23
唐突な閑話休題に、骨から身構える心地だった。
どうするか、この状況を、この、見た目とっくに詰んでいる……なんて無責任な物言いは改めることとして。この、俺が詰ませた状況をどうするか。
「全部中断は出来ないんですか」
「無理だ。計画はすでに動いてる。明日には事が起こり、おまえを人質にされるところまで確定してる。いや……その最後、お嬢がおまえのために何もかも諦めるところまで、か」
「じゃあ失敗でいいじゃないですか」
「ふざけんな俺が死ぬわ」
多分その死というのは、社会的な死の意味ではない。
「……吸いてーな」
俺たちは、社務所のベテラン爺に再度深々とおじぎをして、滅法きつい京都民の皮肉をもらい、修学旅行でまた会うことのないことを切に願った。
この初秋の寒空の下、タクシーもバスも使わず徒歩で行くのは、どこに敵が混じっているかわからないからだそうだ。
まったく非現実の世界に迷い込んでしまった。竜宮城。玉手箱。寿命。いやなクリエイティブがまた始まった。
「……なぁ」
内向していたものが外向した。
「はい」
「火」
「ありませんよ。旧時代な」
「時代の問題か?」
「時代でしょ」
「尊敬だろ」
また説教をされるのだと思ったが、特段厭な心地ではなくて、寧ろどんな説教であるかに興味が湧いた。この人はたしなめつける事だけは絶対にしないからだ。
かつきっと、名家の人と知ってしまったばっかりに、このくたびれた成年のこぼす言々が、それぞれ貴重な金言じみて感じられる。
「……」
「先生?」
「いや、おまえなら、尊敬という単語に一家言あるかと思っただけだ」
「ああ、まあ。尊敬なんてアクセサリーですよ」
「近頃の若者だねぇ」
「そんな歳じゃないでしょ」
気付けば先生は高楊枝みたく煙草をくわえていて、持ち合わせのジッポで火を付けると蛍火程度に明るくなった。思えば、この人の使うジッポは高級げだった。
「……フー……」
また先生はくたびれた成年でなくなった。目に光が宿った。中毒者が元気のもとを摂取したからぎらついたのではなくて、勝負をするにあたって息を深くこめるときの静かな光をたたえている。
「まだどうにかする気なんですか」
「九割九分九厘無理でも流石に諦めきれん」
「死にたかないですからね」
「澄川は絶対に潰す」
「いや。そっちはこの際諦めましょうよ」
「駄目だ」
「どうして」
「……日本のため」
「嘘でしょ」
先生は煙草をくわえなおして誤魔化した。
「すっきりしたか」
「若干しました」
実を言うと微塵たりともすっきりなどしていなかった。
それはもうしょうがないことだと思う。
「……だめだ。もう始まる」
「かっこいっすね」
ぶつん。
清水坂から見下ろす京都一面が、灯りひとつない闇に包まれた。
勝手知ったるやり方で澄川蓮子は、燭台をならべ、順々に灯した。
「良子」
「はい」
「入江少年のところで家事でも覚えましたか」
「いえ」
「あなたは……」
何か始まるはずの街の暗さを縁側通しに見つめつつ、彼女は遅からず来る破局に思わず口角をつり上げた。
良子、始まりますよ。遊ばせてよかった。
「どこまでわかってらっしゃったんですか」
ニコリとそれだけ。
「入江さんのことまでだと思ってました」
「今日はよく喋ってくれますね。それで、私が忠誠を試したくて、正和さんを殴らせたと、そう思ったの。……あれは裏切るに決まっているでしょう」
「ではなぜ遊ばせたんです」
「……」
ニコリとそれだけ。
「いいんですか。澄川は滅びますよ」
「入江少年が危うくても?」
「入江さんは貴橋の庇護下にあります。間に合いません」
「いいえ?」
「……いいえ?」
そして、ニコリとそれだけ。
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