25

 障子が引かれると月明かりが入った。彼女の白い肌にかかる。

 澄川良子さん。


「いらっしゃい」

「はい」


 澄川蓮子。

 俺は敷居に気を付けた。


 後ろの先生に目配せなどしようとして、本能に阻まれ、決して御簾の向こうから目を逸らせない。猛禽類や肉食獣となんら変わりない、ただ人皮にんぴを羽織っているだけのそれがすぐ側で、遊ばすことなくこちらを凝視している。


「あなた、劇的なことがあると思いますか?」

「ある人にはあって、ない人にはないと思います」

「あなたはどちら?」

「それがはっきりするほど強烈な位置にいません」

「怖がりな子ですね。何かを確定したら、それに殺されると思っている」


 五感が疲弊して、世界に俺と彼女、どころか俺の言葉と彼女の言葉しかないように思えた。


「あなたに良子を託します」


 話は終わった。

 それがなぜとかどうとかの話は知らない。




「正和さん」

「……」

「正和さん、お返事なさい」

「何をなさったんですか」

「あなたの一番嫌なこと」


 順次燭台は吹き消える。猛禽類の瞳にうつった灯火もいま消えて、畳をする数歩ぶんの音が伴い、目の慣れたときには顎をとられていた。


「出逢いはあなたがやっつの時分でしたか?」

「てめえ」

「口の利き方に気を付けること」

「……はい」


 猿女。


「確かめておきましょうか」

「要りませんよ」

「よかった」


 俺があれを壊せないことを知っている。


「あなたは生かして使いたいもの」


 殺される方がまだいい。

 正和さん、殺しなさい。

 はい。


「入江純は思った通り、臆病な考えに物分かりのいい子でした」


 そうして彼らは澄川蓮子に籠絡された。

 京都に灯が点る。

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