死ぬほど苛立っていた。


 あの後、マネの召喚が間に合わず二試合目で普通にボロ負けしたが、それはいつものことなので今更苛立ちを募らせるほどのことでもない。理由は別にある。


 肩をこれでもかと怒らせ、大股歩きでドスドスと足を踏み鳴らすようにして登校しながら、私は遠慮なくその苛立ちを原因であるマネにぶつける。


「――まったく、溶けるなら溶けるって最初に言っといてくれる? とんだ恥晒しだわ!」

「わりぃわりぃ。ああいう特殊な戦い方をしたのは初めてだからよぉ、配慮が足りてなかったぜ。って、この会話何度目だよ。いい加減、耳にタコができるぜ」

「アンタに耳とかないでしょ!」

「やれやれ……」


 ぷるぷると体組織を震わせ、勝てたから良いじゃないかと全く悪びれないマネ。マジでムカついてしょうがない。殺せてたら殺しているからな。


 なんでも、マネの体組織には元来『酸の性質』があるらしく、これまではエネルギーを無駄遣いしないように省エネモードで活動していたから、それに伴い『酸の性質』も抑えられていたそうだ。


 しかし、試合の中で私の体に纏わりついて動きを補助サポートしたり触手を伸ばしたりした際、その度に『酸の性質』が発揮されて私の制服は徐々に溶かされていたのだという。


 そして、最後の膨張と解放バーストによって、遂に制服の耐久度は限界を迎え、私の芸術品のような貴重な裸体が衆目環視の前に晒されてしまったという訳だ。


(道理で、ロクサーヌがあんなにも驚いた顔をしてた訳よ!)


 クラウディア教官に言わせれば、あれほど虚を突いたタイミングなら裸を晒していなくても、関係なく斬れていたそうだが……ともあれ、今後は極力マネを分離して働かせることになるだろう。また服を溶かされては堪ったものじゃない。合体しての戦闘は最終手段!


「はぁ……」


 いい加減に怒り続けるのにも疲れてきたので、ここらで気持ちの切り替えをはかる。マネはムカつく奴だが、その〝力〟は確かに有用だ。私に、明日への活力を抱かせるほどに。


「ねえ、その〝力〟だけは認めてあげるわ。アメ一つ吸収するだけであの爆発力を出せるなんて、凄まじいわね」

「見直したか?」

「ええ……『スライム』は『スライム』でも、マネは『』なのね! きっと未発見の新種とか突然変異した亜種とかだわ。そのうち学会から接触でもあるんじゃないかしら!」


 今からでも情報を纏めておいた方が良いだろうか。謝礼とかもらえると懐が助かるのだけど。あれこれ取らぬ狸の皮算用をしていると、マネがぷるぷると体組織を震わせて全身で抗議してくる。


「だ~から、『スライム』じゃねえって。根本から別種だっつーの、別種!」

「――というか、そんなことより!」


 そんなことよりもだ。ずっと言おう言おうと思っていたことがあったのを、今の震えで思い出した。気持ちの切り替えのためには、さっさと私が苛ついているもう一つの理由の方にも決着を付けるべきだろう。


「なんだって、アンタはいつまでも私の体にひっついてんのよ」

「え? 良いじゃねえか、別に。それくらい」

「良かないわよ。自分で歩きなさいよ、鬱陶しい!」


 再召喚が面倒だからという理由でそのまま召喚しっ放しにしているが、どうやらマネは自分で歩くよりも私に取り付いて一緒に移動するのを気に入ったようで、四六時中くっついて離れようとしない。『酸の性質』に関しては普段は抑えられているようだから別に良いが、これには肌に張り付く感触が鬱陶しいことよりも、もっと重大な問題がある。


「……ホラ、あそこを見なさいよ」


 私はチラと隣に視線を向けこっそり指さした。そこには同じく登校中の生徒たちがおり、私の方を見ながら何やらこそこそ話を繰り広げている。


「聞いた? 昨日、リンが試合中にいきなり裸になったんですって」

「聞いた聞いた。元からだったけど、遂に狂った? なんか、使い魔メイトの性質の所為って言ってるらしいよ~?」

「ウッソ、怪し~! あっ、露出狂の変態さんがこっち見てるわよ……!」

「きゃー、いこいこ……!」


 くすくすという押し殺した嗤い声が聞こえてくると、舐められることに敏感なマネが辛坊堪らず私の袖から触手を飛び出させて彼女たちを怒鳴りつけた。といっても、傍目には触手がぷるぷると震えて、どこからともなく声が出ているだけだが。


「なんだ、てめぇら! やるかァ、やんのかァ!?」

「きゃ~! 裸にされたって言う割に、その使い魔メイトをまだ服の下に纏っているなんて~!」

「それって……クセになっちゃった、ってこと!? イケナイ関係! 倒錯的ぃ!」


 阿呆で意地の悪い彼女たちと、シンプルに阿呆な使い魔メイトに対して私は遠慮なくため息を吐いた。


「落ち着きなさいよ、バカ。ま、こういうことになるから、大人しく自分で歩きなさいって」

「んー、そうか。自分で歩くよか無駄なエネルギーの消耗を抑えられると思ったんだがな~」

「……は? それってつまり、私の魔力量が少ない所為もあるってこと?」

「そうだが? こうして喋るぐらいなら魔力の供給も間に合うんだがな。だから、実はリンと喧嘩別れしたあの時も、窓の下からさっぱり動けず困ったぐらいでよぉ」


 はあ、と今日何度目かのため息がこぼれる。


 全く……燃費そのことを言われちゃあね。


「何も言えねーわ!」


 そのままで良し!


 結局、マネには許可なく服の下から飛び出さないように言い含め、そのまま纏わせておくことにした。実際、マネのひんやりとした感触にも慣れてきたところだし、省エネ時は『酸の性質』も抑えられているから有事の際には分離させれば服を溶かされる心配もない……筈だ。


(ま、まあ……肩に乗せるも、隣に侍らすも、体に纏うもさして変わらない……かな?)


 かなり変わるような気がしたが、それは気のせいだということにした。


「いい? もう一度言うけれど、許可なく勝手に飛び出ちゃ駄目よ。私の醜聞に関わるんだから」

「つっても、陰口にムカつくのはリンも一緒だろ? 分かるぜ、使い魔メイトだからな」

「そりゃ、ムカつくはムカつくわよ。前は『舐められたら殺すとか何時の時代よ』とか言ったけど、本音を言えばぶち殺してやりたいわ。でもね、私にはそれよりも優先すべきことがあるの」

「優先すべきこと?」

「――そう! 私には『夢』があるの!」


 そのためには取るに足らない連中に構って、要らぬ諍いを起こしている暇などない。


「私は『星団プレイアデス』に入りたい――いや、入る! そのためにも、生活態度から行儀よくしなくちゃあね」


 まずは、成績を上げて高等部『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』に入り、そして卒業時に魔法省への『推薦』を得る。私の人生の目標である『星団プレイアデス』に入るには、この二つの関門をクリアしなければならない。


 その道のりは辛く険しいものになるだろう。しかし、マネという新風が私の人生に立ち塞がる諦観を吹き飛ばしてくれた。おかげで道は開かれ、向かうべき夢への道程がくっきりと見える。ならば、後は力の限り進むだけだ。


 久々に感じる晴れやかな気分と共に、希望に満ち溢れた人生の第一歩を今、私は踏み出した。

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