21

 考えるべき事、考えずにいられない事が混じる。後者が勝ちっぱなしだ。


「っし行こ……」




 まあ京都だろうと、適当な割り切り方をした。割合、人生が変わりそうな決断をしてることは忘れるな。そう言われましても、先生、心の大体はなし崩しではないでしょうか。


 それでどこか。


「……」


 す、み、か、わ。変換、澄川。


「ぅっ」


『澄川邸跡地』。京都はそこかしこ、個人宅も含めて文化財があるとかなんとか、一度テレビで見たことがある。案の定お嬢様だった。


 しかし、まあ、枯山水に紫の蓮が目に付く。あまりに毒々しい。


『澄川電気。澄川電気よ。

 昨日、私もう……死ぬ思いしたんだから!! あんたのせいで!!』


 クソみたいなことを思い出して、で、ん、き。変換、澄川電気――『澄川グループ』なるものの一角にあるらしい。

 ……ひとつ、澄川邸の映り込んでいる写真があって、毒々しい枯山水、その中心に毒々しい女がいた。


 社長だというその澄川蓮子は、澄川さん、澄川良子さんとそのまま生き写しでしかし、その立ち居振る舞い表情のすべてがまったく真逆の感を匂わす。死人のような白い肌はこの女の場合、貞淑よりも人工物を思わせ、背丈の小さいのがむしろ、性分の制御出来ない例のサバンナのやつ……ああタスマニアデビルだ。


「おっけ……」


 独り言つ。安心を得た。

 安心を得たから今、例の約束を思い出した。


『1、入江純は澄川良子について詮索をしない……ありがとうございます』


 いや、もう、この際勘弁して下さい……そして考えずにいられない事が繋がる。


 将棋、アレルギー……プレゼント選び。共依存のふり。共依存だから大丈夫だよのふり。独り善がりで勝手に満たされてるだけなので、あなたの善意見当違いですよなんて、言わないで下さいねの嘘。そんなことだから泣く。善意だったから泣く。


『助けて下さい』


 やっとほんとうに頼れて、誰かと遊んで何も考えず楽しかったのは初めてなのに、


『お前のためを思ってのことだ』


 悪い種を蒔いたからこうだ。嘘偽りやだまし討ちや隠れ忍びの結果だ。

 色んな人がいいようになるよう勤めている中で俺だけが馬鹿だ。

 俺がいいことや別にいいことだと思っていた事に限って暗いことを起こす。いまだってもしかすると。


「次は――京都――京都――」


 はやいものだと思った。けれどもう夜だった。窓を覗く。


「はー……」


 東京の間違いではないか。

 京都タワーなる可愛らしい塔、特に景観保存の工夫はなされていないコンビニ、そんないかにも都市らしい景観に思わされた。


「……」


 それで、俺はどうするんだ。何が出来るでもない。澄川邸の位置はわかったけれど、まるまる無策の馬鹿が一人行くだけだ。結局行かずにいられないヒロイズムの奴隷でしかない。

 思考に伴う目眩があって、まず休めよと無意識が言った。宿で休んで起きて考えてどうにかしろと。緊急事態があったらどうする気なんだろうその発想。所詮ヒロイズムは内実に欠けるものか。




 宿の道すがら、清水寺が近いので寄ることにした。

 暗夜の清水坂は人がまばらで、石畳を打つ足音が高く響く。どろどろと一歩踏み出して登る毎、足の重みを感じる。


「すみません、もう今日は……」

「……あー……」


 拝観18時まで。確かめておけばよかったわけで、俺のそういうところだ。すべて駆られるままにやって、しかも理屈を後付ける。

 本質に怠惰が宿っているのだ。自分の直感的、根本的な欲求にしがみつく類いの怠惰だ。

 熟考して行うことは厭い、その結果から反省することも怠け、自分の性分を変えることが面倒なばかりに理屈を持ってくる。かつ、それもひとつの正しさとして成り立っているからそのままになる。


 『別にこんな屑でも、生きていちゃいけない理由はない』


 そんな理由で何をするでもなくこうあるのが俺だ。別にどんな人間でいてもいいんだとこんな風なままでいるのが俺だ。そして今だ。道理で、清水の舞台に立つことすら出来ないわけだ。


 自分の性分に真っ向から反逆する力が欲しい。

 だってここまで、たった今まで、澄川さんを助けようという今まで、全部がなんとなくのままだから。

 始まりはそれでいいからどうか、真剣になりたい。自分は誰かからしたら悪人だなんてところを呑み込んだ振りしていたわけだから、今度こそ悪人に。


 自分に逆らって自分を叶える人間に。


「お願いします」

「はい?」

「舞台に立たせて下さい」


 舞台に立ちたい。

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