20
新幹線で肘をついて、手持ち無沙汰に冊子を取る。「ぐるり京都」。
きっと行ってすぐ逃げ帰るから、観光なんて馬鹿はないが、あくまで暇つぶしに膝に置いてみる。修学旅行の予習にならないでもない。
京都御苑、金閣銀閣、嵐山、三十三間堂といったところはでかでか載っているが、京都の文化財があんまりにも多いから、細々した項目分けがいくつも並んでいる。
有名どころを一個無理に読み飛ばしていた。清水寺。「清水の舞台から飛び降りる」。
覚悟の丈を表す言葉で、ジンクスと自分に酔って無駄死にする馬鹿のことで、こんなところに目が行くあたりだ。
行って何するんだ。そりゃ連れ戻しに。そんな力あるのか。ないけど。なんなら足手まといになるだろ。そうやって善意に臆病だから嫌いなんだよおまえ。
「次は――岡山――岡山――」
内向していたものが外向した。どぷり。
今日は、気分をこじらせ、吐いて、一人で帰り、母と気を荒げあい、駅まで歩いて今こう。
「……すみません」
「いかがされましたか――」
さっさと降りた。
なんでも101キロ以上離れた駅へ行くなら途中下車出来るらしい。
「いらっしゃいませー」
「卵カレーうどん大盛お願いします」
腹に気遣ってうどんを取ったのに、わんぱくな話だけれど、肉が欲しかった。塩分と油分と蛋白質がどっさりと欲しい。吐いてなくなった分を食って戻すのはどうなんだ。
「いただきます」
久しぶりに真剣に合掌した。
白身をからめて啜る、熱い、黄身を裂いて啜る、ぬるい、少し切れにくい肉を噛みちぎる、すする、塩が足りないからカレーを掬う、黄身が混ざる。足りなかった。
「卵カレーうどん並盛お願いします」
大盛ではなく並盛、そんなビビり方をしておきながら結局、もう一杯頼んだ。お兄さん食べるねえ、お茶もちゃんと飲むんだよ、気のいい店長が笑う。
駅のベンチに背を任せ、頭を回し始めた。
澄川さんちどこだよ。
本当に京都かもよく知れない。もろもろ全部多分だ。秘密は秘密のままにしておく約束だったから、そんな無茶を言って結局半端だったから、今がある。すべてそのせいだ。
聞けば教えてくれたのかもしれない。悪徳に笑うような心地になる。
立場上無理強いできたし、「それじゃあ澄川さんが可哀想」と言ったりしない決まりだ。聞けば、あのしゃきりとした、考えて見れば大人しめの小学生みたいな「はい」から始まって、何もかも教えてくれたかもしれない。
「はい」という言葉だけで、もろもろ記憶が紐解かれた。
熱中症で倒れても「お金」とか「道」とか、他人に迷惑がかかるのを気にかける人だったから住所を教えたりして、正直なところ何かドラマでも始まる期待をした、だから彼女にまた会ってすぐ思い出した。白くて綺麗だなとかの言々を隠した。
泣いているところに現れるとか、危機に・状況に背を押されてどうにかしたくなるとか、悉く間のいいこと。自分で何を始めた。自分で何か始めた部分がない。強固な思想によるところは、臆病だけだ。
プロポーズじみていたがあれはひどい。
『助けさしてもらってもいいですか』
臆病者。
『かき揚げうどん買いましょう』
『高いと思います』
『あれおいしいんで食べて下さいよ』
『……わかりました』
そうするしかなかったのではなく、俺がそういう性分の人間だっただけだ。
誰かのためを思うことの責めを負い切れない、何でって、あのだめな男一人女二人の残像が焼き付いた目を未だ、この世のことを見ることに使っているから。
『1、入江純は澄川良子について詮索をしない……ありがとうございます』
いえこちらこそ。ごめんなさい。お世話になりました。
三週間たらずだったけれど、家事諸々出来ないところとか、アレルギーすら話さないところとか、「あ、玉詰みますよ」って数十手先の王手の話をするところとか、あなたは案外(あるいはかえって)エキセントリックでした。おかげで退屈しませんでした。せっかく手伝ってもらいましたから、例のプレゼントも何とか渡してみます。
「そっちもあった――……」
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